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1話

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『リーリア・ルナトーン!
 身分を笠に着た身勝手な振る舞いに、嫉妬から私の大切なドロシーを虐めてきたこと――決して看過することは出来ん。
 よって貴様との婚約を破棄し、ドロシーを新たな婚約者として迎え入れる!』
『ああ、私が全て悪かったのでございます。
 どうか私を捨てないでくださいませ』



「……ということが、昨夜あったのだが。
 本当に覚えていないのか?」
「は、はあ……。さっぱりです」

 つい、正直に答えてしまいました。
 沈黙がいたたまれません。


 医務室で眠っていた私の元に、とつぜん第一王子がやって来ました。
 無駄にキラキラしたイケメン。
 しかし、自分に都合の良い言葉しか耳に入れず、都合の良い言葉を鵜呑うのみにしてしまう危うさがあると――臣下からの評判は、お世辞にも良いとは言えません。

「申し訳ありません。
 医者が言うには、記憶喪失らしいです。
 私と殿下は、婚約者だったのですか?」

 婚約破棄される=1度は婚約していた?
 公爵令嬢として生まれた以上、王子と婚約していたとしても不思議はありません。

 家の繁栄のため――きっと政略結婚というやつです。
 だって婚約破棄の事実を嬉々として語る相手に、好意など抱けるはずもありませんから。
 


「こ、こんな都合の良いタイミングで記憶を失うなんて。
 あり得ない。ウソに決まっているわ!」

 キンキン声で喚いたのは、派手なドレスに身を包んだ男爵令嬢・ドロシー。
 王子いわく、嫉妬のあまり私が虐めた人。

「その通りだ。私の気をひこうとした演技だろう?
 悪女め! 私は騙されんぞ!」
「気をひくも何も……。私、全く殿下に興味ありませんし……」

 年頃の令嬢全員が、あなたに好意を持つと思っているのなら、思い上がりも甚だしいです。
 正直、さっさと解放してほしい。

 だいたい、医務室で休んでいる人は私だけではないのです。
 少しは周りの人の迷惑も考えて欲しいものです。


「私と殿下は、もう婚約破棄したのですよね?
 今さらになって、いったい何の用ですか?」

 そもそも、婚約していた記憶もありませんが。

「貴様は、私に何の未練もないというのか?」
「はあ? 未練ですか?」

 さっきから散々、無いと言っているではありませんか。


「先程の話が本当ならば……。
 殿下は私との婚約破棄を、よりにもよって国中の貴族が集う大聖女様の生誕祭で口にされたのですよね?」
「ああ、その通りだ。
 新たな婚約者の顔を、ひとりでも多くの招待客に見せたかったからな!」

 何がまずいのか、王子はまるで理解していない様子。

「なによ、やっぱり悔しかったんじゃない?
 今からでも全ての罪を認めて、殿下に赦しを乞うた方が良いんじゃない?
 今なら愛人として、囲ってもらえるかもしれないわよ」

 勝ち誇ったようにドロシーが言う。
 その勝ち気そうな顔を見て、私は思わず彼女を哀れんでしまいます。
 ドロシーの期待するように物事が進まないことを――私は既に知っていますから。



「話を聞いて安心しました。
 そのような愚かな行動に踏み切る方の婚約者なんて、こちらから願い下げですから。
 安堵こそしても、未練などあろうはずがございませんわ」
「お、愚かな行動だと?」

 はっきり口にしないと分かりませんか。
 不敬罪などと言われるのも面倒ですが、ずっとここに居座られるのも嫌ですね。

「私が相応の失態を犯し、婚約を破棄することが王家の総意であるなら――まずは公爵家に話を通すのが筋というものです。
 どうも先程の口振りでは、そうした手順は踏まれなかったようですが?」
「小賢しいぞ!
 失態というなら、貴様はドロシーを虐めたではないか。
 父上からも、後で許可を貰うつもりだ!」

 まるで理解していない王子に、怒りよりも先に呆れが来ます。


「公爵家と王家の婚約といったら、国の安定のために結ばれたものです。
 私たちの一存で破棄できるわけがないでしょうに――何も理解せぬまま、重要なことを独断で決めてしまう。
 国王陛下も、さぞかし頭を痛めてるのではありませんか?」

 王子は口をパクパクとさせていました。
 私を嘲笑いに来たドロシーも、王子の様子を見て「嘘でしょ?」と驚きの表情。

「あのような大舞台で、王族の口から宣言してしまった以上、もう取り返しもつきません」
「ぐむむ……」

 さきほどまでの勢いはどこへやら。
 王子は悔しそうにうめくばかりで、否定しません。

 もしかして、王子がここにきたのは――


「……まさかとは思いますが。
 国王陛下の不興を買って自らの立場が危うくなったから、私を婚約者に戻そうなどと都合の良いことを考えているわけではありませんね?」
「バカにするな! そんな不誠実なこと出来るか!」

 一方的な言いがかりで婚約破棄を叩きつけておいて。
 流石にそんな身勝手な要求をするはずがないですね。
 王子も同じ考えのようで安心――

「ドロシーを裏切れるはずがないだろう!」

 ……ほう? 面白いことをおっしゃいますね?
 婚約者がいるのに、男爵令嬢と浮気するのは不誠実ではないとおっしゃいますか。


「全ての罪を認めて公の場で謝罪するのなら、側室として迎え入れてやっても良い」

 は? この王子は、今なんと?
 理解を超越していった提案に、私は思わず息を飲みます。

 記憶を失う前の私は、どうやって殿下と付き合ってきたのでしょうか。
 ストレスで胃に穴が空きそうです。


「ええっと? そのようなことをして、私に何の得が?」
「婚約破棄された令嬢の行く先など、修道院が良いところだろう。
 良い提案だと思うが?」

 こんな婚約者の元に嫁ぐぐらいなら、修道院の方が100倍マシです。



「慎んでお断りします。
 やってもいないことを謝る趣味はございませんので」

 話がそれだけなら、もう帰って欲しい。
 こんな王子のために嫉妬して、面倒くさそうな嫌がらせを指示するほど私は暇ではありません。


「ええい、まだ言うか!
 ここに証拠もあるし、なによりドロシーもそう証言しているのだ!」

 王子はペラペラと紙束をめくってみせました。

「それらの証拠は、きちんと裏付けは取りましたか?
 誰から発言を取ったのか、その整合性のチェックは当然しているのですよね?
 ドロシーさんの言うことが正しいという、客観的な証拠は?」
「ぐむむ……」

 え? なんで黙り込むの?

「ま、まさかドロシーさんの証言だけで、そんな愚かな決断を――いくらなんでも違いますよね?」
「ええい、いちいち私に口ごたえをするな!」

 ヤケクソのように叫ぶ言葉がその答えでしょう
 自らの行動の責任。
 王子という立場が持つ影響力、それらを理解していないからこそそんな軽率な行動を起こしてしまう。



「リーリア!
 そのような屁理屈で、殿下が悪いみたいな言い方をしないで下さい!
 殿下はお疲れなんです――そんな人をさらに追い詰めて、恥ずかしいとは思わないのですか?」

 ドロシーの演技力も大したものだ。

「私のことを分かってくれるのは、やはりドロシーだけだ。
 ドロシーだけが私の孤独を癒やしてくれた……」

 余所でやれ?
 すっかり恋に盲目になってしまった様子の王子。
 仮にも元・婚約者の前で、ふたりだけの空間に入らないで頂けますかね。


 こんな茶番を、いつまでも続ける意味がありません。

 やっぱり真実を告げる必要があるでしょうね。
 私はドロシーを睨みつけ――

「そうやって、この国を乗っ取るつもりだったんですね?」

 この女の企みを暴くこととします。
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