2 / 17
ルドゥロ
しおりを挟む
「どうした?立ち上がれよ」
「…………」
「……ハァ」
ルドゥロはため息をつくとともに、俯きに倒れていた相手の背にドッ、と片手で剣を突き立てた。
皮と骨を断ち切る感触がして、じわじわと闘技場の舞台に赤黒い絵の具が染みていく。
『勝者は!やはり!ルドゥロだ~!!』
ウォォォォォォォォオ!!!
場を煽るように裏返った声で叫ぶ司会者と、建物が揺れるほどの歓声をあげる観客。
それらすべてに背を向けて、ルドゥロは早足で控室へと引き返した。
*****
「フゥ……」
控室の椅子に腰かけて、両肘を膝についた前傾姿勢で大きくため息をついた。
この控室は別にルドゥロ専用ではないはずだが、ルドゥロが決まっていつも使うので、いつの頃からか誰も近寄らなくなった。
「ああ…つまらない」
組んだ両手を口元に添えてぼそりと呟く。
彼にとって今日の試合はまさに「つまらない」ものだった。
焦りからかめちゃくちゃな太刀筋とかすりもしない剣。この闘技場で一年生き抜いた強い剣闘士だったはずだが…圧倒的強者の前に死の恐怖を感じ錯乱したのか、試合はあっという間に決着がついてしまった。
ルドゥロが様子見をしていた時間がなければもっと早くに終わりを迎えていただろう。
闘技場で10年生き抜いた強者は、対戦相手を脇腹への大きな一振りとすかさず放った右足へのもうひと振り、そして倒れた背中への深い一突きで下した。
本当のところはルドゥロの実力であれば格下相手に命奪わずとも気絶だけさせることはたやすい。だが観客や支配人たちが求めるのは、より高い残虐性と人の死という興奮。暗黙のルールを破れば、たとえスター選手であるルドゥロとて理不尽な責めを受けかねない。
それに、ここでは敗者に施されるものは一切存在しない。死んだものとして扱われるため治療もしてもらえなければ食事ももらえない。それでもなお剣闘士は闘技場から出ることを禁じられているので、ゆっくりと弱っていくしかないのだ。そんな苦しみを受けさせるのならばいっそ、というのが剣闘士たちに共通している思いだ。
コンコン
「入ってくれ」
扉が軽く叩かれる音にルドゥロが返事をすれば、キィ…と控えめに扉が開いて闘技場運営員の服を着た男が入ってきた。
「ルドゥロ選手、治療を」
「ああ、よろしくお願いするよ。とはいっても怪我などしていないんだけどな」
救急箱を抱えた運営員がルドゥロの体の隅々まで確かめるが、彼の言葉通りどこにも怪我は見当たらない。
首から上と肩から腕にかけてを完全に露出して戦っていたにもかかわらず、そこにもかすり傷ひとつ見つけられなかった。
運営員は小さく会釈をして使われなかった救急箱を手に部屋を後にした。
ルドゥロはそれを見送り、扉が閉まったのを確認するとドス、と背もたれに体を預けた。
「ああ、つまらないなあ」
再び嘆く彼の願いはひとつ。
強い試合相手と心躍る試合をしてみたい、ということだけ。
「…………」
「……ハァ」
ルドゥロはため息をつくとともに、俯きに倒れていた相手の背にドッ、と片手で剣を突き立てた。
皮と骨を断ち切る感触がして、じわじわと闘技場の舞台に赤黒い絵の具が染みていく。
『勝者は!やはり!ルドゥロだ~!!』
ウォォォォォォォォオ!!!
場を煽るように裏返った声で叫ぶ司会者と、建物が揺れるほどの歓声をあげる観客。
それらすべてに背を向けて、ルドゥロは早足で控室へと引き返した。
*****
「フゥ……」
控室の椅子に腰かけて、両肘を膝についた前傾姿勢で大きくため息をついた。
この控室は別にルドゥロ専用ではないはずだが、ルドゥロが決まっていつも使うので、いつの頃からか誰も近寄らなくなった。
「ああ…つまらない」
組んだ両手を口元に添えてぼそりと呟く。
彼にとって今日の試合はまさに「つまらない」ものだった。
焦りからかめちゃくちゃな太刀筋とかすりもしない剣。この闘技場で一年生き抜いた強い剣闘士だったはずだが…圧倒的強者の前に死の恐怖を感じ錯乱したのか、試合はあっという間に決着がついてしまった。
ルドゥロが様子見をしていた時間がなければもっと早くに終わりを迎えていただろう。
闘技場で10年生き抜いた強者は、対戦相手を脇腹への大きな一振りとすかさず放った右足へのもうひと振り、そして倒れた背中への深い一突きで下した。
本当のところはルドゥロの実力であれば格下相手に命奪わずとも気絶だけさせることはたやすい。だが観客や支配人たちが求めるのは、より高い残虐性と人の死という興奮。暗黙のルールを破れば、たとえスター選手であるルドゥロとて理不尽な責めを受けかねない。
それに、ここでは敗者に施されるものは一切存在しない。死んだものとして扱われるため治療もしてもらえなければ食事ももらえない。それでもなお剣闘士は闘技場から出ることを禁じられているので、ゆっくりと弱っていくしかないのだ。そんな苦しみを受けさせるのならばいっそ、というのが剣闘士たちに共通している思いだ。
コンコン
「入ってくれ」
扉が軽く叩かれる音にルドゥロが返事をすれば、キィ…と控えめに扉が開いて闘技場運営員の服を着た男が入ってきた。
「ルドゥロ選手、治療を」
「ああ、よろしくお願いするよ。とはいっても怪我などしていないんだけどな」
救急箱を抱えた運営員がルドゥロの体の隅々まで確かめるが、彼の言葉通りどこにも怪我は見当たらない。
首から上と肩から腕にかけてを完全に露出して戦っていたにもかかわらず、そこにもかすり傷ひとつ見つけられなかった。
運営員は小さく会釈をして使われなかった救急箱を手に部屋を後にした。
ルドゥロはそれを見送り、扉が閉まったのを確認するとドス、と背もたれに体を預けた。
「ああ、つまらないなあ」
再び嘆く彼の願いはひとつ。
強い試合相手と心躍る試合をしてみたい、ということだけ。
0
お気に入りに追加
17
あなたにおすすめの小説
完結•枯れおじ隊長は冷徹な副隊長に最後の恋をする
禅
BL
赤の騎士隊長でありαのランドルは恋愛感情が枯れていた。過去の経験から、恋愛も政略結婚も面倒くさくなり、35歳になっても独身。
だが、優秀な副隊長であるフリオには自分のようになってはいけないと見合いを勧めるが全滅。頭を悩ませているところに、とある事件が発生。
そこでαだと思っていたフリオからΩのフェロモンの香りがして……
※オメガバースがある世界
ムーンライトノベルズにも投稿中
【完結】聖人君子で有名な王子に脅されている件
綿貫 ぶろみ
BL
オメガが保護という名目で貴族のオモチャにされる事がいやだった主人公は、オメガである事を隠して生きていた。田舎で悠々自適な生活を送る主人公の元に王子が現れ、いきなり「番になれ」と要求してきて・・・
オメガバース作品となっております。R18にはならないゆるふわ作品です。7時18時更新です。
皆様の反応を見つつ続きを書けたらと思ってます。
Ωだったけどイケメンに愛されて幸せです
空兎
BL
男女以外にα、β、Ωの3つの性がある世界で俺はオメガだった。え、マジで?まあなってしまったものは仕方ないし全力でこの性を楽しむぞ!という感じのポジティブビッチのお話。異世界トリップもします。
※オメガバースの設定をお借りしてます。
恋のキューピットは歪な愛に招かれる
春於
BL
〈あらすじ〉
ベータの美坂秀斗は、アルファである両親と親友が運命の番に出会った瞬間を目の当たりにしたことで心に深い傷を負った。
それも親友の相手は自分を慕ってくれていた後輩だったこともあり、それからは二人から逃げ、自分の心の傷から目を逸らすように生きてきた。
そして三十路になった今、このまま誰とも恋をせずに死ぬのだろうと思っていたところにかつての親友と遭遇してしまう。
〈キャラクター設定〉
美坂(松雪) 秀斗
・ベータ
・30歳
・会社員(総合商社勤務)
・物静かで穏やか
・仲良くなるまで時間がかかるが、心を許すと依存気味になる
・自分に自信がなく、消極的
・アルファ×アルファの政略結婚をした両親の元に生まれた一人っ子
・両親が目の前で運命の番を見つけ、自分を捨てたことがトラウマになっている
養父と正式に養子縁組を結ぶまでは松雪姓だった
・行方をくらますために一時期留学していたのもあり、語学が堪能
二見 蒼
・アルファ
・30歳
・御曹司(二見不動産)
・明るくて面倒見が良い
・一途
・独占欲が強い
・中学3年生のときに不登校気味で1人でいる秀斗を気遣って接しているうちに好きになっていく
・元々家業を継ぐために学んでいたために優秀だったが、秀斗を迎え入れるために誰からも文句を言われぬように会社を繁栄させようと邁進してる
・日向のことは家族としての好意を持っており、光希のこともちゃんと愛している
・運命の番(日向)に出会ったときは本能によって心が惹かれるのを感じたが、秀斗の姿がないのに気づくと同時に日向に向けていた熱はすぐさま消え去った
二見(筒井) 日向
・オメガ
・28歳
・フリーランスのSE(今は育児休業中)
・人懐っこくて甘え上手
・猪突猛進なところがある
・感情豊かで少し気分の浮き沈みが激しい
・高校一年生のときに困っている自分に声をかけてくれた秀斗に一目惚れし、絶対に秀斗と結婚すると決めていた
・秀斗を迎え入れるために早めに子どもをつくろうと蒼と相談していたため、会社には勤めずにフリーランスとして仕事をしている
・蒼のことは家族としての好意を持っており、光希のこともちゃんと愛している
・運命の番(蒼)に出会ったときは本能によって心が惹かれるのを感じたが、秀斗の姿がないのに気づいた瞬間に絶望をして一時期病んでた
※他サイトにも掲載しています
ビーボーイ創作BL大賞3に応募していた作品です
これがおれの運命なら
やなぎ怜
BL
才能と美貌を兼ね備えたあからさまなαであるクラスメイトの高宮祐一(たかみや・ゆういち)は、実は立花透(たちばな・とおる)の遠い親戚に当たる。ただし、透の父親は本家とは絶縁されている。巻き返しを図る透の父親はわざわざ息子を祐一と同じ高校へと進学させた。その真意はΩの息子に本家の後継ぎたる祐一の子を孕ませるため。透は父親の希望通りに進学しながらも、「急いては怪しまれる」と誤魔化しながら、その実、祐一には最低限の接触しかせず高校生活を送っていた。けれども祐一に興味を持たれてしまい……。
※オメガバース。Ωに厳しめの世界。
※性的表現あり。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる