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土曜日と日曜日も練習はあるが、ほかの部の体育館の使用状況の関係で午前中だけだ。相変わらずリフティングしかしていないが、それなりに楽しんでいる。少しずつ上達を実感しているのが大きい。
日曜日の練習が終わり、自室で寛いでいるとお姉ちゃんがノックもせず入ってきた。
「彩夏、出かけようか。お姉ちゃんがいいところに連れて行ってあげる」
お姉ちゃんの一人称は「私」だが、たまに「お姉ちゃん」になる。そういうときは大抵なにか企んでいるのが常だ。
「まあいいけど」
あたしとお姉ちゃんは歳が十離れている。お姉ちゃんの性格もあるだろうが、けんかをしたことがない。なにか企んでいるのだろうが、悪いことが起きるわけではないからとくに身構えたりはしない。
電車を乗り継ぎ、やってきたのは郊外の大型スポーツ用品店だった。
「いいところって、ここ?」
「そ。最近部活をはじめた彩夏にいろいろ買ってあげようと思って」
そう言うとお姉ちゃんはお店に入り、すたすたと歩いてく。後を着いていくと、スポーツウェアのコーナーだった。それもアンダーウェアがメインだ。シャツ、タイツ、ショーツ、などなど。
「お姉ちゃんも現役時代は愛用していたんだよ、このへんのインナー。インナーはね……」
お姉ちゃんはこちらの反応を伺うことなく話を勝手に進めていく。お姉ちゃんはたまに暴走気味になるが、悪意はないから気にはならない。あたしのために、というのは分かっている。
機能性インナーは汗を吸い、空気中へ逃がしてくれる。そのお陰で肌はべたつかずさらさらのままで、さらに汗の匂いも気にならなくしてくれる、というのがお姉ちゃんの主張だ。あたしは使ったことがないから真偽のほどは定かではないが、お姉ちゃんが言うのだからおそらく正しいのだろう。
「華の女子校生だし、匂いとか気にするでしょ」
華の女子校生とやらはおそらくこういうのは着ないと思う。
あたしも適当に手に取っては肌触りなんかを確認していく。ふと値札を見るとどれも五千円近くする。慌ててお姉ちゃんを見ると、お姉ちゃんはかごに次々と商品を放り込んでいた。試着する分のもあるだろうが、いったいどれだけ買う気なのか。そしていくらになるのだろう。
お姉ちゃんプレゼンツにより、あたしは次から次へ試着をし、お姉ちゃんが買う物を選んでいった。
最初は懐疑的だったが、着てみてすぐに快適さが分かった。学校指定のジャージに慣れた身からすると雲泥の差だった。体に密着するアンダーウェアは動きを阻害することなく、むしろ動きやすさを確保してくれている気がする。
足首まで覆う黒いタイツ、手首まで覆う黒いインナー、その上から白を基調とした半袖ジャージと青色の半ズボン。これらを三着ずつ。これが当分あたしのスタイルになりそうだ。
「あ」
お姉ちゃんに勧められるままウェアをかごに入れ、レジに向かう途中で、シューズコーナーに差し掛かった。バスケットボールやバレーボールのメジャースポーツの隣にひっそりと「セパタクロー」と書かれたポップが掲げられているのを見てあたしは小さくつぶやいた。
「彩夏がやってるセパ……のシューズ?」
「セパタクロー、ね。書いてあるじゃん」
ほかの競技に比べて売り場面積にしたら十分の一以下のスペースだが、売っているんだ、と妙に感動した。人が多い東京なら、それなりに競技人口もいるのだろうか。
「あれ、阿河さん?」
後ろから声をかけられ、あたしとお姉ちゃんが同時に振り返った。明賀先輩だ。明賀先輩は当然制服ではなく、私服だ。真っ白のワンピースを着ていて、装飾品を一切身に着けていない。どことなく気品を感じられる。お嬢様然としたこの人が必死になってマイナースポーツをやっている、というのはなんだか不思議な感じがする。
「シューズ買いに来たの?」
「いえ、ジャージを。シューズはたまたま見つけただけです」
「そうだったのね。ところで、時間ある? ついでにシューズも買いましょう。部費だからお金は心配しないで」
お姉ちゃんをちらりと見ると、お姉ちゃんが小さく頷いた。あたしが、
「大丈夫です」
と言うと明賀先輩の顔が華やいだ。
お姉ちゃんに明賀先輩を紹介し、明賀先輩にお姉ちゃんを紹介しようとすると、明賀先輩が遮った。
「もしかして、阿河小春選手ですか?」
「あれ、私のこと、知ってるの?」
「はい、もちろん。ラクロス界一のアタッカーと名高いですからね」
お姉ちゃんの顔も明賀先輩に負けないくらい明るくなった。元々社交的で人懐こい性格だが、ラクロスについて少しでも知っている人に会うと、それはより増長する。
「彩夏、明賀さんはいい人だから、迷惑かけちゃだめだよ」
あたしは迷惑をかけていないと思う。どちらかというと問題児は千屋さんだ。明賀先輩は千屋さんをどう思っているのか、まだよく分からない。
明賀先輩がセパタクロー用のシューズについて説明してくれた。シューズはナンヤンといってタイの一般的な室内履きらしい。一般的なスニーカーと違うのが、シューズ内側面で、ボールをコントロールしやすくするために真っ平らになっていることだ。
いくつか試し履きしてサイズを確かめ、真っ白なシューズに決めた。デザインがあまりなく、一番シンプルなものに落ち着いた。
明賀先輩もシューズを新調し、三人でレジに向かった。お姉ちゃんと明賀先輩はすっかり打ち解けている。マイナースポーツをやっている同士で気が合うのだろう。
レジに向かう途中で陸上短距離用のスパイク売り場が目に入り、少しだけ歯を食いしばった。地味なシューズばかり見ていたからだろうか、青、黄色、ピンクなどの色鮮やかなスパイクが目にダメージを与えてくる。
前を歩くお姉ちゃんは明賀先輩とのおしゃべりに夢中なのか、陸上短距離用のスパイクには目もくれない。それとも、あえて気がつかない振りをしてくれているのだろうか。
あたしはちかちかする視界を床に向け、足早に通り抜けた。
日曜日の練習が終わり、自室で寛いでいるとお姉ちゃんがノックもせず入ってきた。
「彩夏、出かけようか。お姉ちゃんがいいところに連れて行ってあげる」
お姉ちゃんの一人称は「私」だが、たまに「お姉ちゃん」になる。そういうときは大抵なにか企んでいるのが常だ。
「まあいいけど」
あたしとお姉ちゃんは歳が十離れている。お姉ちゃんの性格もあるだろうが、けんかをしたことがない。なにか企んでいるのだろうが、悪いことが起きるわけではないからとくに身構えたりはしない。
電車を乗り継ぎ、やってきたのは郊外の大型スポーツ用品店だった。
「いいところって、ここ?」
「そ。最近部活をはじめた彩夏にいろいろ買ってあげようと思って」
そう言うとお姉ちゃんはお店に入り、すたすたと歩いてく。後を着いていくと、スポーツウェアのコーナーだった。それもアンダーウェアがメインだ。シャツ、タイツ、ショーツ、などなど。
「お姉ちゃんも現役時代は愛用していたんだよ、このへんのインナー。インナーはね……」
お姉ちゃんはこちらの反応を伺うことなく話を勝手に進めていく。お姉ちゃんはたまに暴走気味になるが、悪意はないから気にはならない。あたしのために、というのは分かっている。
機能性インナーは汗を吸い、空気中へ逃がしてくれる。そのお陰で肌はべたつかずさらさらのままで、さらに汗の匂いも気にならなくしてくれる、というのがお姉ちゃんの主張だ。あたしは使ったことがないから真偽のほどは定かではないが、お姉ちゃんが言うのだからおそらく正しいのだろう。
「華の女子校生だし、匂いとか気にするでしょ」
華の女子校生とやらはおそらくこういうのは着ないと思う。
あたしも適当に手に取っては肌触りなんかを確認していく。ふと値札を見るとどれも五千円近くする。慌ててお姉ちゃんを見ると、お姉ちゃんはかごに次々と商品を放り込んでいた。試着する分のもあるだろうが、いったいどれだけ買う気なのか。そしていくらになるのだろう。
お姉ちゃんプレゼンツにより、あたしは次から次へ試着をし、お姉ちゃんが買う物を選んでいった。
最初は懐疑的だったが、着てみてすぐに快適さが分かった。学校指定のジャージに慣れた身からすると雲泥の差だった。体に密着するアンダーウェアは動きを阻害することなく、むしろ動きやすさを確保してくれている気がする。
足首まで覆う黒いタイツ、手首まで覆う黒いインナー、その上から白を基調とした半袖ジャージと青色の半ズボン。これらを三着ずつ。これが当分あたしのスタイルになりそうだ。
「あ」
お姉ちゃんに勧められるままウェアをかごに入れ、レジに向かう途中で、シューズコーナーに差し掛かった。バスケットボールやバレーボールのメジャースポーツの隣にひっそりと「セパタクロー」と書かれたポップが掲げられているのを見てあたしは小さくつぶやいた。
「彩夏がやってるセパ……のシューズ?」
「セパタクロー、ね。書いてあるじゃん」
ほかの競技に比べて売り場面積にしたら十分の一以下のスペースだが、売っているんだ、と妙に感動した。人が多い東京なら、それなりに競技人口もいるのだろうか。
「あれ、阿河さん?」
後ろから声をかけられ、あたしとお姉ちゃんが同時に振り返った。明賀先輩だ。明賀先輩は当然制服ではなく、私服だ。真っ白のワンピースを着ていて、装飾品を一切身に着けていない。どことなく気品を感じられる。お嬢様然としたこの人が必死になってマイナースポーツをやっている、というのはなんだか不思議な感じがする。
「シューズ買いに来たの?」
「いえ、ジャージを。シューズはたまたま見つけただけです」
「そうだったのね。ところで、時間ある? ついでにシューズも買いましょう。部費だからお金は心配しないで」
お姉ちゃんをちらりと見ると、お姉ちゃんが小さく頷いた。あたしが、
「大丈夫です」
と言うと明賀先輩の顔が華やいだ。
お姉ちゃんに明賀先輩を紹介し、明賀先輩にお姉ちゃんを紹介しようとすると、明賀先輩が遮った。
「もしかして、阿河小春選手ですか?」
「あれ、私のこと、知ってるの?」
「はい、もちろん。ラクロス界一のアタッカーと名高いですからね」
お姉ちゃんの顔も明賀先輩に負けないくらい明るくなった。元々社交的で人懐こい性格だが、ラクロスについて少しでも知っている人に会うと、それはより増長する。
「彩夏、明賀さんはいい人だから、迷惑かけちゃだめだよ」
あたしは迷惑をかけていないと思う。どちらかというと問題児は千屋さんだ。明賀先輩は千屋さんをどう思っているのか、まだよく分からない。
明賀先輩がセパタクロー用のシューズについて説明してくれた。シューズはナンヤンといってタイの一般的な室内履きらしい。一般的なスニーカーと違うのが、シューズ内側面で、ボールをコントロールしやすくするために真っ平らになっていることだ。
いくつか試し履きしてサイズを確かめ、真っ白なシューズに決めた。デザインがあまりなく、一番シンプルなものに落ち着いた。
明賀先輩もシューズを新調し、三人でレジに向かった。お姉ちゃんと明賀先輩はすっかり打ち解けている。マイナースポーツをやっている同士で気が合うのだろう。
レジに向かう途中で陸上短距離用のスパイク売り場が目に入り、少しだけ歯を食いしばった。地味なシューズばかり見ていたからだろうか、青、黄色、ピンクなどの色鮮やかなスパイクが目にダメージを与えてくる。
前を歩くお姉ちゃんは明賀先輩とのおしゃべりに夢中なのか、陸上短距離用のスパイクには目もくれない。それとも、あえて気がつかない振りをしてくれているのだろうか。
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