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神獣との再会

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 辺境の開拓村に追いやられて、1ヶ月ほど経った。
 いつもと違うただならぬ雰囲気に、私は目を覚ます。
 開拓村の見張りの兵士が、ひどく慌てた様子で報告を上げていた。

「いままでに見たこともないモンスターだ! 巨大な犬型のタイプだな」
「魔界地方からじゃねえ。王宮からだぞ!?」

 事実だとしたら、とんでもないことだ。
 狩猟グループのリーダーが、てきぱきと村人に指示を出した。

「精鋭を集めろ、もちろん俺も出る! 最大限の警戒を以てことに当たれ」
「わ、私も──!」

「馬鹿なことを言うな! いくらエリーゼでも、危険すぎる!」
「覚悟の上です。こんなときだけ私を外すなんて、許しませんからね!」

「そこまで言うなら……分かった。しかし守れる保証はないぞ?」
「何を今さら? 自分の身ぐらい自分で守れますよ!」

 そんなやり取りの末、私は未知のモンスターを迎え撃つための討伐部隊に加わり、村の南部の砦に向かうのだった。

※※※

 恐れられているモンスター。
 どんな凶悪なモンスターかと戦々恐々としていたが、

「え……神獣様!?」

 その正体はモンスターですら無かった。
 そこに居たのは、私が国で祈りを捧げていた神獣様ことフェンリルである。
 モンスターと間違うなんて、あまりにも不敬すぎだ。

「みなさん、武器をおさめて下さい。こちらに居るのは神獣様です! 国を守護する聖なる存在です。決して傷を付けてはなりません」

 私は危険だという制止の声を振り切り、神獣様に歩み寄った。

 そうして相手に、害意が無いことを示す。
 滅多に姿を見せることはないが、私が神獣様の姿を目にするのは初めてではない。
 それにしても、今になって姿を現したのは何故だろう?


「な……! 神獣だと? 実在したのか!?」
「たしかにモンスターでは無さそうだな。でも何だってこんな辺境の地に?」

 サイズこそ巨大な虎ぐらいだが、その存在感は超常の存在。
 相対してただならぬ空気を感じたのだろうか。

「神獣様、どうしてこのような辺境の地にいらっしゃったのですか?」
「どうしても何も無い。神獣は聖女と共にあるものだ。いにしえの盟約により、そう定められているからな」

 神獣の言葉は、直接、脳内に響き渡った。
 テレパスの一種だろうか。

「申し訳ございません。まさか国外追放されるとは思ってもおらず……。私が不甲斐ないばかりに、神獣様を道連れにしてしまうなんて……」

 盟約に従うために、神獣様はこんなところまで付いて来たようだ。
 たとえ国外追放されようとも、その契約は有効であるらしい。


「エリーゼよ。そろそろ国に戻らないのか?」
「だから私は国外追放された身です。もう国で祈りを捧げることは出来ないのです」

「なんだと……?」

 神獣の言葉に怒りがこもる。

 無理もない。
 国から追放される聖女なんて、前例にないだろう。
 神獣からすれば、盟約に縛られて国に居られなくなり良い迷惑だろう。


「エリーゼはそれで良いのか?」

 怒りをぶつけられてもおかしくない。
 しかし私の想像とは違い、神獣の問いかけは私を気遣うもの。

「エリーゼが何も悪事を働いていないことは、ずっと共に合った我が一番よく知っている。そなたは歴代の聖女の中でも、誰より勤勉であった。誰よりも清らかな心を持っていた。それなのに……」
「あの……。神獣様?」

 国での日々を見られていた思うと恥ずかしい。
 それでも神獣様に認められたことは、聖女として素直に誇らしかった。


「良いんです。私はこの地での暮らしを楽しんでいますから。妹が聖女としての役割を果たしているかは、今でも気がかりですが……」
「自称ほんものの聖女は、何もしてないぞ? ただ権力を振りかざして、贅の限りを尽くしておる。我としても、あのような者に力を貸す気はない」

「そ、そうですか……」

 やはりスールは聖女だと認められなかった。それがすべての答えなのだ。
 だいたい王子もスールも、聖女の役割を軽んじていた。
 想像はしていたが、実際に話を聞くと想像以上の惨事に心が痛い。


「今日から我も、ここに住まわせてもらっても構わぬか?」
「え?」

 さらに神獣は、驚くべきことを言った。

「ダメか?」
「いいえ。神獣様に口出しをすることなど、出来ようはずもありませんが……」

 思ってもみない提案だった。
 開拓村の面々も、目をパチクリと瞬くのみ。


「しゃべった? 神獣とエリーゼがしゃべった!?」
「え、聖女? エリーゼって、本当に聖女だったの!?」

 そして何故か、私が聖女であることも驚かれていた!

「だから最初から、そう言ってるじゃないですか!」

 開拓村の面々を、思わずじとーっと見てしまう私。
 そんな開拓村の面々を余所に、神獣様はどこまでもマイペース。


「ふむ。それから神獣様という他人行儀な呼び方もやめるが良い。我のことは気軽にフェンと呼ぶが良い」
「め、滅相もないです!」

「何故だ? 我がこの姿だから、必要以上に距離を取っているのか?」
「神獣様は人間とは立場が違いすぎます! そういう問題では、ございません!」

 神獣が人間にとって、どういう存在なのか少しは気にしてほしい。
 馴れ馴れしく口を利ける存在ではないのだ。

 そう思う私をよそに、フェンは何やら呪文を唱える。
 ぶわんと白い霧に包まれ──霧が晴れたとき、目の前に犬耳のイケメンが現れた。


「な、な、な、な──!?」
「ううむ。人化の術を使うのは、久々だな……。む? どうした、エリーゼよ?」

「神獣様、人化なんて出来たんですか?」
「うむ。このとおりだ」

 神獣様の人化した姿を見るのは、今回が初めてだった。
 私は口をパクパクさせることしか出来ない。

「この姿ならどうだ? 遠慮は要らない。我を普通の人間だと思って、フェンと愛称で呼ぶが良い」
「はい……。すべては神獣様の望むとおりに……。フェン?」

「うむ。それで良い」

 ものすごく満足そうな神獣様──あらためフェン。
 国を守護してきた神獣を、愛称で呼ぶ人間など私ぐらいだろう。
 罰が当たらないかヒヤヒヤものだ。

「フェン?」
「なんだ? 我が契約主のエリーゼよ」

 親愛のこもった口調のように感じられた。
 熱のこもった真っ直ぐな視線を受け、何故か顔が熱くなる。

 長年、祈りを捧げ続けた相手だ。
 婚約者のイディル王子に冷たくされて落ち込んだ日も、神獣様はずっと傍で見守ってくれていた。
 そんな存在が、私の隣でやわらかな笑みを浮かべている。
 どこまでも包み込んでくれそうな包容力のある人間のように。

 ──勘違いしてはいけない。
 私とフェンを結びつけるのは、聖女と神獣という古の時代からの盟約だ。
 そこに特別な情は無いだろう。所詮は契約関係に過ぎないのだから。


「どうしたのだ?」
「なんでもございません」

「そうか。気になったことがあれが、なんでも言うが良い。なんせ我らはパートナーなのだからな」

 フェンは上機嫌にそんなことを言う。
 そうして私に、見惚れるような笑みを見せるのだった。

 神獣は国を見限り、聖女の元を訪れた。
 そうして開拓村には神獣様──もといフェンが住み着くことになった。
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