上 下
56 / 68
3章 政略と征略

54.記憶

しおりを挟む
私はどのくらい眠っていたのだろうか。
まるで記憶の整合がとれない。
代わりに、さっき見ていた『夢』の記憶は残っている。

アルベイス=ナーサリー
水色のシャーベットカラーを基調にした、
ふりふりの、フリルまみれの衣装。
猫目が印象的な、29歳くらいのお姉さん。
けっこうフレンドリーな人だったが、結局本題とはなんだっただろう。
最後に、名前を聞いてお別れする羽目になった。

彼女がドジっ子なのか、
それとも運が悪かったのか。

あと、失恋のくだり。
あれも気になる。
私は誰かに恋をしていたのだろうか。
そして、その人に振られたのだろうか。
この、圧倒的に可愛い見た目で。
振るやつの心理が分からない。
理解に苦しむ。

「お嬢様、体調は大丈夫ですか?」

「ああ、この通り問題なーー?」

言いかけた言葉を、途中で遮る。
左手が、動かない。
正しくは、左手の五指全てが動かない。
自分の意思で、動かせない。

左腕は動く、
振れる、
回せる。

だけど、指はーー動かない。

「うん、問題ありだね。左手が動かない」

なんだろう、どこかでぶつけたかな。
いや、そもそも意識不明の重体だったらしいのだ、何かあったに違いない。
犠牲が左手だけで済んだことを喜ぶべきだ。
魔法の扱いはいつも右手でしているし、右利きだからさして日常生活に問題はない。
少し不便だろうが、私はお嬢様。
多少の我儘は許してもらえるだろうし、
お願いしてもしなくても、色々と手伝ってくれるだろう。

だけど、メノウは不安そうに私を見つめる。
感覚が消失した左手を握る。
そして、堪えていただろう涙を流した。
すみません、すみませんと謝りながら。

「メノウは何も謝らなくていいんだよ」

私はそう言って、右手で彼女の頭を撫でた。
フリルつきのカチューシャが邪魔だった。
なので、ばっと外して投げ捨てた。

「ほら、君はこんなに可愛いんだから、たとえ間違っても大抵のことは許されるさ。それに、何かあったか、私はまるで覚えていない。直近の記憶は……えっと、うんと、ステノン家へ行こうとしたところまでだ。きっとあれだろ、婚約者のバルバトロス=ステノンが写真より7割増し不細工だから、ショックですっ転んだか何かだろう?そういうことにしておこう」

うーん、やはり頭がぼんやりする。
何か、大事なことを忘れている気がする。
だけど、思い出せないということは、大したことではないのだろう。
なら、別に忘れたままでいいじゃないか。
それで私が死ぬわけでもないし、
だれかが死ぬわけでもないし。

「お嬢様ーーごめんなさい、ごめんなさい、ごめんさない」

「よしよし、良い子、良い子、可愛い子」

謝り続けるメノウをこんな感じで小一時間ほどあやし続けた。
そういえば、リヒーはどこへ行ったのだろうか。
同僚のピンチだぞ。
それよか、主人が床に臥せっているのに、いないとは何事か!

心中でほんの少し、ピリつきながら、メノウとの時間を過ごした。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

正妃に選ばれましたが、妊娠しないのでいらないようです。

ララ
恋愛
正妃として選ばれた私。 しかし一向に妊娠しない私を見て、側妃が選ばれる。 最低最悪な悪女が。

深窓の悪役令嬢~死にたくないので仮病を使って逃げ切ります~

白金ひよこ
恋愛
 熱で魘された私が夢で見たのは前世の記憶。そこで思い出した。私がトワール侯爵家の令嬢として生まれる前は平凡なOLだったことを。そして気づいた。この世界が乙女ゲームの世界で、私がそのゲームの悪役令嬢であることを!  しかもシンディ・トワールはどのルートであっても死ぬ運命! そんなのあんまりだ! もうこうなったらこのまま病弱になって学校も行けないような深窓の令嬢になるしかない!  物語の全てを放棄し逃げ切ることだけに全力を注いだ、悪役令嬢の全力逃走ストーリー! え? シナリオ? そんなの知ったこっちゃありませんけど?

誰からも愛されない悪役令嬢に転生したので、自由気ままに生きていきたいと思います。

木山楽斗
恋愛
乙女ゲームの悪役令嬢であるエルファリナに転生した私は、彼女のその境遇に対して深い悲しみを覚えていた。 彼女は、家族からも婚約者からも愛されていない。それどころか、その存在を疎まれているのだ。 こんな環境なら歪んでも仕方ない。そう思う程に、彼女の境遇は悲惨だったのである。 だが、彼女のように歪んでしまえば、ゲームと同じように罪を暴かれて牢屋に行くだけだ。 そのため、私は心を強く持つしかなかった。悲惨な結末を迎えないためにも、どんなに不当な扱いをされても、耐え抜くしかなかったのである。 そんな私に、解放される日がやって来た。 それは、ゲームの始まりである魔法学園入学の日だ。 全寮制の学園には、歪な家族は存在しない。 私は、自由を得たのである。 その自由を謳歌しながら、私は思っていた。 悲惨な境遇から必ず抜け出し、自由気ままに生きるのだと。

美幼女に転生したら地獄のような逆ハーレム状態になりました

市森 唯
恋愛
極々普通の学生だった私は……目が覚めたら美幼女になっていました。 私は侯爵令嬢らしく多分異世界転生してるし、そして何故か婚約者が2人?! しかも婚約者達との関係も最悪で…… まぁ転生しちゃったのでなんとか上手く生きていけるよう頑張ります!

王子妃教育に疲れたので幼馴染の王子との婚約解消をしました

さこの
恋愛
新年のパーティーで婚約破棄?の話が出る。 王子妃教育にも疲れてきていたので、婚約の解消を望むミレイユ 頑張っていても落第令嬢と呼ばれるのにも疲れた。 ゆるい設定です

悪役令嬢と言われ冤罪で追放されたけど、実力でざまぁしてしまった。

三谷朱花
恋愛
レナ・フルサールは元公爵令嬢。何もしていないはずなのに、気が付けば悪役令嬢と呼ばれ、公爵家を追放されるはめに。それまで高スペックと魔力の強さから王太子妃として望まれたはずなのに、スペックも低い魔力もほとんどないマリアンヌ・ゴッセ男爵令嬢が、王太子妃になることに。 何度も断罪を回避しようとしたのに! では、こんな国など出ていきます!

二度目の人生は異世界で溺愛されています

ノッポ
恋愛
私はブラック企業で働く彼氏ナシのおひとりさまアラフォー会社員だった。 ある日 信号で轢かれそうな男の子を助けたことがキッカケで異世界に行くことに。 加護とチート有りな上に超絶美少女にまでしてもらったけど……中身は今まで喪女の地味女だったので周りの環境変化にタジタジ。 おまけに女性が少ない世界のため 夫をたくさん持つことになりー…… 周りに流されて愛されてつつ たまに前世の知識で少しだけ生活を改善しながら異世界で生きていくお話。

逆ハーレムが成立した後の物語~原作通りに婚約破棄される当て馬女子だった私たちは、自分たちの幸せを目指して新たな人生を歩み始める~

キョウキョウ
恋愛
 前世でプレイした乙女ゲームの世界に転生したエレノラは、原作通りのストーリーを辿っていく状況を観察していた。ゲームの主人公ヒロインでもあったアルメルが、次々と攻略対象の男性たちを虜にしていく様子を介入せず、そのまま傍観し続けた。  最初の頃は、ヒロインのアルメルがゲームと同じように攻略していくのを阻止しようと奮闘した。しかし、エレノラの行動は無駄に終わってしまう。あまりにもあっさりと攻略されてしまった婚約相手の男を早々と見限り、別の未来に向けて動き始めることにした。  逆ハーレムルートの完全攻略を目指すヒロインにより、婚約破棄された女性たち。彼女たちを誘って、原作よりも価値ある未来に向けて活動を始めたエレノラ。  やがて、原作ゲームとは違う新しい人生を歩み始める者たちは、幸せを追い求めるために協力し合うことを誓うのであった。 ※本作品は、少し前に連載していた試作の完成版です。大まかな展開や設定は、ほぼ変わりません。加筆修正して、完成版として連載します。 ※カクヨムにも掲載中の作品です。

処理中です...