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第一章
15 湖の国
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乗り合いタクシーに定員を超える子どもを含めた六人が乗り込み、ぎゅうぎゅうの状態で首都まで向かった。国境から車で二時間。狭いタクシーの乗り心地は最悪だったけれど、一緒に乗り合わせた親子の会話を聞くのも楽しかったし、窓から見える夕日は美しく、町までのドライブはヒスイにとってあっという間だった。
タクシーが到着したのは巨大なバスターミナルで、数えきれないほどのバスやバン、タクシーが停まり、多くの人が荷物を持って歩きまわっていた。
「……こんなに人がいっぱいなの、初めて見た」
娼館を出た次の日に行って車の中から見た町も、国境を超える前に滞在した町も、ヒスイにとっては大きな町だった。けれどここと比べたら、とても規模が小さかったのだと気づく。人と車の多さに圧倒されているヒスイの手を引いて、ベスカはバスターミナル前の大通りに向かった。
「今はびっくりしてるだろうけど、すぐ慣れる。ヒスイ、よそ見をしないで。足元にも気をつけて」
注意を促すベスカに頷き、ベスカの後に続いて大通りを北上した。
途切れることなく連なる店と、車道と歩道を遮るように立つ屋台。何もかもが華やかで、よそ見をするなというベスカの言葉は右から左へ抜けていく。ベスカもヒスイがそうなるのはわかっていたのだろう。何も言わず、歩調を緩めた。
「ベスカ、あれはなに」
ヒスイの目に止まったのは、白く丸い、小さなボールがたくさん入ったガラス瓶だった。屋台の上には、同じようなボールが入ったガラス瓶がたくさん並んでいる。それは、ヒスイをひいきにする客がときどきお土産に持ってきてくれる、ホワイトチョコがかかったボンボンに似ていた。
「あれは、クルットというお菓子だよ」
「クルット?」
「食べてみる?」
そう問うベスカはヒスイの返事も聞かずに屋台へ近づいていく。そして店番の少年にコインを渡すと、ヒスイに「ほら」と言った。
「好きなのを一つ取っていい」
ドキドキしながら瓶の中へ手を伸ばす。最初に指に触れた白いボールを摘まみあげてベスカを見ると、ベスカが面白そうな顔で笑った。
「食べてごらん」
「うん」
口に含んだそれは、不思議な味がした。チョコレートのように甘いのだろうと想像したのにしょっぱくて、けれどミルクの優しい風味が強い。口の中で転がしながら目を白黒させるヒスイに、ベスカが小さく笑った。
「どう?」
「……」
思っていた味と違った。でも。嫌いじゃない。それどころか、この味を知っているような気がした。
「これ……なんかに、似てる。なんだろ。この味を食べたことあるような……」
「へえ?」
ベスカが眉を上げて顔を覗き込んでくる。ヒスイは必死に頭を回転させ、やがて近い答えに辿りついた。
「チーズ……っぽい」
「チーズか。正解」
ベスカが笑って。ヒスイの肩を抱く。ベスカと並んで歩きながら、口の中のボールを味わう。
「それはミルクと塩を混ぜて作ってるんだ。だから、チーズみたいなものだよ」
「そうなんだ」
ベスカの手が伸びて、スカーフに包まれたヒスイの頭をそっと撫でる。見上げると、先に立って歩きだした。
「行こう。今夜の宿をみつけないと」
口の中のミルクを味わいながら、ヒスイはベスカへと手を伸ばし、肘のあたりを軽く掴んだ。
タクシーが到着したのは巨大なバスターミナルで、数えきれないほどのバスやバン、タクシーが停まり、多くの人が荷物を持って歩きまわっていた。
「……こんなに人がいっぱいなの、初めて見た」
娼館を出た次の日に行って車の中から見た町も、国境を超える前に滞在した町も、ヒスイにとっては大きな町だった。けれどここと比べたら、とても規模が小さかったのだと気づく。人と車の多さに圧倒されているヒスイの手を引いて、ベスカはバスターミナル前の大通りに向かった。
「今はびっくりしてるだろうけど、すぐ慣れる。ヒスイ、よそ見をしないで。足元にも気をつけて」
注意を促すベスカに頷き、ベスカの後に続いて大通りを北上した。
途切れることなく連なる店と、車道と歩道を遮るように立つ屋台。何もかもが華やかで、よそ見をするなというベスカの言葉は右から左へ抜けていく。ベスカもヒスイがそうなるのはわかっていたのだろう。何も言わず、歩調を緩めた。
「ベスカ、あれはなに」
ヒスイの目に止まったのは、白く丸い、小さなボールがたくさん入ったガラス瓶だった。屋台の上には、同じようなボールが入ったガラス瓶がたくさん並んでいる。それは、ヒスイをひいきにする客がときどきお土産に持ってきてくれる、ホワイトチョコがかかったボンボンに似ていた。
「あれは、クルットというお菓子だよ」
「クルット?」
「食べてみる?」
そう問うベスカはヒスイの返事も聞かずに屋台へ近づいていく。そして店番の少年にコインを渡すと、ヒスイに「ほら」と言った。
「好きなのを一つ取っていい」
ドキドキしながら瓶の中へ手を伸ばす。最初に指に触れた白いボールを摘まみあげてベスカを見ると、ベスカが面白そうな顔で笑った。
「食べてごらん」
「うん」
口に含んだそれは、不思議な味がした。チョコレートのように甘いのだろうと想像したのにしょっぱくて、けれどミルクの優しい風味が強い。口の中で転がしながら目を白黒させるヒスイに、ベスカが小さく笑った。
「どう?」
「……」
思っていた味と違った。でも。嫌いじゃない。それどころか、この味を知っているような気がした。
「これ……なんかに、似てる。なんだろ。この味を食べたことあるような……」
「へえ?」
ベスカが眉を上げて顔を覗き込んでくる。ヒスイは必死に頭を回転させ、やがて近い答えに辿りついた。
「チーズ……っぽい」
「チーズか。正解」
ベスカが笑って。ヒスイの肩を抱く。ベスカと並んで歩きながら、口の中のボールを味わう。
「それはミルクと塩を混ぜて作ってるんだ。だから、チーズみたいなものだよ」
「そうなんだ」
ベスカの手が伸びて、スカーフに包まれたヒスイの頭をそっと撫でる。見上げると、先に立って歩きだした。
「行こう。今夜の宿をみつけないと」
口の中のミルクを味わいながら、ヒスイはベスカへと手を伸ばし、肘のあたりを軽く掴んだ。
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