上 下
3 / 9

3. 楽しい時間

しおりを挟む
「というかエリシアさん、デビルシードの商品を愛用してましたよね? それなのに先輩の発明品を馬鹿にしたんですか?」

 オリビアの言うとおり、エリシアは僕が卸した『ブランド・デビルシード』の品を愛用していた。
 彼女には、僕がデビルシードの創業者であることを伝えていた。
 結局、彼女はそれを信じていなかったみたいだけど――

「デビルシードが大好きなくせに、先輩の魔道具の価値が分からないなんて。ほんとうに残念な人ですね」

 オリビアがそう切り捨てた。
 エリシアは、いつも目をキラキラさせてデビルシードの新商品を追い求めていたっけ。
 それなのにいざ目の前にしたら、こうもあっさり見逃して馬鹿にするなんて――たしかに節穴も良いところだ。


「必ずギャフンと言わせてやりましょう!!」
「あー、それはもう良いかな」
「何でですか!? 先輩はやっぱり、まだあの性悪女のことが……?」

(それは……、あり得ないかな)

「今までずっと騙されてきたんだ。そんな筈ないよ。
 エリシアはもうただの幼馴染で――そんな労力もかけたくないんだ」
「それなら良かったです」

 僕のエリシアへの熱は、すっかり醒めていた。
 僕の言葉に、ホッとしたようにオリビアは微笑んだ。

(本当に優しい子だなあ)



「それで先輩、その発明品は――」
「ありがと、もう大丈夫」

 寝る間を惜しんで作った渾身の新作なのだ。
 早まらないで本当に良かった。

「本当ですね!? もう捨てたりしませんか? しませんね! したら絶対に許しませんし、先輩の家に押しかけて一生恨みますし、ついでに製造方法を聞き出しますからね!」

 んん?
 勢いに任せてなんか凄いことを言っているね?

「……これ、いる?」
「――え?」
「ちょっとしたお礼。オリビアのお陰で、捨てずにすんだから。
 だから――これはほんの気持ち」
「――良いんですか!!!!??」

 めっちゃ食いつかれた。

 もちもちした頬が、目と鼻の先にある。
 今気がついたけど、この子ほんとうにめちゃくちゃ距離が近い。
 まるで無邪気な子犬のようだ。

「うん。もう僕には必要ないものだもん。捨てるぐ――」
「受け取ります、受け取りますから捨てるだなんておっしゃらないでください! もし捨てたりしたら(以下略」

 オリビアは、それから僕の魔術道具のどこか素晴らしいかをめちゃくちゃ語ってくれた。

「デビルシードの作品は、どれも魔術式へのこだわりが凄いんです。
 少ない魔力で機能を失わない工夫が秀逸で! ダブルバッファ採用型の熱量タンクなんて、私、はじめて見て――」
「ああ、あれね……!」

 こだわりポイントについて熱く語られ思わず、全力で相槌を打ってしまう。

「そうそう、そここだわったんだよ!
 シングルだとどうしても、魔力の減衰量が厳しくてさ。つなぎ目の魔力反発係数を上げて無理矢理対応することも考えたんだけど、それだと――」

 そして思わずマシンガントーク。


(し、しまった――)
(これで、いつもエリシアにドン引きされてきたんだ……)

 ……やってしまった。
 またドン引きされるかと後悔したが、そんなことはなかった。
 それどころか――

「やっぱり先輩は天才です!
 魔力の減衰量というなら、全体導線の魔力伝導率を引き下げて――」
「それだと限界があったんだ。頭をかかえて魔術学会の論文を読み漁ってたら、ちょうど良い理論を見つけて――思わず試したくて徹夜で試しちゃったよ!」
「よく見つけましたね! やっぱり先輩はすごいです!
 あ、ではではリヒテン理論に載ってた摩擦係数使う方法だと――」

 ……オリビアも怒涛のように語りだした。
 その知識量には、僕ですら眼を見張るものがあった。
 何より好きなものを語るときの圧倒的な熱量。

 ――察した。
 同士だ。この子は、同士だ。
 魔術道具の面白さに飲み込まれた生粋のオタク。


「それで――」
「はい」

 気がつけば失恋の悲しみすら忘れ、僕たちは魔道具について語り合っていた。
 初対面の女の子だというのに、まるで話は尽きない。

(好きなことについて語り合えるのが、こんなに楽しいなんて!)

 こんな話をエリシアの相手でしたら、凄く嫌な顔をされただろう。
 思えば今までは好きなことを押し隠し、相手の顔色を伺って生きてきたものだ。

(いやいや、調子に乗るな僕!)
(仕方なく話を合わせてくれているだけかもしれないし)

 そんなことを考えていたら、

「あ……。ごめんなさい、長々と話し込んでしまって」

 なんとオリビアの方から謝ってきた。
 もしかすると僕たちは――似た者同士なのかもしれない。


「僕の方こそ――昔から魔道具のこととなると周りが見えなくなって、つい……」
「分かります! 分かります!」

 ぶんぶんと首を横に振るオリビア。
 その必死な仕草に、思わずクスッとしてしまう。


 その後、僕たちは思う存分、魔道具について語らった。
 楽しい時間は、永遠には続かない。
 日は沈み、あっという間に帰宅する時間になる。

「先輩、また話せますか?」
「僕で良ければ喜んで」

 別れ際、次に話す約束を取り付ける。

「デビルシードの最新作。先輩からの贈り物! 一生の宝物にしますね!」
「そんな大げさな」
「大げさなんかじゃないです、先輩の発明品は世界一です! この良さが分からないなんて……、エリシアさんは万死に値します!」

 オリビアの真っ直ぐな称賛。
 面と向かって何度も褒められると、照れくさいな。

「別にエリシアのことは、どうでも良いんだ。別にそれも大したものじゃないし――」
「大したものじゃ、なくないです!」

 食い気味に否定される。

「先輩、自分の発明品を卑下するようなことを言わないで下さい! 先輩がそんなことを言ったら……、それに惚れ込んだ私はどうすれば良いんですか?」
「そうだね。オリビア、ありがとう」
「こうなったら……、先輩! 先輩の魔道具がどれだけ素晴らしいか、私と先輩で世界に証明しましょう!」 

 オリビアは、そう宣言した。


「うん。この魔道具の凄さを――世界に証明しよう!」

 特に深く考えての言葉ではなかった。
 普段の僕なら、まず言わなかったようなこと――オリビアと魔道具について語り合って、気持ちが高ぶっていたのだろうか。

(まあ、社交辞令みたいなものだよね)

 所詮は、学生が趣味で作った魔術道具だ。
 丹精込めて作った品ではあるけれど、世界を見渡せば、ありふれた魔道具の一つに過ぎないだろう。

 ――その日の誓いが、今後の人生を大きく左右することになろうとは、その時の僕は想像すらしていなかった


「じゃあね、オリビア」
「はい。先輩、また明日!」

(また明日……?)
(言い間違えかな……?)

 僕は首を傾げながら、オリビアと別れるのだった。
 ――その日から、僕はオリビアと毎日のように語り明かすことになる。
しおりを挟む
感想 5

あなたにおすすめの小説

さんざん馬鹿にされてきた最弱精霊使いですが、剣一本で魔物を倒し続けたらパートナーが最強の『大精霊』に進化したので逆襲を始めます。

ヒツキノドカ
ファンタジー
 誰もがパートナーの精霊を持つウィスティリア王国。  そこでは精霊によって人生が決まり、また身分の高いものほど強い精霊を宿すといわれている。  しかし第二王子シグは最弱の精霊を宿して生まれたために王家を追放されてしまう。  身分を剥奪されたシグは冒険者になり、剣一本で魔物を倒して生計を立てるようになる。しかしそこでも精霊の弱さから見下された。ひどい時は他の冒険者に襲われこともあった。  そんな生活がしばらく続いたある日――今までの苦労が報われ精霊が進化。  姿は美しい白髪の少女に。  伝説の大精霊となり、『天候にまつわる全属性使用可』という規格外の能力を得たクゥは、「今まで育ててくれた恩返しがしたい!」と懐きまくってくる。  最強の相棒を手に入れたシグは、今まで自分を見下してきた人間たちを見返すことを決意するのだった。 ーーーーーー ーーー 閲覧、お気に入り登録、感想等いつもありがとうございます。とても励みになります! ※2020.6.8お陰様でHOTランキングに載ることができました。ご愛読感謝!

絶対婚約いたしません。させられました。案の定、婚約破棄されました

toyjoy11
ファンタジー
婚約破棄ものではあるのだけど、どちらかと言うと反乱もの。 残酷シーンが多く含まれます。 誰も高位貴族が婚約者になりたがらない第一王子と婚約者になったミルフィーユ・レモナンド侯爵令嬢。 両親に 「絶対アレと婚約しません。もしも、させるんでしたら、私は、クーデターを起こしてやります。」 と宣言した彼女は有言実行をするのだった。 一応、転生者ではあるものの元10歳児。チートはありません。 4/5 21時完結予定。

【完結】帝国から追放された最強のチーム、リミッター外して無双する

エース皇命
ファンタジー
【HOTランキング2位獲得作品】  スペイゴール大陸最強の帝国、ユハ帝国。  帝国に仕え、最強の戦力を誇っていたチーム、『デイブレイク』は、突然議会から追放を言い渡される。  しかし帝国は気づいていなかった。彼らの力が帝国を拡大し、恐るべき戦力を誇示していたことに。  自由になった『デイブレイク』のメンバー、エルフのクリス、バランス型のアキラ、強大な魔力を宿すジャック、杖さばきの達人ランラン、絶世の美女シエナは、今まで抑えていた実力を完全開放し、ゼロからユハ帝国を超える国を建国していく。   ※この世界では、杖と魔法を使って戦闘を行います。しかし、あの稲妻型の傷を持つメガネの少年のように戦うわけではありません。どうやって戦うのかは、本文を読んでのお楽しみです。杖で戦う戦士のことを、本文では杖士(ブレイカー)と描写しています。 ※舞台の雰囲気は中世ヨーロッパ〜近世ヨーロッパに近いです。 〜『デイブレイク』のメンバー紹介〜 ・クリス(男・エルフ・570歳)   チームのリーダー。もともとはエルフの貴族の家系だったため、上品で高潔。白く透明感のある肌に、整った顔立ちである。エルフ特有のとがった耳も特徴的。メンバーからも信頼されているが…… ・アキラ(男・人間・29歳)  杖術、身体能力、頭脳、魔力など、あらゆる面のバランスが取れたチームの主力。独特なユーモアのセンスがあり、ムードメーカーでもある。唯一の弱点が…… ・ジャック(男・人間・34歳)  怪物級の魔力を持つ杖士。その魔力が強大すぎるがゆえに、普段はその魔力を抑え込んでいるため、感情をあまり出さない。チームで唯一の黒人で、ドレッドヘアが特徴的。戦闘で右腕を失って以来義手を装着しているが…… ・ランラン(女・人間・25歳)  優れた杖の腕前を持ち、チームを支える杖士。陽気でチャレンジャーな一面もあり、可愛さも武器である。性格の共通点から、アキラと親しく、親友である。しかし実は…… ・シエナ(女・人間・28歳)  絶世の美女。とはいっても杖士としての実力も高く、アキラと同じくバランス型である。誰もが羨む美貌をもっているが、本人はあまり自信がないらしく、相手の反応を確認しながら静かに話す。あるメンバーのことが……

王宮で汚職を告発したら逆に指名手配されて殺されかけたけど、たまたま出会ったメイドロボに転生者の技術力を借りて反撃します

有賀冬馬
ファンタジー
王国貴族ヘンリー・レンは大臣と宰相の汚職を告発したが、逆に濡れ衣を着せられてしまい、追われる身になってしまう。 妻は宰相側に寝返り、ヘンリーは女性不信になってしまう。 さらに差し向けられた追手によって左腕切断、毒、呪い状態という満身創痍で、命からがら雪山に逃げ込む。 そこで力尽き、倒れたヘンリーを助けたのは、奇妙なメイド型アンドロイドだった。 そのアンドロイドは、かつて大賢者と呼ばれた転生者の技術で作られたメイドロボだったのだ。 現代知識チートと魔法の融合技術で作られた義手を与えられたヘンリーが、独立勢力となって王国の悪を蹴散らしていく!

聖女やめます……タダ働きは嫌!友達作ります!冒険者なります!お金稼ぎます!ちゃっかり世界も救います!

さくしゃ
ファンタジー
職業「聖女」としてお勤めに忙殺されるクミ 祈りに始まり、一日中治療、時にはドラゴン討伐……しかし、全てタダ働き! も……もう嫌だぁ! 半狂乱の最強聖女は冒険者となり、軟禁生活では味わえなかった生活を知りはっちゃける! 時には、不労所得、冒険者業、アルバイトで稼ぐ! 大金持ちにもなっていき、世界も救いまーす。 色んなキャラ出しまくりぃ! カクヨムでも掲載チュッ ⚠︎この物語は全てフィクションです。 ⚠︎現実では絶対にマネはしないでください!

異世界転移「スキル無!」~授かったユニークスキルは「なし」ではなく触れたモノを「無」に帰す最強スキルだったようです~

夢・風魔
ファンタジー
林間学校の最中に召喚(誘拐?)された鈴村翔は「スキルが無い役立たずはいらない」と金髪縦ロール女に言われ、その場に取り残された。 しかしそのスキル鑑定は間違っていた。スキルが無いのではなく、転移特典で授かったのは『無』というスキルだったのだ。 とにかく生き残るために行動を起こした翔は、モンスターに襲われていた双子のエルフ姉妹を助ける。 エルフの里へと案内された翔は、林間学校で用意したキャンプ用品一式を使って彼らの食生活を改革することに。 スキル『無』で時々無双。双子の美少女エルフや木に宿る幼女精霊に囲まれ、翔の異世界生活冒険譚は始まった。 *小説家になろう・カクヨムでも投稿しております(完結済み

ユニークスキルの名前が禍々しいという理由で国外追放になった侯爵家の嫡男は世界を破壊して創り直します

かにくくり
ファンタジー
エバートン侯爵家の嫡男として生まれたルシフェルトは王国の守護神から【破壊の後の創造】という禍々しい名前のスキルを授かったという理由で王国から危険視され国外追放を言い渡されてしまう。 追放された先は王国と魔界との境にある魔獣の谷。 恐ろしい魔獣が闊歩するこの地に足を踏み入れて無事に帰った者はおらず、事実上の危険分子の排除であった。 それでもルシフェルトはスキル【破壊の後の創造】を駆使して生き延び、その過程で救った魔族の親子に誘われて小さな集落で暮らす事になる。 やがて彼の持つ力に気付いた魔王やエルフ、そして王国の思惑が複雑に絡み大戦乱へと発展していく。 鬱陶しいのでみんなぶっ壊して創り直してやります。 ※小説家になろうにも投稿しています。

嘘つきと呼ばれた精霊使いの私

ゆるぽ
ファンタジー
私の村には精霊の愛し子がいた、私にも精霊使いとしての才能があったのに誰も信じてくれなかった。愛し子についている精霊王さえも。真実を述べたのに信じてもらえず嘘つきと呼ばれた少女が幸せになるまでの物語。

処理中です...