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第1章
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鷹野の家から柴原が下宿しているシェアハウスに戻り共有のキッチンに顔を出すと、シェアメイトでルームメイトの航平がインスタントコーヒーを淹れているところだった。
「ただいま」
「あ、おはよ、柴ちゃん」
大学生の航平は底抜けに明るくて元気で、人懐っこい。いや、航平だけでなく、このシェアハウスで暮らしている住人は皆気さくで人当たりがよかった。
「なんだよ朝帰り? 今日もやってきたん? 気怠げな顔してるー」
航平は「これは言わないほうがいいかな」という気遣いもなく突っ込んでくる。けれどそんなざっくばらんさが気楽だった。
「コーヒー、俺にも淹れて」
コーヒーやお茶はフリーだからそう頼んで、椅子を引き腰かける。さすがに腰が怠くて立っているのが辛かった。
最後は気を失うようにして眠りに落ちた柴原は、翌朝鷹野の腕の中で目覚めた。体はいつの間にか清められていて、鷹野がしてくれたのかと思うと恥ずかしさとくすぐったさの入り混じった感情がわいてくる。柴原に続いて目覚めた鷹野は「モーニングを食べに行こう」と誘ってくれて、鷹野のマンションから近いホテルのレストランで一緒に朝食を取って別れた。別れ際「次はいつ会えるかな」とにこやかに問いかけてくれたことが、柴原の胸を温かくした。ちゃんと付き合える大人の恋人がほしかった。また会いたいと言ってくれているということは、期待してもいい。
「今度はどんな人なん?」
航平は柴原の分のコーヒーも用意しながら訪ねる。
「スーツが似合うカッコいい人。36歳だって」
ここの住民には性嗜好を隠していない。「お前らはみんな俺のタイプじゃないから」と最初に念押ししていることもあり、どの住民もまったく柴原を警戒したり差別的な目で見たりはせず、普通に接してくれている。
「柴ちゃんの彼氏って、いつも同じタイプじゃん。今回はいつもとどう違うん?」
「セックスがうまい。というか、相性がいい」
「うわー……」
正直に答えると、そのあけすけな回答に顔を歪めつつも、淹れたてのコーヒーを柴原の前に置いてくれた。
「それだけ?」
「……それだけでも、ない。なんか……もっと、顔を見たい、みたいな」
「ふうん」
柴原の向かいに腰を下ろして、航平は目を細める。
「じゃあ、いいんじゃね?」
航平は柴原を否定しないが、違うと思った時ははっきりそう言ってくれる。
「今度は長く続くといいね」
ニッと笑ってそう言われて、苦笑いした。
見目がいいからとにかく声はかけられるのだが、長く続いたためしがない。「この人は」と思っても、数回体を重ねると柴原をまるでアクセサリーのように扱う男が多くて、向こうが関係を続けることを望んでも、柴原のボルテージが下がって終わらせることばかりだった。「お前を連れていると気分がいいからな」と面と向かって言われたこともある。どの男も、柴原の見た目にしか興味がないし、なんなら複数の相手がいて、柴原もその一人だったということも珍しくない。男を見る目のない自分にもがっかりするけれど、そろそろまともな人とちゃんと長く付き合いたかった。できれば、一緒に住みたい。
「柴ちゃん、その人と同棲できるといいね」
航平が笑いかけてくるから「そうだな」と返事をしたところで、2階から誰かが降りてくる足音がし、髭面の佐藤が顔を出した。
「うーっす、おはようー」
「おはよ、サトさん」
「おはよう」
「柴、帰ってたのか。おかえり」
「ただいま」
佐藤は2階の個室にいる住人だ。最初柴原は佐藤の隣の個室に入ったが、シェアハウスでも個室に一人というのが耐えきれなくて、すぐ一階のドミトリーに移った。今は航平と二段ベッドの上と下を分け合っている。
柴原はとにかく、家に一人でいるのがダメだった。人の気配がないと落ち着かなくて、座っていることもできない。酷い時は呼吸ができなくなって激しくえずく。下宿先を探すとき、一人にならない場所としてシェアハウスを選んだ。キッチンやリビングには常に人の気配があり安心できる。常に四人から八人が入居している大部屋のドミトリーなら、誰かの声や息が聞こえ、気配があって安心できた。できれば一生このドミトリーにいたいくらい気に入っているが、入居できるのは30歳までという縛りがあった。もともとは学生向けの下宿だった経緯があるので納得はしているが、30歳を過ぎてここを出て行かなくてはならないことを考えると怖くなる。
いつかこのドミトリーを、シェアハウスを出るときのために、一緒に暮らしてくれて、柴原を一人にしない恋人が必要だった。
「柴、首にキスマーク見えてるぞ。それ隠してから仕事行けよ」
顔を洗って戻ってきた佐藤が、牛乳パックを手に柴原の隣に座る。それからちらりと柴原を見てそう言った。
「……ありがと」
気づいていかなかった柴原は思わず両手で首を覆うようにして佐藤に礼を言うと、確認するため洗面所に向かった。
「ただいま」
「あ、おはよ、柴ちゃん」
大学生の航平は底抜けに明るくて元気で、人懐っこい。いや、航平だけでなく、このシェアハウスで暮らしている住人は皆気さくで人当たりがよかった。
「なんだよ朝帰り? 今日もやってきたん? 気怠げな顔してるー」
航平は「これは言わないほうがいいかな」という気遣いもなく突っ込んでくる。けれどそんなざっくばらんさが気楽だった。
「コーヒー、俺にも淹れて」
コーヒーやお茶はフリーだからそう頼んで、椅子を引き腰かける。さすがに腰が怠くて立っているのが辛かった。
最後は気を失うようにして眠りに落ちた柴原は、翌朝鷹野の腕の中で目覚めた。体はいつの間にか清められていて、鷹野がしてくれたのかと思うと恥ずかしさとくすぐったさの入り混じった感情がわいてくる。柴原に続いて目覚めた鷹野は「モーニングを食べに行こう」と誘ってくれて、鷹野のマンションから近いホテルのレストランで一緒に朝食を取って別れた。別れ際「次はいつ会えるかな」とにこやかに問いかけてくれたことが、柴原の胸を温かくした。ちゃんと付き合える大人の恋人がほしかった。また会いたいと言ってくれているということは、期待してもいい。
「今度はどんな人なん?」
航平は柴原の分のコーヒーも用意しながら訪ねる。
「スーツが似合うカッコいい人。36歳だって」
ここの住民には性嗜好を隠していない。「お前らはみんな俺のタイプじゃないから」と最初に念押ししていることもあり、どの住民もまったく柴原を警戒したり差別的な目で見たりはせず、普通に接してくれている。
「柴ちゃんの彼氏って、いつも同じタイプじゃん。今回はいつもとどう違うん?」
「セックスがうまい。というか、相性がいい」
「うわー……」
正直に答えると、そのあけすけな回答に顔を歪めつつも、淹れたてのコーヒーを柴原の前に置いてくれた。
「それだけ?」
「……それだけでも、ない。なんか……もっと、顔を見たい、みたいな」
「ふうん」
柴原の向かいに腰を下ろして、航平は目を細める。
「じゃあ、いいんじゃね?」
航平は柴原を否定しないが、違うと思った時ははっきりそう言ってくれる。
「今度は長く続くといいね」
ニッと笑ってそう言われて、苦笑いした。
見目がいいからとにかく声はかけられるのだが、長く続いたためしがない。「この人は」と思っても、数回体を重ねると柴原をまるでアクセサリーのように扱う男が多くて、向こうが関係を続けることを望んでも、柴原のボルテージが下がって終わらせることばかりだった。「お前を連れていると気分がいいからな」と面と向かって言われたこともある。どの男も、柴原の見た目にしか興味がないし、なんなら複数の相手がいて、柴原もその一人だったということも珍しくない。男を見る目のない自分にもがっかりするけれど、そろそろまともな人とちゃんと長く付き合いたかった。できれば、一緒に住みたい。
「柴ちゃん、その人と同棲できるといいね」
航平が笑いかけてくるから「そうだな」と返事をしたところで、2階から誰かが降りてくる足音がし、髭面の佐藤が顔を出した。
「うーっす、おはようー」
「おはよ、サトさん」
「おはよう」
「柴、帰ってたのか。おかえり」
「ただいま」
佐藤は2階の個室にいる住人だ。最初柴原は佐藤の隣の個室に入ったが、シェアハウスでも個室に一人というのが耐えきれなくて、すぐ一階のドミトリーに移った。今は航平と二段ベッドの上と下を分け合っている。
柴原はとにかく、家に一人でいるのがダメだった。人の気配がないと落ち着かなくて、座っていることもできない。酷い時は呼吸ができなくなって激しくえずく。下宿先を探すとき、一人にならない場所としてシェアハウスを選んだ。キッチンやリビングには常に人の気配があり安心できる。常に四人から八人が入居している大部屋のドミトリーなら、誰かの声や息が聞こえ、気配があって安心できた。できれば一生このドミトリーにいたいくらい気に入っているが、入居できるのは30歳までという縛りがあった。もともとは学生向けの下宿だった経緯があるので納得はしているが、30歳を過ぎてここを出て行かなくてはならないことを考えると怖くなる。
いつかこのドミトリーを、シェアハウスを出るときのために、一緒に暮らしてくれて、柴原を一人にしない恋人が必要だった。
「柴、首にキスマーク見えてるぞ。それ隠してから仕事行けよ」
顔を洗って戻ってきた佐藤が、牛乳パックを手に柴原の隣に座る。それからちらりと柴原を見てそう言った。
「……ありがと」
気づいていかなかった柴原は思わず両手で首を覆うようにして佐藤に礼を言うと、確認するため洗面所に向かった。
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