上 下
58 / 76

29-2 断ち切られた関係

しおりを挟む
 翌日、セルヴィはディークとトルフを執務室へと呼んだ。

「私は……王城へと戻る」
「「殿下……」」

 ディークとトルフはセルヴィを真っ直ぐ見詰めた。ディークは嬉しさと悲しさとで複雑な表情となるが、必死に笑顔を向ける。

「ここ、ミルフェン城はそのまま残したい。今いる使用人たちはそのままここを護っていてもらいたい」

 セルヴィはトルフに向かって真剣な目を向けた。

「かしこまりました」

 トルフは恭しく頭を下げる。

「ディークには近衛騎士として同行してもらいたい」

 トルフから視線を移したセルヴィは悲しそうな表情を浮かべたが、それでも真っ直ぐにディークを見詰め訴えた。

「もちろんです。私はセルヴィ殿下の近衛騎士ですので。ずっとお傍でお守りしますよ」

 ディークも悲しそうな表情とはなったが、それでも微笑み、精一杯の愛情を向けた。

「うん」

 泣きそうになるセルヴィは、しかし、必死に涙を堪えた。

 王城へと戻れば、国王として即位すれば、セルヴィとディークの関係はただの国王と騎士。それ以上でもそれ以下でもない。傍にいたとしても、それは護衛ということだけ。今のように気軽に接することも、ましてや触れ合うなどという行為ももうない。それどころか、跡継ぎのためにもセルヴィは妃を娶ることとなる。このような二人の関係は今ここで終わらせるしかないのだ。

 お互いにそれを分かっている。分かっているからこそ、口にはしなかった。いや、口にすると事実を突きつけられるようで無意識に拒絶しているだけかもしれない。

 二人だけの秘密の関係。このまま誰に知られるでもなく、何事もなかったかのように消えていく関係。

 二人にしか分からない、お互いの視線は絡み合い、熱を帯び、しかし……それをお互い、自ら断ち切った……。



 それからは全てが早かった。セルヴィから国王への返事によって、国からはセルヴィを迎えるための馬車が手配され、国では公式に発表はされずとも、セルヴィが戻って来るという噂が広がった。

 ミルフェン城の使用人たちは全員集められ、セルヴィは王城へと戻ることが伝えられた。トルフ以外の使用人たちはセルヴィに呪いがあったことは知らないため、ただセルヴィが王位を継ぐために戻る、という認識しかなかった。従って使用人たちは寂しそうではあるが、一様に喜んでいたのだった。

 セルヴィは相変わらず仮面を着けたままだった。すっかり痣は消えたというのに、いつまでも仮面を着けていることにディークは疑問を持ったが、長年他人から距離を置いて生きて来たセルヴィにとって、仮面を外すという行為はまだ踏み切ることが出来なかった。

 いわばセルヴィにとっての心を守る鎧のようなものかもしれない。いつまでも仮面を着けているわけにはいかないことも分かってはいるが、まだ、どうしても外すことが出来ないでいた。
 そんなセルヴィにディークはなにも言わず、ただ寄り添った。


 そしてついに王城からの迎えの馬車がやって来た。

「殿下、お元気でお過ごしください。我々はこのミルフェン城をしっかりとお護り致します」

 トルフが代表し挨拶をすると、使用人たちは全員、セルヴィに向かい頭を下げた。

「あぁ、ありがとう。皆も今までありがとう。ミルフェン城を頼む」

 セルヴィは使用人たちにそう声を掛けると、迎えの馬車に乗り込んだ。騎士服に身を包んだディークは馬車に乗り込んだセルヴィを確認すると、使用人たちに振り返り敬礼をする。

「私は皆さんよりも短い期間でしたが、ここに来られて良かった。楽しかったです。今までお世話になりました。ありがとう」

 トルフは涙ぐみ、「殿下をよろしくお願い致します」と呟き、イアンやダンにザックは笑顔で手を振った。ロイスも若干涙ぐみ、ノアはムスッとしながらも手を振っていた。
 そしてメイドたちは案の定というかなんというか、「お幸せにぃ」やら「推しがぁ」やらなにやらよく分からないことを叫びながら号泣していた。
 そんな姿にディークは笑いながら、晴れやかな笑顔を向け、手を振った。そして馬に乗り上げる。

「出発します」

 御者が声を上げ、そしてセルヴィが乗る馬車は王城へと向かった。


しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

わがまま子息は七回目のタイムリープで今度こそ有能執事と結ばれる! ……かな?

大波小波
BL
 上流階級・藤原家の子息である、藤原 昴(ふじわら すばる)は、社交界の人気者だ。  美貌に教養、優れた美的センスの持ち主で、多彩な才覚を持っている。  甘やかされ、ちやほやされて育った昴は、わがまま子息として華やかに暮らしていた。  ただ一つ問題があるとすれば、それは彼がすでに故人だということだ。  第二性がオメガである昴は、親が勝手に決めた相手との結婚を強いられた。  その屋敷へと向かう道中で、自動車事故に遭い短い人生を終えたのだ。  しかし昴には、どうしても諦めきれない心残りがあった。  それが、彼の専属執事・柏 暁斗(かしわ あきと)だ。  凛々しく、寡黙で、美しく、有能。  そして、第二性がアルファの暁斗は、昴のわがままが通らない唯一の人間だった。  少年以上・青年未満の、多感な年頃の昴は、暁斗の存在が以前から気になっていた。  昴の、暁斗への想いは、タイムリープを繰り返すたびに募る。  何とかして、何としてでも、彼と結ばれたい!  強い想いは、最後の死に戻りを実現させる。  ただ、この七回目がラストチャンス。  これで暁斗との恋を成就できなければ、昴は永遠に人間へ転生できないのだ。    果たして、昴は暁斗との愛を育み、死亡ルートを回避できるのか……?  

いっぱい命じて〜無自覚SubはヤンキーDomに甘えたい〜

きよひ
BL
無愛想な高一Domヤンキー×Subの自覚がない高三サッカー部員 Normalの諏訪大輝は近頃、謎の体調不良に悩まされていた。 そんな折に出会った金髪の一年生、甘井呂翔。 初めて会った瞬間から甘井呂に惹かれるものがあった諏訪は、Domである彼がPlayする様子を覗き見てしまう。 甘井呂に優しく支配されるSubに自分を重ねて胸を熱くしたことに戸惑う諏訪だが……。 第二性に振り回されながらも、互いだけを求め合うようになる青春の物語。 ※現代ベースのDom/Subユニバースの世界観(独自解釈・オリジナル要素あり) ※不良の喧嘩描写、イジメ描写有り 初日は5話更新、翌日からは2話ずつ更新の予定です。

赤ずきんちゃんと狼獣人の甘々な初夜

真木
ファンタジー
純真な赤ずきんちゃんが狼獣人にみつかって、ぱくっと食べられちゃう、そんな甘々な初夜の物語。

黄色い水仙を君に贈る

えんがわ
BL
────────── 「ねぇ、別れよっか……俺たち……。」 「ああ、そうだな」 「っ……ばいばい……」 俺は……ただっ…… 「うわああああああああ!」 君に愛して欲しかっただけなのに……

キスから始まる主従契約

毒島らいおん
BL
異世界に召喚された挙げ句に、間違いだったと言われて見捨てられた葵。そんな葵を助けてくれたのは、美貌の公爵ローレルだった。 ローレルの優しげな雰囲気に葵は惹かれる。しかも向こうからキスをしてきて葵は有頂天になるが、それは魔法で主従契約を結ぶためだった。 しかも週に1回キスをしないと死んでしまう、とんでもないもので――。 ◯ それでもなんとか彼に好かれようとがんばる葵と、実は腹黒いうえに秘密を抱えているローレルが、過去やら危機やらを乗り越えて、最後には最高の伴侶なるお話。 (全48話・毎日12時に更新)

某国の皇子、冒険者となる

くー
BL
俺が転生したのは、とある帝国という国の皇子だった。 転生してから10年、19歳になった俺は、兄の反対を無視して従者とともに城を抜け出すことにした。 俺の本当の望み、冒険者になる夢を叶えるために…… 異世界転生主人公がみんなから愛され、冒険を繰り広げ、成長していく物語です。 主人公は魔法使いとして、仲間と力をあわせて魔物や敵と戦います。 ※ BL要素は控えめです。 2020年1月30日(木)完結しました。

【完結】運命さんこんにちは、さようなら

ハリネズミ
BL
Ωである神楽 咲(かぐら さき)は『運命』と出会ったが、知らない間に番になっていたのは別の人物、影山 燐(かげやま りん)だった。 とある誤解から思うように優しくできない燐と、番=家族だと考え、家族が欲しかったことから簡単に受け入れてしまったマイペースな咲とのちぐはぐでピュアなラブストーリー。 ========== 完結しました。ありがとうございました。

悪役令息の七日間

リラックス@ピロー
BL
唐突に前世を思い出した俺、ユリシーズ=アディンソンは自分がスマホ配信アプリ"王宮の花〜神子は7色のバラに抱かれる〜"に登場する悪役だと気付く。しかし思い出すのが遅過ぎて、断罪イベントまで7日間しか残っていない。 気づいた時にはもう遅い、それでも足掻く悪役令息の話。【お知らせ:2024年1月18日書籍発売!】

処理中です...