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第八章

2023年 東京

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田中海は、下北沢でライブハウス『ドラゴン』を訪れた後、近くのレコードショップでレコードを物色していた。ライブハウスの前には相変わらず警察のロープが張られていたが、特に大きな異変は感じられなかった。

海は古いレコードを集めるのが趣味だった。ベルベット・アンダーグラウンド、レッド・ツェッペリン、ピンク・フロイドなど、60年代から70年代のレコードはジャケットデザインも含めて彼を魅了していた。知らないバンドとの偶然の出会いがあるのも、レコード探しの楽しみの一つだった。

箱から一枚ずつレコードを手に取り、ジャケットを確認していると、ある模様に目が止まった。
(なんだ、このジャケットの模様…どこかで見たことがあるような…)

海はそのレコードを手に取り、じっくりと眺めた。そこには二頭のドラゴンが向かい合い、炎を口から吹き出している絵が描かれていた。そして、下には『Dragon Tattoos』という文字があった。
(ドラゴン…タトゥーズ!?)

瞬間、葵が送ってくれた、偽龍二の背中にあるドラゴンのタトゥーの写真が脳裏に浮かんだ。それはまさに同じ模様だった。

これはバンド名なのだろうか?海は急いでレコードのジャケットに解説やライナーノーツがないか確認したが、何も見つからなかった。しかし、裏面にはバンドメンバーの名前と「2006年」という年号だけが記されていた。

興奮を抑えきれずに海はそのレコードを手に取り、急いでレジに向かった。レコード店の店長がそのレコードを見ると、海に声をかけた。
「おっ、Dragon Tattoosか。なかなか通だね~君。20年くらい前にニューヨークでちょっと人気があったバンドなんだけど、この一枚だけアルバムを残して解散しちゃったんだよね。ボーカルがすごいイケメンでさ。残念ながら日本には輸入されなかったから、このアメリカ盤のLPしか残ってないんだよ」
「そうなんですか?!このバンドが解散した理由って、知ってますか?」
「うーん…確か、キーボードのメンバーが亡くなったとかだったと思うけど、詳しくは覚えてないなぁ。」

海は家に急いで帰り、レコードの裏に記されたバンドメンバーの名前を確認した。

Vo. Allen Hart
Guitar. Dean Sakamoto
Piano. Chang Wen
Drums. Martin Shane
「ディーン・サカモト…?もしかして日系人なのか…?これがドラゴンタトゥーの男っていう確証はないけど…何かの手がかりにはなるかもしれない。」

海はレコードのジャケットの裏と表を写真に撮り、青森にいる兄にメールで送った。

ホテルの一室で、葵、空、アキラの3人はコンビニで買った夕飯を食べながら話し合っていた。

「おっ、海からメールだ。」

ポケットからスマホを取り出し、メールを確認した空の顔色が一瞬で変わった。
「空、どうした~?」
葵が不審に思って尋ねると、空はアキラと葵に海から送られてきた画像を見せた。

「これは…!Dragon Tattoos!?」
「うん…海がレコードショップで偶然見つけたらしい。20年くらい前にニューヨークで人気があったバンドだそうだ。バンドメンバーの写真は載ってないんだけど、裏に名前が記載されてるんだ。『ディーン・サカモト』っていう日本人っぽい名前があるから、これがドラゴンタトゥーの男の正体かもしれない。まぁ、たまたま似てるタトゥーってだけかもしれないけどな…」
「ってことは、ドラゴンタトゥーの男はニューヨーク出身の日系人で、アメリカから日本に来て小百合さんと出会った…?」
「ああ…あともう一つ手がかりがある。葵、このヴォーカルの名前を見てみな」
「!!アレン…?アレン…ハート?これ…もしかして…」
「ああ…ドラゴンタトゥーの男が言っていた『アレン』は、この『アレン』のことかもしれないな」
「そんな…」
「これが事実なら、かなりいろいろわかってきたぞ。今までの手がかりを集めて情報を整理してみよう。」

空はベッドサイドに備え付けてあるメモ帳を手に取り、そこに文字を書き始めた。

ドラゴンタトゥーの男(ディーン・サカモト)

2006年 ニューヨークでドラゴンタトゥーズとして活動
2012~2013年頃 青森で小百合と出会う
東京に転居、以後岩田龍二になりすます
2023年 失踪
「…と、こんな感じか」
「もしかしたら、もう日本にいないってことはないかな…ニューヨークに仲間がいて帰ったとか…」
「どうだろうな…流石に何の手がかりもなく俺たちがニューヨークに行くのは厳しいけど…」
「とりあえず、明日は東京に戻ろう。」
「それにしても、日系アメリカ人だったとはな…」
「日系アメリカ人って何?」
葵と空の会話を聞いていたアキラが不思議そうに尋ねた。

「ええと…日系アメリカ人っていうのは、何世代も前にアメリカに移住した日本人の子孫って意味だよ」
「ふうん…じゃあ、英語を話すってこと?」
「そうだな…両親もアメリカ生まれだったら、そうだろうね。逆に日本語が話せないかもしれないけど、ドラゴンタトゥーの男は日本語は普通に話せていたよね」
「でも…そういえばパパ、日本語を読んだり書いたりするのはすごく苦手だったかも。オレの国語の教科書もほとんど読めなくてさ、字もすごく下手だったんだ。だから、パソコンで文字を打つことが多かったかな。知らない言葉も多かった。」
「なるほどね…それで納得することがたくさんある。会話はできるけど、日本で教育を受けていなかったら国語の教科書を読んだりするのは難しいのかもしれないな」
「とりあえず、明日は東京に帰ろう!光輝さんや海とも相談してこれからどうするかを考えよう」

次の日の夜、東京に戻った三人は海の部屋に集まった。そこにはドラゴンタトゥーの男のバンドメンバーだった光輝、タツヤ、雄介も駆けつけていた。

「みんなでこのレコードを聴こうと思って。」 
海は『Dragon Tattoos』のレコードをプレーヤーにセットし、針を落とした。

ソリッドでアグレッシブなドラムとベースが鳴り響き、唸るようなギターリフに続いて、高音のボーカルが意外性を持って響き渡った。
 「これが…『アレン』の声…」 

その場にいる全員が、レコードの音に引き込まれ、言葉を失った。針が盤面を離れた後も、しばらく余韻が部屋を包んでいた。

「すごい…カッコいい…」 
葵が感嘆の声を漏らした。
 「本当に。どうしてこんなバンドが解散してしまったんだろう?人気が出てもおかしくないのに。日本では全然知られていないよな。」

 「昔のファンがYouTubeとかにアップしてないかな?」 

「20年前じゃ…どうだろうな…」
光輝が遠い目をしながら呟いた。

「YouTubeで思い出したんだけど、このマーティンシェインってドラマー、どこかで聞いたことがあると思ったら…」
タツヤが言いながらスマホを取り出し、YouTubeを検索した。

「『Martin's Drum Lesson』っていうチャンネルがあって、ドラムの練習動画をアップしてるんだ。」 
「あー!俺もそれ見たことある!」
 海が興奮気味にタツヤに同意した。


「この人、『Drum Magazine』でも連載してるんだ。」
海は棚から雑誌を取り出し、慎重にページをめくった。
「スタジオミュージシャンとして、数々の大物アーティストとツアーを共にしてるんだ。とにかくドラムめちゃくちゃ上手くて、俺リスペクトしてるんだよ。」

そのページには、茶髪のパーマがかった髪を持つ中年のアメリカ人風の男性が、ドラムスティックを力強く握りしめている写真が掲載されていた。

「でも…これが本当に『Dragon Tattoos』のマーティンさんかは、まだわからない。どうにかして、このマーティンさんに連絡を取れないかな?」
葵がみんなに意見を求めた。

「YouTubeの動画にコメントするだけじゃ、ただのイタズラだと思われてスルーされる可能性が高いよな…」
空が思案顔で言った。

「『Drum Magazine』の編集部に問い合わせてみたらどうだろう?」
海が提案した。
「この連載の担当編集者さんが協力してくれるかもしれない。」

その提案に全員が頷いた。

「よし、それなら俺が編集部に電話してみるよ。」
タツヤが自信ありげに言った。
「実は少しツテがあってさ。」
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