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2章 第2の婚約者

36.交渉決裂

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メノウは私にとって、この世界で初めて関わりを持った大事な存在だ。
可愛らしい外見、
奥ゆかしい所作、
真の主人はゴットファザであるのにも関わらず、私に忠節を尽くしてくれている。

疲れた時は優しく癒し、
気だるい時は小粋に励まし、
常に私を思って、想って、尽くしてくれる。

そんな使用人の進言に耳を傾けない訳にはいかない。
そんなお嬢様は近いうちに約束された破滅を遂げることだろう。

「そうか、残念だな、本当に残念だな、嫌だな、嫌だな」

バルバトロスはあからさまに演技とわかる落胆の雰囲気を出す。
ため息を激しくつき、俯き、脱力する。
自称、感情をある程度コントロールできるのだ。
自称、優良種たる新人類。
ならば、私のこの回答は彼の想定内であり、それによって感情を激しく揺さぶられることなどないはずだ。

きっと、ただの冗談。
私たちを弄ぶ、趣味の悪い冗談だ。

「仕方がない。話して伝わらないなら、こうするしかないよね」

ぱちん、と指を鳴らすと、上からばたん、と音がした。
何かが開かれる音。
併せて、遅れること1秒、ずしんずしんと複数の落下音。
兵士だ、
武装した兵士たち。
数は……っと、状況把握よりも先に、
自分たちに『何か』が突きつけられる。

引けば肉は裂け、
突きば肌が貫かれる、
殺意の塊。
鋭利な刃物。
槍、
剣、
短刀。

「肉体言語はどこの領地でも共通語。言葉や意味が伝わらなくても、刃物が刺さらない人間はいない。いや、君には効かないかもしれないのか」

「先の話からも、私のことを随分と評価していただいているようで」

「それは当然だよ。君が魔法を使えるというのは、周知の事実だ。序列下位のアルバート家が握っている情報を、余が握っていない訳がないだろう」

それは確かに。
農業交易で栄え、他領地への行き交いが盛んならば尚更か。

「それで、どうするのかな?武器でアリシアさんの命は奪えないかもしれないけれど、他の二人は違うよね。優れていようと、忠義に厚かろうと、彼らは余や君とは違う。人間を辞めていない、まだまだ十分にただの人間だ。血を大量に失えば、死んじゃうと思うし、首を撥ねても死んじゃうと思うけれど」

明確な脅し。

「アリシア様、臣のことは構わず」

「お嬢様だけでも、この場から撤退を」

忠義に厚い彼らは、自身の命が危険にさらされても尚、私のことを一番に想ってくれているようだ。
だが……いや、だからこそ彼らを失いたくない。

私はバルバトロスくんにーーバルバトロスに向けて右手をかざす。
呼吸を整え、集中する。
彼の破壊を、
彼の駆除を、
イメージする。



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