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3章 政略と征略

58.アルベルト救出作戦?

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黒い影、という表現は適切ではない。
どちらかというと、黒づくめといった方が正確だろう。

黒いコート、
黒い手袋、
黒いマスク、
黒い帽子、
黒眼鏡。

外見を構成する要素が黒で覆われている。
その見た目だけでも十分警戒する理由になったが、警告を告げるリヒーの背後で余裕綽々な風にダブルピースをしていることで、そのレベルは二段階ほど高まった。

うん、たぶんこいつが犯人だろう。
私は心中頷き、魔法を放つ準備をする。
この射線だと、リヒーを巻き込む可能性が高い。
だから、ひとまずは彼にこちら側に来てもらわないといけない。
背後の黒づくめにも、彼は気づいている様子がないようだし。

「早く、逃げてください!この屋敷は、もうっ」

そう呟きながら、地面に倒れ臥す。
こちらにくるよりも先に、彼の体力に限界が来たらしい。
見れば、彼の姿はボロボロだった。
顔こそ綺麗なままだったが、服は所々赤黒く変色しているし、一部風穴も空いている。

だが、重要なのはそこではなかった。
彼が命を賭してまで伝えに来た、逃げろという言葉。
それを言わせる原因となった対象が、その背後にいる。

リヒーは私がただのお嬢様でないことを知っている。
その目で、私が火龍を屠っている姿を見ている。
その人間ーーいや、バケモノと呼称しても問題ないレベルの存在に対して『逃げろ』という。
それは、相応の相手ということか、
あるいは、私に対して特攻攻撃でもできるスキルを兼ね備えた輩ということなのかもしれない。

ひとまずは、油断せずにいこう。
魔法を使えば万事オッケー、なんて傲慢は捨てよう。
配下の言葉はきちんと受け止めなくては。

「おっと、おねんねしちまったか。まあ、使用人にしては持った方か」

黒づくめは、ぶっきらぼうに呟くと、リヒーを踏み超え、こちら側へと足を進めた。
何人の使用人踏んでんだよ、と右手に力がこもるがまだ放つ時ではない。
流れ弾、ならぬ流れ魔法が当たる可能性がある。
安全第一だ。

「あなたは一体何者ですか?」

マナーとして、聞いてみた。
屋敷を襲われていて、自己紹介を促すというのは間抜けな感じではあったが。

「貴様、ルパインか?助かったっーー早く僕をここから出してくれっ!」

まさかの背後からのネタばらし。
なるほど、アルベルトの仲間か。
やっと救出部隊のご登場、ということか。

次期当主を人質に取られれば、表面上は火龍に相対、相討ちで英霊扱いになっているとはいえ、助けだしにはくるか。
しかし、存外強引な方法だな。
武力制圧とは、普通こういうのは外交ルートを使うのではないのかな?
生まれてこの方、いや、転生前もその手の仕事に絡んだことはないから、よくわからないが。

「ぼっちゃん、そこは俺に格好よく名乗らせてくれると助かるんですけどね」

黒づくめは、黒マスクと黒眼鏡を外し、素顔を晒した。
無精髭に、シニカルな笑顔。
青い目と、眉間の深い皺が特徴的。

「改めまして、お嬢様。俺はルパイン、しがない傭兵部隊の雇われ隊長。そこに転がっているアルベルトの坊ちゃんの仕事仲間さ」

「あ、どうも。アリシアです」

名乗られたのでつい挨拶を返す。
そんな穏やかな状態ではないはずだが。
だって、リヒーが床に倒れてるし。
本当は怒り狂って「お前の名前なんて、どうでもいいから」と魔力をぶっ放す場面なのだろうが。

逆に、彼を巻き込んではいけないという気持ちが私を冷静にさせてくれているのかもしれない。
あるいは、ただ単に深い眠りと適度な運動のお陰で、心身共に良好になっているだけかもしれないが。

「それはご丁寧に。気持ち的には、ここで綺麗なあんたと握手とハグを交わして、家族への自慢話のネタにしたいところだが、自体は切迫しててね。生憎、お遊びをしている時間はない」

冗長な口調、
からの鋭い眼光、
殺気のような、肌をひりつける重圧。

「やれっ、ルパイン!その立ち位置ならアリシアは魔法を使えない、いや、使わない!」

繋がれたアルベルトが叫ぶ。

「そいつは身内に優しい、というか甘いからな。最早敵の軍門に降った使用人だが、ここにて僕の役に立ってくれた!」

もう黙っとけ、アルベルト。
お前の言葉と声は不快だ。
愉悦に感じるのは、お前の鳴き声とその顔だけだ。

「残念だな、坊ちゃん」

ルパインは嘆息して、首を振る。
アルベルトの言葉を否定するように。

「今回の仕事の目的はあんたの救出じゃない。余裕があれば、気分が乗れば助けてやる。だから期待はするな」

と短く言い放つ。

「は、はにゃ?」

腑抜けた声を放った後に、アルベルトはそのまま黙り込んだ。
その声は、少し萌えるなと思った。
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