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月日の流れの速さから衰えを感じる今日この頃。
世間はなにかと慌ただしい師走を迎えていた。

我が事務所も例外なく、変わらない芸能活動と並行して山積みの事務作業に追われ今日もキーボードをたたく音があちこちから響いている。

(撮影の終了時間は13時だったから…あと一時間したら出なきゃかな)

普段は隼人につきっきりのおれも、この忙しさに隼人だけを現場に残して事務所に戻り終了時間に迎えに行く、なんてこともしばしば。
全く持って不本意であるが、小規模で社員の少ない事務所では仕方がない。…決算なんてくそくらえ。

目は画面に張り付けたまま、キーボード横に置いていたマグカップに左手を伸ばす。持ち手をつかんで持ち上げると、カツリ、と薬指の指輪と取っ手が当たって音を立てた。

(今日も三浦さん、ポラくれるかなあ~)

最近さらに現場で一緒になることが増えたカメラマンの三浦さんは未だにおれを撮ることを諦めていない。ただ、先日隼人の撮影が見学できなくて悲しいと漏らすとわざわざポラロイドカメラで撮ってポラを渡してくれたので十分許せる。

(あ゛~~終わんなああい)

動きの鈍くなったパソコンにイラつきながら半ばヤケ気味にEnterキーを連打する。

「雪惟~」

「あ、洋子さん。どうしました?」

湯気を立てるマグカップ片手に近寄ってくるのは確かに洋子さん。

「あいさつ回り終わりました?お疲れ様です」

「ああ。お前も無理しないようにね。なかなか荒ぶってるみたいだけど」

「あはは…」

「まあ、ちゃんと早い時間に仕事あがってるみたいだしいいけどね。
…はい、これこの間の再検査の結果」

「あ、ありがとうございます」

ぱさりと茶封筒を渡される。


「大丈夫そうかい?」

「えっと…」

洋子さんに促されて慌てて封を切る。

人間が脆弱化するここ数年、すべての企業には従業員に年二回の精密な健康診断を受けさせることが義務付けられるようになった。会社によっては二回以上実施するところもあって、様々な疾患の早期発見に役立てられている。

うちでも10月に一斉健康診断があり、おれは見事に引っかかってしまった。この茶封筒はその後赴いた再検査の結果というわけだ。

「あ…大丈夫そう」

「そう」

明らかに洋子さんがほっとしたのが伝わって、心配させてしまったなと罪悪感が募る。
理央にも再検査になったと伝えたときに大変取り乱させてしまったので、帰ってから安心させてやらなければいけない。

おれは生まれつき貧血体質なもんでそのあたりで引っかかったようだ。広げた紙には食生活の改善法などまでつらつら書き連ねてあった。

「何があるか分かんないんだし、気を付けすぎて悪いことはないんだからね」

「うん」

心配しててもぐちぐちとは言わないのが洋子さん。
俺の返事を見届けると自分のデスクに戻っていった。

おれも紙を茶封筒に入れなおして横に置き、再びキーボードに指を乗せる。

今日はレバーでもたべるかなあ






「1年間おつかれーい!乾杯!」

「かんぱーい」

カツン、と缶が当たる軽い音がする。

そのままの流れでよく冷えた缶を口に運ぶ。

「ん~っ!ビール久しぶり飲んだ!うまい!」

「よく飲めるよなあ、、、」

「ゆきはビール飲めないもんね~」

「ニヤニヤすんな。、、、だって苦いじゃんか」

「かーわい。ゆきのは?梅酒?」

「ん。美味しそうだったから」

スーパーの酒コーナーで興味を引かれたピンク色の缶を理央の目の前に掲げる。

「ひとくちちょうだい」

「ん」

本日12月31日。大晦日。
泣いても笑っても夜が明ければ新しい年が来る。

おれはきっちり事務仕事は仕事納めを達成し、午前中にあった隼人の撮影に嬉々としてついて行ってきた。
対して理央は、最近バラエティなどのテレビ出演も多くなってきたが今日は丸1日何もなかったらしい。

よって、今日の撮影分の隼人のポラを貰ってルンルンで家に帰ってくるとエプロン姿の理央と数々の料理に迎えられるという、なんとも素晴らしい体験をした。

スマホに買ってくるようにメッセージが入っていた、おれチョイスのお酒たちと共にいつもより豪勢な食卓についた。

男所帯なもんで気が回らず缶のまま乾杯して飲み始めてしまったが、そういえばいいものがあったと席を立つ。
キッチンにまわり、流し台の下の戸棚を開ける。

「あ、あった」

箔押しの入った綺麗な木箱を取り出して、そのまま食卓にもっていく。

「あれ、なんだっけそれ」

「ふっふ~ん」

巻かれていた紅白の紐を解いて蓋を開けると、中には青色の透き通ったグラスが2つ。

「はやとが結婚祝いにくれたグラス!」

「おお!綺麗!」

「勿体なくて使えなかったけど、せっかくだしこれで飲も~!」

「いいね!」

早速お互いのグラスに注ぎあって、乾杯し直す。

「ん!いいね、さらにおいし」

「んね~」

お互い滅多に飲まないアルコールもどんどん進む。

「そういえばなんでオフなのに髪固めてんの?」

理央はいつも家では髪をおろしているはずだが、今日は仕事の時のように髪をあげ、しっかりと固めている。

「ん~やっぱ節目の日だからさきちっとしとこうかなって」

「えら」

「んふ。それにゆき、この髪型すきでしょ」

「うん。かっこいい」

「お、素直。かわいい」

「節目の日だから」

馬鹿みたいに中身のない話をしながら、いい匂いをさせる料理に箸をのばす。

「今年、いろいろあったね」

「ん~もう、ほんとにね」

色々ありすぎて最早一年とは思えないと理央が苦笑する。

「確かに」

「その分あっという間だったけどさ~…。
あ!そうそう。2年記念日がさ俺のごたごたで一緒に祝えなかったじゃん。あれ、いまだに悔いが残ってるんだよねえ~」

付き合って2年記念日か…。正直会えないのがキツすぎてそれどころじゃなかったな。そもそも記念日の類を気にするタイプでもないし。

「おれがあんまりそういうの気にしないって知ってるでしょ」

「そりゃそうだけど。記念日は記念日だしさ。せめて一緒にいたかったよ」

急にぐっと糖度の増した目で見つめられて箸も止まってしまう。

「ちょ、突然そういう雰囲気やられると困る…」

「んふ。ごめん」

「…まあ、おれも一緒には居たかったよ。記念日とかなしにしても」

「ゆき…」

「当たり前でしょ」

「うっ…ゆきっ!これからはずっと一緒だから!幸せにする!」

「りお……
ビール二缶目にしてかなり酔ってるでしょ…」

異様にテンション高く涙目になってる奴の手元から缶を抜き取る。

「もう空じゃん」

「うん。へへ」

「へへ、じゃないよ。料理もなくなったしさっさとお風呂はいろ!」

ごちそうさまでした!と手を合わせ、食器をもって立ち上がる。

「片づけはしとくからシャワー浴びてきな。シャワーだよ、シャワー!浸かったら酔いまわっちゃうかんな!」

「さすがに大丈夫だよ」

おれの後に続いて食器を流しに置くと、笑って頬にキスを落とした後そう言いおいてお風呂に向かっていった。



(げ。りお着替え持っていってないのでは…?)

食器を食洗器に突っ込んで食卓を拭き生ごみも捨てて。手を拭きつつリビングに向かえば、そこには朝脱いで畳んだままのパジャマ。
その持ち主はついさっき風呂に向かったはずの人物である。

「しょ~がねえなあ…」

パジャマを拾い上げ腕にかける。
どうせ下着類も持って行ってないんだろうと引き出しからそれらを取り出してパジャマの上に重ね、水音が聞こえる方向へと進む。


ザーッザーザー…
トントン、ノックを2回。

「りお~?」

『ん~?』

「着替え、ここ置いとくよ~」

『ん~??』

「着替え!置いとく!」

『ん~あ~』

あ゛~~!酔っ払いが!

このまま黙って置いて行ってもいいけど、気付かずに全裸で出てくる可能性が捨てきれない。優しいおれはわざわざ扉を開けて声をかけてやる。

カララ…
「だから、きがぇっぶっ…!?えっちょっ!」

思いっきり水 に 襲 わ れ た。

「りお!!なにすんの!?」

扉を開けた途端優しいおれにシャワーを容赦なく当ててきた張本人は、むふむふと気持ち悪い笑いを浮かべている。

「濡れたんですけど!?」

「濡れちゃったね」

「濡れちゃったね!?」

「もうこれはお風呂入るしかないね!」

「はあ!?」

この酔っ払いが!!!!

(りおってこんなお酒弱かったけ!?)

そんなこと思ってる間にもグイグイと腕を引っ張られる。

「わかった!わかったから!脱ぐからちょっと離して」

ホントにキレかけてはいたんだけど。
理央は普段がいい彼氏であろうとしっかりきっちりしている分、甘えられると大分弱い。酔いのせいだとしてもこうやって「寒い、早く」とぶうたれてるのさえ結局可愛く思えてしまうのだから重症だ。


「いらっしゃい」

「ん」

恋人の要望通り、さっさと服を脱ぎ捨てて浴室に入る。
無駄に広い家に比例して浴室も男二人が入れる広さがある。

「こっちおいで」

「はいはい」

ニコニコご機嫌な理央の膝あたりに大人しく収まる。

「洗ってくれんの?」

「うん」

頭にシャワーをあてられ乗せられたシャンプーがヒヤッとする。
優しくマッサージするように洗われ気持ちがいい。昔から頭や髪を触られるのは好きだったが、理央のはまた違う気持ちよさで好き。

「はーい、流しま~す。目ぇつぶって」

「は~い」

あれ、頭の次は身体?

「…身体も?」

「俺が洗う」

「あっそ」

今更、裸見られてどうこうってこともないけど…今日は行動が予測できなさすぎるので少し怖い。


「ゆきってホント肌白いね」

「変な風に触んないでよ…」

首から徐々に下へ、丁寧に洗われていく。
お腹をするりと撫でられて思わず顔に血が集まる。

「腕とか顔も白いけど、お腹はもっと真っ白ですべすべ」

「そりゃあまあ、日には当たらないし」

「ずっと撫でてられる…」

「そんなに?昔隼人にも言われたし…」

「は……?」

(…?)

いままで『うっとり』という言葉がぴったりな顔をしてたのに、スッと口角が下がり眉根を寄せる。
怒ってる…?どこが怒るポイントだった?

「なんで隼人くんがゆきのお腹知ってるの…?」

「いや、普通に一緒に風呂入ったからだけど…」

「は?」

こっちが、は?だわ。

「一緒に?風呂?」

あ。

「当然二人きりじゃないよ!?遠方ロケで泊りがけの時とかホテルの大浴場一緒にいくじゃん。そんとき真っ白だねって言われただけだし」

「はあああああああ」

「なに、そのくそでかため息…」

「え…?ゆきの裸体なんて当然独り占めだと思ってたのに…他の野郎が見てたとか…アリエナイ……ということは赤の他人も俺のゆきをみた?さらにアリエナイ…」

「ぼそぼそ言うなよ!怖いわ」

サーっとシャワーで泡を流されて抱きついてくる。

その手が怪しく自分の尻にまわってきたのを察知して叩き落とす。


「なんで!」

「こっちのセリフだよ…。ちゃんと年越すんだからさっさとあがるよ!」

「洋子さんに似てきたよね…」

「ん?どうでもいいけど身体冷えてるから温まってからあがってきなよ。あ、洗ってくれてありがとね」

「しょうがないな…年明けた後のベッドに持ち越しね」

「そんなこと言ってない!!」
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