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2章 第2の婚約者

23.恋に堕ちたら

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光を捉えない、とはどんな意味か。
理解できない振りをするのはよそう。
私は他人を哀れに思う権利などないのだ。

「まさか、そもそも君には私の姿が見えていなかった、ということなのか?」

「そういうことです。音の反響音、周囲の匂い、空気の振動で状況把握は万全ですが。ただ、アリシア様に余計な心労をかけまいと思い、黙っておりました。言わなければ、アリシア様程の才女であれ気がつくのは難しいでしょうから」

淡々と、リヒーは言う。
些細なことのように。
なんて男だ。

「アリシア様、そのまま長湯されていてはお体に障ります。髪を洗いますので、どうぞこちらに」

促されるままに、私は彼の言葉に従った。
異性に体を見られることは気にしても、体を触られることを失念していたことを思い出したが、この眼前の男にそれを言うのは気が引けた。

ーー

「ビバノンノン」

「それはどういう意味ですか?」

「私も知らない。ふと、頭の中に現れた呪文だ」

「アリシア様は不思議な方ですね。けれど、素敵な語感の言葉です」

リヒーに丁寧にもっちりボディの手入れを完了してもらった後、私はぼんやりとした気持ちで、浴槽に浸かっていた。
貞操の危険はないとはいえ、異性と一緒に風呂に入っている不可思議な状況のせいか、リヒーの不憫な体の話のせいか、心ここにあらずという状況だ。

「では、臣はこれにて失礼致します。ごゆるりと、ご入浴をお楽しみください。また、何かあれば都度お申し付けください」

リヒーは一礼すると、浴室のドアに手をかけた。

「待て」

と私は彼を呼び止めた。

「早速何かご用命ですか?」

「ああ、お前にしてもらいたいことがある」

私も、なんでこんなことを言おうとしているか、自分でもよく分からない。
ただの偽善か、自己満足か。
押し付けがましい行為であることだけは、理解しているはずなのだが。
口が開く、
言葉を紡ぐ。

「こっちに来て、一緒に風呂に入れ」

「ーーよろしいのですか?」

「よろしいも何も、これは命令だ。使用人らしく、疑問を挟まず、指示に従え」

一瞬、リヒーはキョトンとしていたが、すぐに通常の柔和な微笑みを浮かべる。

「承知しました。恐縮ですが、ご一緒させていただきます」

私は自ら頼んだことであったが、恥ずかしさで彼に背を向けていた。
ちゃぽんと、彼が近づいてくるのが波で分かった。
恥ずかしさに思わず目を閉じた。

年頃の乙女のように。
普通の乙女のように。

「失礼致します」

リヒーは私の背後にポジショニングした。
後ろから、私を抱きしめるように、座った。
彼の肌の感触。
力強い、大きな手。
硬い皮膚。
心臓の鼓動。
聞こえる、息遣い。

彼も同じように、私を感じてくれているのだろうか。
私のことを、どう思っているのだろうか。
ーーって、これでは、まるで私が彼に対して特別な感情を持っているようではないか。

思い出せ、私。
私の今の名前はアリシア=ラインバルト。
名家ラインバルトの令嬢にして、絶対的な美貌と圧倒的な魔力を持つ女。
それが私のはずだ。
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