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10-2 ディークの過去

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 イアンは吐き捨てるように言った。イアン自身も貴族ではあるのだが、イアンも自身の力のみで料理長まで上り詰めた男だ。下位貴族でしかも次男であるイアンは爵位を継げない。そのためイアンは自身で生きていくために料理長にとなったのだ。セルヴィがミルフェン城に移るにあたって、料理長として一人派遣されることになったとき、イアンは自ら手を挙げた。王城にいることにこだわりはない。どこへ行こうとも料理を作ることに変わりはない。逆に新しいところで一から始めるのも面白いだろう、と、ミルフェン城へやって来たのだ。まさか使用人が一人もいないとは思っていなかったが。

 そんなイアンからしてみれば、貴族たちのディークに対するそれは、ただの虐めであって軽蔑するに値する。副団長にのし上がったディークはそれだけ努力してきた結果なのだから。

「まあ、色々あったんだろうが、近衛も悪くないんじゃないか? ディークからしたら不本意かもしれないが」

 そう言いながらイアンは苦笑する。

「あー、まあ、ここのみんなも良い奴ばかりだし居心地は良いよ」

 騎士団から出されることになったのは痛手だが、ミルフェン城の使用人たちは皆気さくで、騎士団のなかで貴族連中に嫌味を言われながら生活しているよりは、余程心穏やかだ。ディークはそう思うと、ミルフェン城での生活も悪くない、と思うようになっていた。

 一人だけ視線がグサグサ突き刺さり痛いのだが……。背後でノアが思い切りディークを睨んでいた。

「あ、忘れてた! 殿下がお前を探していたぞ!」

 話に夢中になり過ぎて忘れていた、とイアンが慌てて告げる。

「は? セルヴィ殿下が?」
「あぁ」
「なんの用だ?」
「さあ。物凄い怒りながら探していたが」
「えぇ!?」

 なぜそんな怒りながら探される必要があるのだ、とディークは疑問に思ったが、ハッとする。

「あ、途中で悪い。セルヴィ殿下のところへ行ってくる!」
「お? おお、分かった。手伝い、助かった」

 剥いていた芋をイアンに渡し、ガタッと勢い良く立ち上がるとセルヴィの部屋を目指した。

(よく考えたら俺も殿下に聞きたかったんじゃないか。おそらく俺を探していたのも昨夜のことだろう)

 昨夜のことを思い出し、うぐっと一人唸るディークだが、頭を振り邪念を打ち払う。

(余計なことを考えるな……持病だよ、持病。殿下に持病があるかどうかの確認だけだ。それだけだ。余計なことを考えるな……)

 厨房からは少しばかり距離のあるセルヴィの部屋まで速足で歩いて行く、ディークは心を無にしていた。

 部屋へとたどり着き、扉を叩く。

「殿下、ディークです」

 しばらく沈黙。いないのか、とディークは踵を返そうとしたが、そのときなかから声が聞こえた。

「入れ」

(なんだよ、いるなら早く返事しろよな)

 若干苛つきを覚えながら、扉に手を伸ばした。

「失礼致します」

 部屋のなかへと足を踏み入れると、セルヴィはいつもならば机に着き、書類に目を通しているのに、このときは窓辺に立ちどこか物思いにふけるかのような雰囲気だった。

(なんだ? なんか様子が……)

「あの、私をお探しでしたか?」

 ハッとした表情となったセルヴィはぎこちない様子で応接椅子に座れと命じた。

(な、なんだ? なにか顔が赤いような……?)

 仮面で隠れていたにしても見えている半分の顔が薄っすら赤く染まっているような気がして、なんだか色気を醸し出しているセルヴィに、ディークは拳に力を入れた。

(無だ! 無! 余計なことを考えるな、俺!)

 言われるがまま応接椅子に座り対面する。

「お、お前は……その……」

 もごもごと呟く言葉が聞き取れず、ディークはイラッとするが必死に我慢。一体なにが言いたいのか、必死に言葉の続きを待つ。

「お前は昨夜、この部屋に来たか?」
「は? え、あー、はい」

(意識があったと思ったのに、俺が来たことを認識していなかったのか。なるほど、それがずっと気になっていたわけか)

 そんなことが気になって、普段出歩かないくせにずっと自分を探していたのか、と苦笑する。

(いや、違うか、仮面の下を見られたかが気になるのか?)

 じっとセルヴィを真っ直ぐに見詰める。目を逸らさず見詰めていると、あからさまにみるみると顔が赤らんでいく。

(面白いな、どんどん赤くなっていく。白い肌が赤く染まり……なんか可愛いな……)

 そこまで考えハッとする。

(って、はぁ!? な、なに考えてんだ!! 可愛いとかありえねー!!)

 一気に冷や汗が噴き出す。自身の思考が信じられずに内心焦る。顔には出さないが。


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