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第三章

31 ルイシー

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 タキは「また戻るから」とテントをそのままに、いくつかの荷物だけを馬に積んだ。タキの後について山を登る。峠を超えた先にある大きな谷にルイシーの民が住む村があるのだという。

 少し先を歩きながら、タキはいろいろな話をしてくれた。

「ルイシーに今住んでいるのは百人ほど。小さな村だから、皆が家族のようなものだ。皆で助け合い、分かち合う。ルイシーの冬は厳しくて長い。冬の間は家の中で話をしたり歌を歌ったりして過ごすんだ。短い夏は、農作業に明け暮れる。一年分の野菜を育てて収穫して、子どもたちは山に入ってベリーを摘みはちみつを集めるんだ」
「ルイシーから出ていこうという人はいないの?」
「滅多にいないよ。辺りのどの村と離れているというのもあるし、僕らは谷以外の暮らしを知らない。谷の暮らしで満足している……と言ったら、恰好をつけすぎているかもしれない。谷から出るのが怖い気持ちもなくはない」

 馬の上で手綱を握りながら、ヒスイはくちびるを噛んだ。

 もしヒスイのルーツが本当にルイシーにあるとしたら、ヒスイの両親はルイシーの出身だ。谷から出て行った人がいるなら、覚えている人もいるだろう。

 ルイシーについたら、村の人たちに聞いてみよう。

 そう心に決めて、目の前にそびえる山々を見つめた。



 一人でルイシーに向かった時は、疲れを感じたし寂しい感情も強かった。けれどタキと一緒に進む山道は楽しくて、ハイキングをしているかのような気持ち気分だった。

 ルイシーの谷へ続く道は緑が豊かで、いたるところにリンゴやあんずの木が生えているからかもしれない。道々あんずを摘まんでは、種をどのくらい遠くまで吐き出せるかをタキと競った。

 その夜も小川のそばでキャンプをし、翌朝日の出とともに出発した。

「もうすぐだよ。この坂道を登りきったら、ルイシーの谷が見える」

 険しい山道を上がりきると、正面には今まで見てきた山よりさらに高い山々が雪を抱いてそびえている。そして足元には緑と陽の光あふれる谷があり、いくつもの丸いテントが並んでいた。テントの白い屋根が太陽に反射している。羊や牛だと思われる動物たちもたくさんいるのが見えた。谷のあちこちに放牧されていて、自由に草を食んでいる。

「あそこだよ。ここは一番山に近い集落で、谷をもっと行くと、もう少し大きい集落がある」

 ヒスイとタキは馬から降りて、手綱を引いて緑の山肌を降りていった。すると、二人に気づいた子どもたちが駆け寄ってくる。どの子もヒスイと同じ象牙の肌に黒髪で、そして緑青の目を持っていた。女の子は白い刺繍が施された紺色のワンピースを着て、男の子は帽子を被っている。

「タキ!」
「どうしたの、どうして戻ってきたの。戻ってくるにはまだ早いよね」
「その人は誰?」
「こんにちは」

 外の人間のヒスイに興味津々で、けれどヒスイの目の色に気づいたとたん目を丸くする。

「仲間だ! なのにどうしてここに住んでないの?」
「今まで村にいなかったよね?」
「ここ以外にもルイシーの村があるの?」

 そしてヒスイを取り囲み、手を繋いできた。

「おじいちゃんに紹介しなくちゃ。うちに来て」
「うちにも! 昨日作ったおいしいスープがあるよ」
「うちは今朝、お母さんがケーキを焼いてたよ」

 あまりの歓迎ぶりにうれしいながらも困惑するヒスイに、タキが笑いながら言う。

「まずは、長老に紹介しないといけないよ。僕たちはゆっくり降りていくから、お前たち、先に行って長老がいるか見てきてくれないか」

 タキの言葉を聞くと、子どもたちは元気よく返事をして一斉に村へ向かって走っていった。

「大丈夫? ヒスイ」

 子どもたちの勢いに半ばあっけにとられているヒスイの顔を覗き込んできたタキは、楽しそうな笑顔を浮かべている。

「うん……。俺、この目の色のせいで、どこに行っても珍しがられたり、隠さなくちゃけいけなかったりだったから……こんな風に、最初から仲間って扱ってもらえて、歓迎してもらえて、びっくりしてる」

 谷へ向かうなだらかな坂道を下りながら、胸の奥をほくほくさせてヒスイが言うと、タキが優しい目を向けた。

「ヒスイは俺たちの仲間だよ。……君を歓迎する。ルイシーへようこそ」

 自分と同じ色のタキの目を見つめ、ヒスイは照れながら「おじゃまします」と小さく頭を下げた。
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