猛焔滅斬の碧刃龍

ガスト

文字の大きさ
上 下
106 / 112
1章【地獄のスパルタ訓練編】

第105話・初めての嘘

しおりを挟む
 ──『都市防衛結界・試作型』。
 そう名付けられた魔導具には、『従来型』との決定的な違いがある。
 例えば、王都クローネで使用されている防衛結界。
 それは、“街の外側”から、“街中央の上空へ向けて”生成される仕組みとなっている。
 だが、グレイスが起動したその結界は、従来型とは真逆の性質を持つ。
 つまり、“街中央の上空”から、“街の外側へ向けて”形成される代物であるのだ。

 まず、街の中央に魔導具を設置。
 上空へ魔力を打ち出した後に、傘が広がる様に街全体を覆うという仕組みである。
 そうする事で、有事の際に結界が破損した場合、即座に修復作業に取り掛かれる訳だ。
 だが、一見すると従来型よりも安定性に優れた装置に見えるソレは、現状として実用化に至っていない。
 端的にまとめるなら、が悪すぎるのが原因だからだ。
 加えて、“1つの魔導具で街全体をカバーする”、という仕組みである以上、その魔導具に掛かる負担は絶大。
 継続使用に必要な魔力石の確保、整備可能な人材の育成や、製造におけるコストパフォーマンス⋯⋯。 
 即ち、この魔導具を表す言葉とは、
(──“欠陥品”という他無い。⋯⋯が、それならば、せめて⋯⋯っ!!)
 強く踏み込み、グレイスは限界までレバーを引き下げる。
 彼女が思い至ったその魔導具使用方法とは、本来とは“真逆”であった。
 現段階としてその装置は、結界の生成すら叶わない。   
 だが、装着している魔力石自体は、超高密度のエネルギーの結晶である
 少なからず、グレイスの計算上では街全体を覆える魔力量だ。
 そして、現在のこの魔導具が可能としている段階は、2つ。
 起動と“魔力の打ち上げ”⋯⋯。“一直線上にエネルギーを放出する”という点である。
 つまり、それが意味する事とは、結界の生成による防御ではなく、その真逆。 
 超高密度エネルギーの一斉発射による、攻撃能力の発動であった。

「オオオ⋯⋯ウヴォアァァァア──ッッッ!!」

 自身に迫る魔力砲に対し、黒異人コクトば火球を発射。
 2つの高密度エネルギーは激しく衝突し、眩い閃光を発した。
 周囲にいる冒険者達でさえ、衝撃波に対して踏み止まるのがやっとの事。 
 手が離せない状態の黒異人コクトへ追撃するなど、不可能に近い現状であった。
 
「皆さん、私の後ろへ移動して下さい!!」

 大声で叫ぶグレイスの指示によって、冒険者達は退避を開始する。
 だが、エネルギーの衝突によって、大きな衝撃が発生したその時だった。

「うぐ⋯⋯ッ!!」

 ヴィルジールが、地面へと倒れ込む。
 先に黒異人コクトの攻撃を受け流した事で、彼の肉体は限界を超えていたのである。
 ──最早彼は、自分の足では歩けず、意識を保つ事で精一杯の状態だった。

「早く肩に掴まれ!! 撤退するぞ!!」
「ま⋯⋯待て、待ってくれ。──グレイスっ!!」

 半ば強引に抱えられ、ヴィルジールは後退する。
 だが、この時。魔導具の傍から一向に離れないグレイスを見て、彼の中にはある“予感”が生まれていた。

「お前も、早く来い!! まだ転移装置が動くかもしれない!!」
「⋯⋯⋯⋯。」

 グレイスの心拍は、大きく上がった。
 『早く来い』。主からのその言葉は、下僕にとっては命令に等しい。
 それを最も理解しているグレイスだからこそ、ここで“命令に背く”という事へ躊躇が生まれたのだった。

「⋯⋯ヴィルジール様、」
「早く来いっつってんだろッッ!!」
「ヴィルジール様ッ!!!」

 ──だが、しかし。
 ここで、ヴィルジールの“予感”が的中した。

「この魔導具は、欠陥品でして。
 今、私がこのレバーから手を離してしまったら、装置は⋯⋯」
「なら、そこを変われ!! 俺が──」
「っ⋯⋯!! 私の魔力でしか起動出来ないんです!!
 今! 私が! 動いてしまったら! 皆が死んでしまうんですッ!!」

 “レバーから手を離すと装置が停止する”、それは事実であった。
 だか、もう一つ。“自身の魔力でしか起動出来ない”という点については、グレイスの嘘であった。
 それは、グレイスがヴィルジールという人間をよく知っていたから出てきた嘘である。

 ──自ら犠牲になろうとしている相手に、
   彼であればその役割を代わろうとするだろう──

 それを見越して、グレイスは発言したのだった。
 そしてその嘘は、彼女がヴィルジールに対して、初めてついた嘘であった。

「──私とヴィルジール様が出会って、3年経った日。
 貴方は、私を連れ出しましたよね? “彼”が眠っている墓へ。
 ⋯⋯貴方の前で初めて涙を見せた日です。忘れる訳がありません」
「何を言ってる⋯⋯早くこっちに──」
「その日。そのまま貴方は、“彼”の家へと私を連れて行ってくれました。
 そして、見つけた。“彼”が死の寸前まで研究を続けていた、この魔導具を。
 私は、その時に誓ったのです。
 生涯をかけて、この魔導具を完成させると。
 そして、完成した魔導具で、多くを救うのだと」
「そんな事は、今はいいだろ⋯⋯? 早く⋯⋯」
 
 表情を見せぬグレイスに、ヴィルジールは手を伸ばす。
 決して届く事のない距離だが、彼の想いだけは伝わっていた。
 弱々しく、言葉にならない声から伝わってくる、“死ぬな、生きろ”という想いが。

「まぁ、結局。完成させる事は出来なかったですけど。
 ⋯⋯でも、誰かを救う、という点については役に立ている様です。
 ⋯⋯えへへ。意外と、気分が良いです。
 ──人を嫌った私が、人の為に命をかけるなんて⋯⋯」
「ヴオオォォォァァァァァア────ッッッッ!!!」

 轟々と、空気が揺れる。
 
 黒異人コクトの火球は勢いを増し、魔導具の放出エネルギーを押し始めたのである。

「──ヴィルジール様」
「ぐ、グレイス、」
「もし⋯⋯生き残れたら、私の事、忘れないで頂けますか?」

 振り返り、グレイスが表情を見せる。
 涙を浮かべながらも、笑顔で語り掛ける彼女に、ヴィルジールは言葉が出せなかった。

「ウウヴァァァァァァアァァァアアアアァァァ────ッッッ!!!!」

 パキン。
 魔力石に、亀裂が入る。
 その直後だった。

「ありがとう。私の──」

 

 そこから先は、爆音によって掻き消される。
 グレイスが魔導具のエネルギー出力を限界まで上げ、意図的に暴発させたのである。
 その結果、負荷に耐え兼ねた装置は大爆発を起こし、爆風によって黒異人コクトの火球を僅かに押し返す事に成功。
 ──そして、それが明暗を分けた。

「くっ⋯⋯そォォ!!」
「たッ、退避を!!」
「無理だ、間に合わ──」
 
 冒険者達が、咄嗟に動こうとする中。
 ヴィルジールの目の前は、ただ真っ白であった。

「──皆、私の近くに!!」

 真っ白なワンピースを揺らし、その少女は叫ぶ。
 ヴィルジールを真っ先に抱えた彼女は、即座に他の冒険者に手を伸ばした。
 訳も分からぬまま、冒険者達は動きを止める。
 刹那、迫り来る火球という光景から、景色は一変。
 紙一重で幼女が転移魔法を発動し、冒険者達は付近の村へと飛ばされたのであった。

「⋯⋯ごめんなさい。あの子、助けられなかった。
 だけど、あの子が時間を稼いでくれたお陰で──」
「⋯⋯⋯⋯。」

 幼女の話に、ヴィルジールは反応を見せなかった。
 虚ろげな目で地面を見つめる彼に、幼女は口を閉じる。
 駆け寄ってくる村人達を背に、幼女はその場を後にするのであった。

 ──ありがとう。私の愛した人──

 その言葉は、ヴィルジールの中でこだまし続けた。

 雨は一層激しさを増し、大地に降り注ぐ。
 地面に生まれる水溜まりには、瞳から光を失った、1人の男が映っているのであった──⋯
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

ただしい異世界の歩き方!

空見 大
ファンタジー
人生の内長い時間を病床の上で過ごした男、田中翔が心から望んでいたのは自由な世界。 未踏の秘境、未だ食べたことのない食べ物、感じたことのない感覚に見たことのない景色。 未だ知らないと書いて未知の世界を全身で感じることこそが翔の夢だった。 だがその願いも虚しくついにその命の終わりを迎えた翔は、神から新たな世界へと旅立つ権利を与えられる。 翔が向かった先の世界は全てが起こりうる可能性の世界。 そこには多種多様な生物や環境が存在しており、地球ではもはや全て踏破されてしまった未知が溢れかえっていた。 何者にも縛られない自由な世界を前にして、翔は夢に見た世界を生きていくのだった。 一章終了まで毎日20時台更新予定 読み方はただしい異世界(せかい)の歩き方です

フリーター転生。公爵家に転生したけど継承権が低い件。精霊の加護(チート)を得たので、努力と知識と根性で公爵家当主へと成り上がる 

SOU 5月17日10作同時連載開始❗❗
ファンタジー
400倍の魔力ってマジ!?魔力が多すぎて範囲攻撃魔法だけとか縛りでしょ 25歳子供部屋在住。彼女なし=年齢のフリーター・バンドマンはある日理不尽にも、バンドリーダでボーカルからクビを宣告され、反論を述べる間もなくガッチャ切りされそんな失意のか、理不尽に言い渡された残業中に急死してしまう。  目が覚めると俺は広大な領地を有するノーフォーク公爵家の長男の息子ユーサー・フォン・ハワードに転生していた。 ユーサーは一度目の人生の漠然とした目標であった『有名になりたい』他人から好かれ、知られる何者かになりたかった。と言う目標を再認識し、二度目の生を悔いの無いように、全力で生きる事を誓うのであった。 しかし、俺が公爵になるためには父の兄弟である次男、三男の息子。つまり従妹達と争う事になってしまい。 ユーサーは富国強兵を掲げ、先ずは小さな事から始めるのであった。 そんな主人公のゆったり成長期!!

転生したら脳筋魔法使い男爵の子供だった。見渡す限り荒野の領地でスローライフを目指します。

克全
ファンタジー
「第3回次世代ファンタジーカップ」参加作。面白いと感じましたらお気に入り登録と感想をくださると作者の励みになります! 辺境も辺境、水一滴手に入れるのも大変なマクネイア男爵家生まれた待望の男子には、誰にも言えない秘密があった。それは前世の記憶がある事だった。姉四人に続いてようやく生まれた嫡男フェルディナンドは、この世界の常識だった『魔法の才能は遺伝しない』を覆す存在だった。だが、五〇年戦争で大活躍したマクネイア男爵インマヌエルは、敵対していた旧教徒から怨敵扱いされ、味方だった新教徒達からも畏れられ、炎竜が砂漠にしてしまったと言う伝説がある地に押し込められたいた。そんな父親達を救うべく、前世の知識と魔法を駆使するのだった。

貴族家三男の成り上がりライフ 生まれてすぐに人外認定された少年は異世界を満喫する

美原風香
ファンタジー
「残念ながらあなたはお亡くなりになりました」 御山聖夜はトラックに轢かれそうになった少女を助け、代わりに死んでしまう。しかし、聖夜の心の内の一言を聴いた女神から気に入られ、多くの能力を貰って異世界へ転生した。 ーけれども、彼は知らなかった。数多の神から愛された彼は生まれた時点で人外の能力を持っていたことを。表では貴族として、裏では神々の使徒として、異世界のヒエラルキーを駆け上っていく!これは生まれてすぐに人外認定された少年の最強に無双していく、そんなお話。 ✳︎不定期更新です。 21/12/17 1巻発売! 22/05/25 2巻発売! コミカライズ決定! 20/11/19 HOTランキング1位 ありがとうございます!

田舎暮らしと思ったら、異世界暮らしだった。

けむし
ファンタジー
突然の異世界転移とともに魔法が使えるようになった青年の、ほぼ手に汗握らない物語。 日本と異世界を行き来する転移魔法、物を複製する魔法。 あらゆる魔法を使えるようになった主人公は異世界で、そして日本でチート能力を発揮・・・するの? ゆる~くのんびり進む物語です。読者の皆様ものんびりお付き合いください。 感想などお待ちしております。

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

チートがちと強すぎるが、異世界を満喫できればそれでいい

616號
ファンタジー
 不慮の事故に遭い異世界に転移した主人公アキトは、強さや魔法を思い通り設定できるチートを手に入れた。ダンジョンや迷宮などが数多く存在し、それに加えて異世界からの侵略も日常的にある世界でチートすぎる魔法を次々と編み出して、自由にそして気ままに生きていく冒険物語。

元剣聖のスケルトンが追放された最弱美少女テイマーのテイムモンスターになって成り上がる

ゆる弥
ファンタジー
転生した体はなんと骨だった。 モンスターに転生してしまった俺は、たまたま助けたテイマーにテイムされる。 実は前世が剣聖の俺。 剣を持てば最強だ。 最弱テイマーにテイムされた最強のスケルトンとの成り上がり物語。

処理中です...