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プロローグ
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さわさわと不規則に揺れる緑の葉
ベンチに腰掛ける白髪のおじいさん
そんな穏やかな時間が流れる中庭を
俺は窓際のいっとう陽の当たる椅子に座って眺めていた。
俺がいるのは病院の休憩室。この病院はそこそこ大きな大学病院で、この休憩室もなかなかな広さが確保されていて
俺と同じ薄青の入院着を着た患者や見舞い客がこれまた穏やかな時間を過ごしている。
そう。俺と同じーーつまり俺も入院患者ってわけだ。
左胸ににいつ爆発するか分からない爆弾を抱えているんだ。
ここ数十年、地球上ではある問題が取り沙汰されている。
人間が汚し続けた環境の影響か、人類の身体が目に見えて弱体化してきているのだ。
感染症や心臓病、肺炎など死者数は増え続け、医療技術の発展も虚しく平均寿命は下がっている。
特にここ十数年は生まれつき身体の弱い子供達が多くなりさらに懸念は増している。
学校では昼休みでも校庭にも体育館にも人はまばらでそれを羨ましく思いながら眺める生徒が教室に溢れている。生まれつきの疾患により激しい運動を制限された生徒ばかりだからだ。
そして俺もその大勢の中の1人という訳だ。
体育の授業にまともに参加したことなんてないし、幼い頃から短期間の入退院を繰り返していた。
しかしこのご時世、俺のような奴は珍しくないのでそこそこ楽しく学校生活を送っていたのだが、それさえ許されなくなってしまった。
生まれつき、正常より弱かった心臓が悪化し長期入院を余儀なくされたのだ。
発作的に苦しくなり本気で死ぬんだと思ったことも何度もあったし、親を何度も泣かせてしまった。
死というものを実際に目の前にすると怖くてたまらなかった。
ただただ、生きたかった。
…そして、なんとか15歳の誕生日を迎えた先日、俺と両親は臓器移植という選択をした。
弱体化する人類を抱える地球でひどく注目されているのが臓器移植について。
俺のような臓器移植希望者はごまんといるが、
実際に移植を受けられるのはほんの一握りだ。
そんな状況をみて、この国の政府は3年前、新たな制度を創り出した。
それを『生前臓器讓渡・移植制度』という。
従来は移植に同意する人が、脳死後及び心臓が停止した死後に、提供者となっていた。
しかしそれとは全く別の制度として、
今生きている人で、今すぐにでも臓器提供の意思がある人が臓器を讓渡する、という制度なのだ。
もちろん、心臓などの器官を提供した提供者に待つのは死である。
臓器移植希望者には健康な臓器を、死を望む人々には合法的な死を与えるというわけだ。
もちろん、その制度が発表され法も整備されてから様々な批判はやまなかったが、移植を望む人そして合法的に与えられる死に魅力を感じる人が多く存在しているからこそ、いまだこの制度は順調に利用され続けているのである。
先ほど言ったように俺は移植を受けることを決めた。
そして俺は「生前臓器讓渡・移植制度」を利用することになった。
それはつまり俺にも提供者が存在するという事だ。
ふと机を挟んで目の前の空っぽの椅子に視線を移す。
ここに座るのは俺の「提供者」になってくれる人だ。
相互の理解を深めるため、
また受給者の罪悪感を減らすため、
双方が望めば患者と提供者は手術前の期間に面会することが出来る。
俺の場合、両親が面会を希望し、あちらからも是非という返答が得られたためこうして初めての面会にのぞんでいるのである。
初対面の相手と2人きりで会って何を話すんだよ、と思わなくもないのだが_
「こんにちは」
バッと顔をあげる
「………」
「君がボクの心臓を貰ってくれる人だね?」
そう言って俺の目の前で微笑むその人は……
とてもとても美しい、男の人だった。
思わずぼおっと見とれてしまう。
「もしかして、、、違った?」
さらさらの髪を揺らして彼は首を傾げた。
「あっ!すみません!その通りです。」
「あまりにもイケメンな方だったので…」
俺は慌てて立ち上がりあいさつを返す。慌てすぎて変なことを口走ってしまった。
「そんな急に動いたりして大丈夫…?いいから座って座って」
「すみません…」
俺を座らせるとその人はそっと向かいに座った。
改めてみてもホントにかっこいい人だ。たとえ芸能人だといわれても何の疑問もない。
整った顔に抜群のスタイル、身なりを見るにお金にも困ってはいないだろう。
こんな人が提供者になりたがってる?何かの間違いなんじゃ…?
でもその顔に確かに底なしに深い憂いがあるように見えるのは先入観ゆえだろうか。
それに、身を包んでいる服達も素人目にもお高いものだとわかるものだが、それらすべて上着から足先まで真っ黒である事に気付き少しだけ胸が不穏な音をたてた。
でも提供を決めた理由、とか聞いてもいいんだろうか…なんで死ぬんですかって聞くようなもんだもんな…やっぱり失礼だろうか…
そんなことをぐるぐる考えていると目の前の彼と目が合った。
そしてふっと微笑まれて、それがあまりにも輝いてて…
ポロッとこぼれてしまった。
「…なんで臓器提供したいんですか」
……俺は阿呆か??
しかし彼はほとんど動じることなく微かに眉をあげただけだった。
「そうだねえ…
せっかくの機会だけどボクの話を延々としていいもんなのかなあ」
「貴方がいいのならぜひ聞きたいですけど…」
「そっか。じゃあもっとリラックスして?
『俺』も『ボク』なんて気恥ずかしくなってきたから普通に話すよ
それじゃあ少し長くなるけど聞いてくれる?」
ベンチに腰掛ける白髪のおじいさん
そんな穏やかな時間が流れる中庭を
俺は窓際のいっとう陽の当たる椅子に座って眺めていた。
俺がいるのは病院の休憩室。この病院はそこそこ大きな大学病院で、この休憩室もなかなかな広さが確保されていて
俺と同じ薄青の入院着を着た患者や見舞い客がこれまた穏やかな時間を過ごしている。
そう。俺と同じーーつまり俺も入院患者ってわけだ。
左胸ににいつ爆発するか分からない爆弾を抱えているんだ。
ここ数十年、地球上ではある問題が取り沙汰されている。
人間が汚し続けた環境の影響か、人類の身体が目に見えて弱体化してきているのだ。
感染症や心臓病、肺炎など死者数は増え続け、医療技術の発展も虚しく平均寿命は下がっている。
特にここ十数年は生まれつき身体の弱い子供達が多くなりさらに懸念は増している。
学校では昼休みでも校庭にも体育館にも人はまばらでそれを羨ましく思いながら眺める生徒が教室に溢れている。生まれつきの疾患により激しい運動を制限された生徒ばかりだからだ。
そして俺もその大勢の中の1人という訳だ。
体育の授業にまともに参加したことなんてないし、幼い頃から短期間の入退院を繰り返していた。
しかしこのご時世、俺のような奴は珍しくないのでそこそこ楽しく学校生活を送っていたのだが、それさえ許されなくなってしまった。
生まれつき、正常より弱かった心臓が悪化し長期入院を余儀なくされたのだ。
発作的に苦しくなり本気で死ぬんだと思ったことも何度もあったし、親を何度も泣かせてしまった。
死というものを実際に目の前にすると怖くてたまらなかった。
ただただ、生きたかった。
…そして、なんとか15歳の誕生日を迎えた先日、俺と両親は臓器移植という選択をした。
弱体化する人類を抱える地球でひどく注目されているのが臓器移植について。
俺のような臓器移植希望者はごまんといるが、
実際に移植を受けられるのはほんの一握りだ。
そんな状況をみて、この国の政府は3年前、新たな制度を創り出した。
それを『生前臓器讓渡・移植制度』という。
従来は移植に同意する人が、脳死後及び心臓が停止した死後に、提供者となっていた。
しかしそれとは全く別の制度として、
今生きている人で、今すぐにでも臓器提供の意思がある人が臓器を讓渡する、という制度なのだ。
もちろん、心臓などの器官を提供した提供者に待つのは死である。
臓器移植希望者には健康な臓器を、死を望む人々には合法的な死を与えるというわけだ。
もちろん、その制度が発表され法も整備されてから様々な批判はやまなかったが、移植を望む人そして合法的に与えられる死に魅力を感じる人が多く存在しているからこそ、いまだこの制度は順調に利用され続けているのである。
先ほど言ったように俺は移植を受けることを決めた。
そして俺は「生前臓器讓渡・移植制度」を利用することになった。
それはつまり俺にも提供者が存在するという事だ。
ふと机を挟んで目の前の空っぽの椅子に視線を移す。
ここに座るのは俺の「提供者」になってくれる人だ。
相互の理解を深めるため、
また受給者の罪悪感を減らすため、
双方が望めば患者と提供者は手術前の期間に面会することが出来る。
俺の場合、両親が面会を希望し、あちらからも是非という返答が得られたためこうして初めての面会にのぞんでいるのである。
初対面の相手と2人きりで会って何を話すんだよ、と思わなくもないのだが_
「こんにちは」
バッと顔をあげる
「………」
「君がボクの心臓を貰ってくれる人だね?」
そう言って俺の目の前で微笑むその人は……
とてもとても美しい、男の人だった。
思わずぼおっと見とれてしまう。
「もしかして、、、違った?」
さらさらの髪を揺らして彼は首を傾げた。
「あっ!すみません!その通りです。」
「あまりにもイケメンな方だったので…」
俺は慌てて立ち上がりあいさつを返す。慌てすぎて変なことを口走ってしまった。
「そんな急に動いたりして大丈夫…?いいから座って座って」
「すみません…」
俺を座らせるとその人はそっと向かいに座った。
改めてみてもホントにかっこいい人だ。たとえ芸能人だといわれても何の疑問もない。
整った顔に抜群のスタイル、身なりを見るにお金にも困ってはいないだろう。
こんな人が提供者になりたがってる?何かの間違いなんじゃ…?
でもその顔に確かに底なしに深い憂いがあるように見えるのは先入観ゆえだろうか。
それに、身を包んでいる服達も素人目にもお高いものだとわかるものだが、それらすべて上着から足先まで真っ黒である事に気付き少しだけ胸が不穏な音をたてた。
でも提供を決めた理由、とか聞いてもいいんだろうか…なんで死ぬんですかって聞くようなもんだもんな…やっぱり失礼だろうか…
そんなことをぐるぐる考えていると目の前の彼と目が合った。
そしてふっと微笑まれて、それがあまりにも輝いてて…
ポロッとこぼれてしまった。
「…なんで臓器提供したいんですか」
……俺は阿呆か??
しかし彼はほとんど動じることなく微かに眉をあげただけだった。
「そうだねえ…
せっかくの機会だけどボクの話を延々としていいもんなのかなあ」
「貴方がいいのならぜひ聞きたいですけど…」
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『俺』も『ボク』なんて気恥ずかしくなってきたから普通に話すよ
それじゃあ少し長くなるけど聞いてくれる?」
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