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決勝前日
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月曜日の放課後、体育館には真希と私が一番乗りだった。しばらくして全員が集まり、真希がこれから一週間の練習内容を告げた。
「白峯のサーブは今までのどのチームよりも強い。だから試合まで一週間、サーブレシーブを徹底的に練習する」
白峯は一回戦をではほとんどサーブだけで点を取っていた。それに対応できなければ真希がどんなに頑張っても勝てない。
「サーブは私が打つ。ジャンプサーブじゃないけど。私のサーブが取れれば、白峯のサーブも怖くない」
真希の言葉通り、サーブレシーブの練習が行われ、ついでに良子がトスを上げ、皆がアタックを決めていく。
一昨日の星和戦の最後の感覚を掴みたい。私はここにきてさらに強くなれる気がしていた。あのときはブロックの位置もレシーブの位置もすべてが見えていた。それはすなわち、ボールから目を離していた、ということだ。もしそんなことができるなら、アタックの決定率が高くなる。
結局一度も上手くいかず、練習が終わった。
「奈緒、なんか今日はちぐはぐな動きをしてたね」
「実はね」
私は自分が何をやろうとしているのか説明した。
「そういうことか。なかなか難しいよねえ」
真希にも難しいと思うことがあるのか。それはそうか。最初から何でもできたわけではないのだから。
「トスの高さ、軌道を一瞬で見極めること、それに対してどのタイミングで走りだし、どのタイミングでジャンプをするか、体に覚え込ませること。トスの高さも常に一定とは限らないから難しいけど、それができてようやく第一段階。さらに空中で相手ブロックの位置、レシーブの位置を見る。つまりボールの落下速度も予測しないといけない」
理屈は分かるが……。
「真希は、相手のブロックもレシーブも見えてるの」
「うん。何もかも見えてるよ」
真希はこともなく言ってのけた。
白峯との大勝負を控えた前日の金曜日、練習を軽く行い解散となったが、真希が少しだけ練習したいと言うから私も付き合って残った。
私がトスを上げ、真希が黙々とアタックを打ち込んでいく。
「話したいことって?」
真希が十球ほど打ち終わったタイミングで声をかけると、真希が驚いた表情を浮かべた。
「何も言ってないのに、よく分かったね」
「真希のことなら何だって分かるよ」
十年以上の親友だ、目を見れば大体のことは分かる。
「私も奈緒のことは何でも分かるよ」
変なところで張り合う真希がおかしくて少し笑ってしまった。
真希が体育館の壁に寄りかかって座ったので私もその横に座った。
「本当に明日大丈夫?」
真希がなかなか話を切り出さないから痺れを切らし、私から口火を切った。
「莉菜のこと?」
「そう」
「……大丈夫。たぶん」
ほんのわずかに弱気な真希を見たがすぐにいつもの真希に戻った。
「皆がいるから。何より奈緒がいるから」
前も同じようなやり取りをした気がする。私は恥ずかしがって遮ることをせず黙って続きを促した。
「春日さんが私に憧れ、この高校に入ってきてくれてよかった。インハイ制覇なんて大きな目標をにべもなく言う強い人でよかった」
本当にそう思う。春日さんがいなかったら今こうして真希とバレーをやっていない。
「北村さんと双海さんがいてくれてよかった。最初は不本意だったのだろうけれど、途中から本気で取り組み強くなってくれてよかった」
一年生が春日さん一人だけじゃなかったのは幸運だ。一年生には感謝してもしきれない。
「良子が今でもバレーを続けてくれててよかった。私の知らないところで練習を重ねてくれててよかった」
良子は真希が戻ってくると信じていたし、憧れているから。
「そして、何より奈緒がいてくれてよかった。奈緒が私の復帰を待ち続け、説得しにきてくれて本当に嬉しかった」
そんなの当然だ。だって私は……。
「ここに入学してから奈緒は同好会に参加し始めたけど、私を勧誘してこなかったでしょ。平穏な生活で安心してたんだけど、私はまだバレーを諦めきれない自分がいることに気がついていた。何度か同好会に顔を出そうかと思ったりもした」
真希が簡単にバレーをやめることはできないと分かっていたが、それは初耳だ。
「何度か同好会に顔を出そうか考えたことはあった。でも自分が体を動かす程度で満足できるとは思えなかった。同好会の人たちだってバレーが好きでやってるはずだから、方向性の違いを押し付けるわけにはいかない。それに、大会に出たとして、莉菜と顔を合わせることになる。そうなったら私は平然とはしていられない。ごちゃごちゃ考えているうちに同好会に顔を出すことはついぞなかった」
去年までは体育の授業の延長みたいなものだった。真希が参加しなかったのは、それはそれで正解だったと思う。
「一年生の秋くらいかな、すぐ近くの東王大学が大学バレーの強豪だと知った。ここなら莉菜と顔を合わせることなくバレーができるんじゃないかと思って一人で大学の体育館に向かった」
バレーのために強豪の大学生に混ざろうとする執念はすごい。それに、それを可能にする実力も。
「女王の名は健在で、監督は嫌そうにしていたけど、週末大学の体育館で練習する日に限って練習に混ぜてもらえるようになった。すぐに監督も大学生も嫌な顔せず、それどころか快く受け入れてくれるようになった」
予備校の帰りに何度も見かけたけど、そんな経緯があったのか。
「楽しかった。大学生たちは可愛がってくれたし、何より莉菜のことを考えずにバレーができるとは思ってなかった。自分より圧倒的に強い人たちに食らいつき、自分がどんどん強くなるのが楽しかった。週末しか参加できないのは残念だったけど、それでも幸せだった。不動さんには何度か腹が立ったけど」
真希が一度切り、少し遠い目をして、でも、と続けた。
「そんな生活を続け、高校二年生の二月、不意にこのままでいいのかと、思い始めた。大好きなバレーは続けているが、それは莉菜と顔を絶対に合わせることがないから。この先大学生になったとき、今と同じようにバレーを続けるのは無理だと思ってた。そこには必ず莉菜がいるから。そうなったとき、きっとまた自分にはバレー以外他に何もないことに気がつくはず」
「……真希」
真希の苦しみが私に流れてくるような錯覚を覚える。中学三年の冬と同じように私の知らないところで真希は苦しんでいた。
「ただ何となく流されて生き続け、何の感慨もなく死んでいくのだろうか。それどころか、やがて生きる意味さえ見失うのではないか。もしかしたら、残りの人生はすでに消化試合なんじゃないか。私はずっとそんなことを考えてた」
結局私は真希の力にはなれなかったのだろうか。親友だと口では言いつつ根本的には解決していなかったのだろうか。
「そう思ってた、四月に奈緒が想いをぶつけてくれるまでは」
私は驚き真希の顔をまじまじと見つめた。
「三人でいられなくなったあの日から、奈緒はずっと私の傍にいてくれた。本当は奈緒が一番だれよりも私にバレーを続けて欲しいと願っていることは知ってた。それでもずっと我慢して、自分を押し殺して、最後の最後で私にぶつかってきてくれて、本当に嬉しかった。今の私があるのは奈緒のお陰だよ。あの日から私はバレーをやめ、生きる目標を失ったと言っても過言ではなかった。大学生に交じってバレーを細々と続けていたけど、それも終われば本当に生きている意味を見失っていたと思う。奈緒が私を救ってくれた。奈緒が私を私たらしめてくれた。奈緒が私を人たらしめてくれた」
私はちゃんと真希の力になれていたんだ。溢れそうになる涙を必死にこらえた。
「奈緒にはもらってばっかりだ。私は奈緒に何も返せていない。奈緒には何かを返したい。私のことをずっと想ってくれていた奈緒に少しでも何かを返したい。私ができることなんて、たかが知れている。いやたった一つしかない。それは試合に勝ち続けること。最後の最後でいいチームに巡り合わせてくれた奈緒に、生きる意味を与えてくれた奈緒に何かを返すとしたらそれしかない。まだまだこのチームで戦いたい。皆で上を目指したい。奈緒と最後までバレーをやりたい。もしそれを莉菜が邪魔するというなら、正面から力でねじ伏せる。だから大丈夫。明日は必ず勝つよ」
私は汗を拭う振りをして涙をそっと拭った。試合前日にこんなのずるい。
「私は見返りなんて求めてないよ。そんなに気負わないで」
「でも……」
「私がやりたくてやってたことだから。だって私は真希のファン第一号で、親友なんだから」
「白峯のサーブは今までのどのチームよりも強い。だから試合まで一週間、サーブレシーブを徹底的に練習する」
白峯は一回戦をではほとんどサーブだけで点を取っていた。それに対応できなければ真希がどんなに頑張っても勝てない。
「サーブは私が打つ。ジャンプサーブじゃないけど。私のサーブが取れれば、白峯のサーブも怖くない」
真希の言葉通り、サーブレシーブの練習が行われ、ついでに良子がトスを上げ、皆がアタックを決めていく。
一昨日の星和戦の最後の感覚を掴みたい。私はここにきてさらに強くなれる気がしていた。あのときはブロックの位置もレシーブの位置もすべてが見えていた。それはすなわち、ボールから目を離していた、ということだ。もしそんなことができるなら、アタックの決定率が高くなる。
結局一度も上手くいかず、練習が終わった。
「奈緒、なんか今日はちぐはぐな動きをしてたね」
「実はね」
私は自分が何をやろうとしているのか説明した。
「そういうことか。なかなか難しいよねえ」
真希にも難しいと思うことがあるのか。それはそうか。最初から何でもできたわけではないのだから。
「トスの高さ、軌道を一瞬で見極めること、それに対してどのタイミングで走りだし、どのタイミングでジャンプをするか、体に覚え込ませること。トスの高さも常に一定とは限らないから難しいけど、それができてようやく第一段階。さらに空中で相手ブロックの位置、レシーブの位置を見る。つまりボールの落下速度も予測しないといけない」
理屈は分かるが……。
「真希は、相手のブロックもレシーブも見えてるの」
「うん。何もかも見えてるよ」
真希はこともなく言ってのけた。
白峯との大勝負を控えた前日の金曜日、練習を軽く行い解散となったが、真希が少しだけ練習したいと言うから私も付き合って残った。
私がトスを上げ、真希が黙々とアタックを打ち込んでいく。
「話したいことって?」
真希が十球ほど打ち終わったタイミングで声をかけると、真希が驚いた表情を浮かべた。
「何も言ってないのに、よく分かったね」
「真希のことなら何だって分かるよ」
十年以上の親友だ、目を見れば大体のことは分かる。
「私も奈緒のことは何でも分かるよ」
変なところで張り合う真希がおかしくて少し笑ってしまった。
真希が体育館の壁に寄りかかって座ったので私もその横に座った。
「本当に明日大丈夫?」
真希がなかなか話を切り出さないから痺れを切らし、私から口火を切った。
「莉菜のこと?」
「そう」
「……大丈夫。たぶん」
ほんのわずかに弱気な真希を見たがすぐにいつもの真希に戻った。
「皆がいるから。何より奈緒がいるから」
前も同じようなやり取りをした気がする。私は恥ずかしがって遮ることをせず黙って続きを促した。
「春日さんが私に憧れ、この高校に入ってきてくれてよかった。インハイ制覇なんて大きな目標をにべもなく言う強い人でよかった」
本当にそう思う。春日さんがいなかったら今こうして真希とバレーをやっていない。
「北村さんと双海さんがいてくれてよかった。最初は不本意だったのだろうけれど、途中から本気で取り組み強くなってくれてよかった」
一年生が春日さん一人だけじゃなかったのは幸運だ。一年生には感謝してもしきれない。
「良子が今でもバレーを続けてくれててよかった。私の知らないところで練習を重ねてくれててよかった」
良子は真希が戻ってくると信じていたし、憧れているから。
「そして、何より奈緒がいてくれてよかった。奈緒が私の復帰を待ち続け、説得しにきてくれて本当に嬉しかった」
そんなの当然だ。だって私は……。
「ここに入学してから奈緒は同好会に参加し始めたけど、私を勧誘してこなかったでしょ。平穏な生活で安心してたんだけど、私はまだバレーを諦めきれない自分がいることに気がついていた。何度か同好会に顔を出そうかと思ったりもした」
真希が簡単にバレーをやめることはできないと分かっていたが、それは初耳だ。
「何度か同好会に顔を出そうか考えたことはあった。でも自分が体を動かす程度で満足できるとは思えなかった。同好会の人たちだってバレーが好きでやってるはずだから、方向性の違いを押し付けるわけにはいかない。それに、大会に出たとして、莉菜と顔を合わせることになる。そうなったら私は平然とはしていられない。ごちゃごちゃ考えているうちに同好会に顔を出すことはついぞなかった」
去年までは体育の授業の延長みたいなものだった。真希が参加しなかったのは、それはそれで正解だったと思う。
「一年生の秋くらいかな、すぐ近くの東王大学が大学バレーの強豪だと知った。ここなら莉菜と顔を合わせることなくバレーができるんじゃないかと思って一人で大学の体育館に向かった」
バレーのために強豪の大学生に混ざろうとする執念はすごい。それに、それを可能にする実力も。
「女王の名は健在で、監督は嫌そうにしていたけど、週末大学の体育館で練習する日に限って練習に混ぜてもらえるようになった。すぐに監督も大学生も嫌な顔せず、それどころか快く受け入れてくれるようになった」
予備校の帰りに何度も見かけたけど、そんな経緯があったのか。
「楽しかった。大学生たちは可愛がってくれたし、何より莉菜のことを考えずにバレーができるとは思ってなかった。自分より圧倒的に強い人たちに食らいつき、自分がどんどん強くなるのが楽しかった。週末しか参加できないのは残念だったけど、それでも幸せだった。不動さんには何度か腹が立ったけど」
真希が一度切り、少し遠い目をして、でも、と続けた。
「そんな生活を続け、高校二年生の二月、不意にこのままでいいのかと、思い始めた。大好きなバレーは続けているが、それは莉菜と顔を絶対に合わせることがないから。この先大学生になったとき、今と同じようにバレーを続けるのは無理だと思ってた。そこには必ず莉菜がいるから。そうなったとき、きっとまた自分にはバレー以外他に何もないことに気がつくはず」
「……真希」
真希の苦しみが私に流れてくるような錯覚を覚える。中学三年の冬と同じように私の知らないところで真希は苦しんでいた。
「ただ何となく流されて生き続け、何の感慨もなく死んでいくのだろうか。それどころか、やがて生きる意味さえ見失うのではないか。もしかしたら、残りの人生はすでに消化試合なんじゃないか。私はずっとそんなことを考えてた」
結局私は真希の力にはなれなかったのだろうか。親友だと口では言いつつ根本的には解決していなかったのだろうか。
「そう思ってた、四月に奈緒が想いをぶつけてくれるまでは」
私は驚き真希の顔をまじまじと見つめた。
「三人でいられなくなったあの日から、奈緒はずっと私の傍にいてくれた。本当は奈緒が一番だれよりも私にバレーを続けて欲しいと願っていることは知ってた。それでもずっと我慢して、自分を押し殺して、最後の最後で私にぶつかってきてくれて、本当に嬉しかった。今の私があるのは奈緒のお陰だよ。あの日から私はバレーをやめ、生きる目標を失ったと言っても過言ではなかった。大学生に交じってバレーを細々と続けていたけど、それも終われば本当に生きている意味を見失っていたと思う。奈緒が私を救ってくれた。奈緒が私を私たらしめてくれた。奈緒が私を人たらしめてくれた」
私はちゃんと真希の力になれていたんだ。溢れそうになる涙を必死にこらえた。
「奈緒にはもらってばっかりだ。私は奈緒に何も返せていない。奈緒には何かを返したい。私のことをずっと想ってくれていた奈緒に少しでも何かを返したい。私ができることなんて、たかが知れている。いやたった一つしかない。それは試合に勝ち続けること。最後の最後でいいチームに巡り合わせてくれた奈緒に、生きる意味を与えてくれた奈緒に何かを返すとしたらそれしかない。まだまだこのチームで戦いたい。皆で上を目指したい。奈緒と最後までバレーをやりたい。もしそれを莉菜が邪魔するというなら、正面から力でねじ伏せる。だから大丈夫。明日は必ず勝つよ」
私は汗を拭う振りをして涙をそっと拭った。試合前日にこんなのずるい。
「私は見返りなんて求めてないよ。そんなに気負わないで」
「でも……」
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