上 下
20 / 115

私は勇者様の……

しおりを挟む
 アニーの休憩時間を見計らって俺は喋りかけた。
 俺と2人でダンジョンに行って鍛えることを伝えると、アニーは少し顔を赤くさせて、胸の辺りで手を合わせて小さく「やった」と呟いた。 

 おじさんが手取り足取り教えてあげるよグヘヘへへへ、他のことも教えてあげようかゲヘゲヘ、と言うつもりだったのに、そんな可愛らしい仕草をされると下品な笑いができなかった。

 
「……ちゃんと勉強してる?」
 と俺は学生に聞いてはいけないナンバーワンのことを聞いてしまった。
 してる場合は『してるに決まってるだろう』と思われるし、してない場合は『うるせぇーよバカ』と思われる。

「はい」
 とニッコリと笑ってアニーが返事をした。

「セドリッグ、頼むな」と俺が言う。
 俺はセドリッグを見た。
 俺は一体、何を彼に頼んでいるんだろうか?

「かしこまりました」
 とセドリッグが言う。

 セドリッグは俺に何を頼まれたのだろう?

 この時点で俺は気づいてしまっていた。

 俺、若者と何を喋っていいのかわかんねぇー。
 そういえばエルフの村まで行った時、彼女は喋れなかった。だから気まずくもなかったけど、もしかしたら2人きりになってしまったら気まずいんじゃねぇ? 

 なんで気まずくなってんだよ? もしかしてアレか? 結婚の契約を交わす、って事で気まずくなっているのか? 
 契約だけのはずなのに、俺も意識してしまってるのか?

 彼女の過去の記憶を見て、優しい女の子であることは知っているけど、俺とアニーの関係性は出来上がっていない。
 これから2人の関係性を作っていくのだ。


 そして次の日。 
 ユニコーンがひく馬車に乗って、ダンジョンに向かった。
 一応、ワープホールは使える。どこでもドアみたいなモノである。別の離れたところに行けるスキル。
 強い魔法なので条件があった。俺1人しか使えないのだ。ただし物は持っていける。チェルシーは物扱いになる。繰り返して言います。チェルシーは物扱いになる。アイツは魔法から物認定されている。
 
 馬車以外にも早い手段はあった。だけど、その場合はアニーの体が耐えられなかった。

 馬車の中は気まずい。

 アニーは黙ってソファーにチョコンと座っていた。
 俺も隣に座っている。
 彼女は戦闘着ではなく、エルフの村に行った時と同じ白いワンピースを着ていた。
 俺はいつもの茶色いスーツである。

「……とりあえず『威嚇』が使えるようになろうね」
 と俺は言った。
 威嚇は魔力を消費せずに発動できる技能スキルである。
 ヤンキー言葉でいうところのメンチを切る、である。
 威嚇を覚えれば弱い魔物なら戦わなくて済む。
 戦わないことが孫子の兵法の必勝法なのだ。
 戦わなくて済むなら、戦わない方がいいと俺は思っている。

 だけど威嚇を覚えるためには魔物を倒してレベルアップする必要があった。
 レベルは実際に目に見えない。だけど経験や日々の努力で確実に人は強くなる。強くなれば使える技能スキルも増えた。

 どんな武器が向いているのか、俺はアニーを鑑定した。
 鑑定も技能スキルである。
 今までの蓄積した情報に基づき、コイツはどんな強さを持っていて、どんなことを得意とするのかを測ることができる。
 だから知らないことは鑑定してもわからないし、間違えることもある。

 頭の中にアニーの情報が入ってくる。コレは俺が持っている知識から解析した結果である。俺の鑑定は結構優秀な方で、今まで間違えたことがない。
 
 得意な武器はナイフと弓らしい。
 強さは、分かりやすく言うならレベル1。
 めちゃくちゃ弱い。
 魔力量は0。
 そして宮本小次郎の奴隷である。
 そんな情報が頭に入って来た。

 俺は彼女の腕を触った。
 筋肉は全然ない。たしかにレベル1だわ。
 日々の勉強に筋トレも入れるべきだろうか?

 彼女の顔を見ると真っ赤になっていた。

 やべぇー、乙女をペタペタ触ってしまった。俺、セクハラしてるじゃん。

「違う違う。えっーと、これは君の筋肉を見ようと思って」

「……筋肉がある女性が好きなんですか?」
 彼女が不安そうに尋ねた。

「違う。これから君を強くするんだ。だから今の筋肉を測っておこうと思って……別に筋肉が好きなわけでも、いやらしい意味で触った訳でもないんだ」

「……はい」
 と彼女が言った。

「……触ってくれても、いいですよ」とアニーが顔を真っ赤にして言った。

「私は勇者様の……」

 アニーは続きの言葉を恥ずかしそうにモジモジして言わなかった。

「ありがとう」と俺は一応言った。だけど何に対して礼を言ってんだよ。
 触らしてくれてありがとう、って礼を言うのはキモすぎた。


 そして俺は、このタイミングで再生の泉のことを思い出した。
 もしかして再生の泉で耳の穴を治すことができたら彼女の魔力が戻るんじゃねぇ?
 魔力が戻れば彼女はエルフの村に帰れるんじゃねぇ?

 アイテムボックスに仕舞っていた再生の泉を耳たぶぐらいのサイズだけ取り出す。

 チャチャチャチャッチャヤーン、再生の泉。
 頭の中であのキャラクターの声が流れた。

 俺は彼女の耳を触った。

「あっ」
 とアニーが声を漏らす。

 顔を真っ赤にしたアニーが俺を見て、恥ずかしそうに目を伏せた。

 俺はかまわず、穴の空いた耳たぶに再生の泉を付けた。
 耳たぶの穴が塞がっていく。

 彼女の髪は金髪に戻らなかった。

 もう片方の耳たぶの穴も塞がないといけないだろう。

 俺はもう片方の耳を優しく触った。

 アニーが太ももをウネウネさせて、「うっ」と呟いた。

 両耳の穴を塞いだけど彼女は金髪に戻らなかった。

 鑑定をして魔力量を測ったけど、やっぱり魔力量は0だった。耳の穴を塞いでも抜けてしまった魔力は戻らないらしい。
 
 彼女は魔力が無いので体術で補わないといけない。
 それには彼女に合ったサイズの武器が必要だった。

「手を出して」
 と俺が言う。

 白くて細くて小さい手を彼女が出した。
 俺は彼女の手に自分の手を合わせた。
 だいぶ小さい。

 握力も測っておこう。
 彼女の指の間に、俺は自分の指を入れた。
 恋人つなぎになってしまう。
 
 顔を真っ赤にさせて俺の方を見ないようにアニーが窓を見た。

「強く握って」
 と俺は言った。

 彼女の指までが真っ赤になっている。

「そんなに握る力が弱かったら、手を離すよ」と俺が言う。
 彼女の握力では武器を持っても手を離してしまうだろう。

 アニーの握る手の力が強くなった。
 それでも弱い。

 弓は得意らしいけど、今の彼女では扱えないだろう。
 
 彼女の武器はナイフに決まった。
 もちろん俺が持っている中で最強のナイフを渡すつもりである。
 持ち手部分は改造しなくては、彼女の手が小さいので持ちきれないかもしれない。

「……ズルイです。勇者様」
 と彼女は呟いた。

 アニーは何をズルイと言っているんだろうか?
 
 俺の手を離さないように、ずっと彼女は俺の手を強く握り続けた。

 もう握力を測ったから手を離して大丈夫だけど、ずっと強く手を握ることで筋トレになるから俺は彼女に手を握らせていた。
しおりを挟む
感想 19

あなたにおすすめの小説

異世界で穴掘ってます!

KeyBow
ファンタジー
修学旅行中のバスにいた筈が、異世界召喚にバスの全員が突如されてしまう。主人公の聡太が得たスキルは穴掘り。外れスキルとされ、屑の外れ者として抹殺されそうになるもしぶとく生き残り、救ってくれた少女と成り上がって行く。不遇といわれるギフトを駆使して日の目を見ようとする物語

アイテムボックス無双 ~何でも収納! 奥義・首狩りアイテムボックス!~

明治サブ🍆スニーカー大賞【金賞】受賞作家
ファンタジー
※大・大・大どんでん返し回まで投稿済です!! 『第1回 次世代ファンタジーカップ ~最強「進化系ざまぁ」決定戦!』投稿作品。  無限収納機能を持つ『マジックバッグ』が巷にあふれる街で、収納魔法【アイテムボックス】しか使えない主人公・クリスは冒険者たちから無能扱いされ続け、ついに100パーティー目から追放されてしまう。  破れかぶれになって単騎で魔物討伐に向かい、あわや死にかけたところに謎の美しき旅の魔女が現れ、クリスに告げる。 「【アイテムボックス】は最強の魔法なんだよ。儂が使い方を教えてやろう」 【アイテムボックス】で魔物の首を、家屋を、オークの集落を丸ごと収納!? 【アイテムボックス】で道を作り、川を作り、街を作る!? ただの収納魔法と侮るなかれ。知覚できるものなら疫病だろうが敵の軍勢だろうが何だって除去する超能力! 主人公・クリスの成り上がりと「進化系ざまぁ」展開、そして最後に待ち受ける極上のどんでん返しを、とくとご覧あれ! 随所に散りばめられた大小さまざまな伏線を、あなたは見抜けるか!?

スマートシステムで異世界革命

小川悟
ファンタジー
/// 毎日19時に投稿する予定です。 /// ★☆★ システム開発の天才!異世界転移して魔法陣構築で生産チート! ★☆★ 新道亘《シンドウアタル》は、自分でも気が付かないうちにボッチ人生を歩み始めていた。 それならボッチ卒業の為に、現実世界のしがらみを全て捨て、新たな人生を歩もうとしたら、異世界女神と事故で現実世界のすべてを捨て、やり直すことになってしまった。 異世界に行くために、新たなスキルを神々と作ったら、とんでもなく生産チートなスキルが出来上がる。 スマフォのような便利なスキルで異世界に生産革命を起こします! 序章(全5話)異世界転移までの神々とのお話しです 第1章(全12話+1話)転生した場所での検証と訓練 第2章(全13話+1話)滞在先の街と出会い 第3章(全44話+4話)遺産活用と結婚 第4章(全17話)ダンジョン探索 第5章(執筆中)公的ギルド? ※第3章以降は少し内容が過激になってきます。 上記はあくまで予定です。 カクヨムでも投稿しています。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

男女比がおかしい世界の貴族に転生してしまった件

美鈴
ファンタジー
転生したのは男性が少ない世界!?貴族に生まれたのはいいけど、どういう風に生きていこう…? 最新章の第五章も夕方18時に更新予定です! ☆の話は苦手な人は飛ばしても問題無い様に物語を紡いでおります。 ※ホットランキング1位、ファンタジーランキング3位ありがとうございます! ※カクヨム様にも投稿しております。内容が大幅に異なり改稿しております。 ※各種ランキング1位を頂いた事がある作品です!

父が再婚しました

Ruhuna
ファンタジー
母が亡くなって1ヶ月後に 父が再婚しました

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

ユーヤのお気楽異世界転移

暇野無学
ファンタジー
 死因は神様の当て逃げです!  地震による事故で死亡したのだが、原因は神社の扁額が当たっての即死。問題の神様は気まずさから俺を輪廻の輪から外し、異世界の神に俺をゆだねた。異世界への移住を渋る俺に、神様特典付きで異世界へ招待されたが・・・ この神様が超適当な健忘症タイプときた。

処理中です...