猛焔滅斬の碧刃龍

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1章【王都編】

第48話・苛立ち

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「揃っているようだな」


低く、厳かな声が会議室に響いた。
一瞬にして会場のざわめきが止まり、各ゼクス達は声がした会議室入口へと振り返る。そこには、一人の年寄がいた。

彼が何者なのか、ゼクスの中に疑問を持つ者はいない。
それは、この場で初めて彼を目にした者でさえ、である。その年寄の特徴、なにより雰囲気で、彼が何者なのかを理解したのだ。


「少々問題が起きてな。遅れて済まない」


そう言うと、年寄は真っ直ぐとゼクス達の群集へ歩を進める。
ある者は敬意を持って。またある者は、彼の鋭い眼光に気圧けおされて退き、道を作った。

微かなシガーの香りが尾を引く彼に、ゼクス達は注目する。
齢70過ぎという事実を感じさせぬ背筋。シャツの上からでも分かる、健康的な筋肉を維持した肉体。皺を帯びながらも、凛々しく握られた拳⋯⋯。

様々な点に視線が移動する中、特にゼクス達が見入ったのは、老人が着用している黒茶色のベストであった。

存在感溢れるそのベストは、王都随一と謳われた縫製職人にあつらえさせた唯一無二の代物だ。素材となったのは、かつて王国を荒廃の危機へと陥れた巨蛇の魔物であり、そしてその魔物を打ち倒した者こそ、この男なのである。


「王都クローネ・冒険者ギルドのマスターを務める、ギルバート・アレクソンだ。本日この場に、諸君らゼクスメンバーの全員が集ってくれた事、心から感謝する」


冒険者ギルド・クローネ支部ギルドマスター、ギルバート。
本名ギルバート・ベイン・アレクソン。会議室奥の壇上に立った彼は、完璧な角度でゼクス達へ腰を曲げる。


「──では。これより、王都防衛における迎撃作戦の実行、及び王都魔術兵器研究所職員の保護。並びに、迎撃対象に関して、新たに入手された情報の開示を旨とした、総合会議をり行う」


建前を済ませ、顔を上げたギルバートは、流れる様に会議の開始へと移った。ハクアを初め、『挨拶がある』としか伝えられていなかったゼクス達は、一瞬の動揺を見せる。だがしかし、ここで物を言わせぬのが、王都ギルドマスターの鋭い眼力であった。

『挨拶とは、他人へ自分の存在を知らせるのが主な目的。
つまり、それは自分がどのような相手か理解させる役割も持っている。であるならば、たった今始めた会議は正に、このギルバートの挨拶としての役割を果たしているのだ』

そう言われているのだと深読みさせるほど、ギルバートの視線は真っ直ぐとゼスク達へと向けられる。反論はおろか意見すら許さぬそのありように、ゼクス達は真剣な表情へ切り替わった。


「まず初めに。保護対象である研究所職員と、彼らを護衛している3名のツエンだが、健康状態について問題は無いそうだ。
⋯⋯とはいえ、約4ヶ月に及んだ野営生活だ。保護後は全員の身体検査と、回復魔法による施術が必須とされる」


ギルバートは、会議室内のゼクス達を見渡す。
その後、彼が指名したのはシルビアともう1人のゼクスだった。

 
「君達には、対象者の保護を最優先とした別働隊としての役割を担ってもらう。一定のポイントまで護衛した後、ギルドの職員が対象者の護衛を引き継ぐ。そちらが片付き次第、前線に合流して戦闘に加わってくれ」

「「了解」」


他のメンバーより達成事項が多い事に関して、シルビアは不満を持たなかった。名指しされたという事は、自身の実力が認められている証拠であり、喜ばしい事と認識していたからだ。


「前線組については、ツエンと合同の作戦となる訳だが⋯⋯これに関しては君達の間で話が完結しているだろう」


シルビア達が羨望の視線を浴びる中、ギルバートは手早く会議を進行する。彼には、今回の会議で極めて重大な発表を行う為に、さっさと話を進めたい思惑があるのだ。

はっきり言って、各ゼクスの一喜一憂などに時間を割く余裕など無いというのが、ギルバートの脳内であった。


「作戦における消耗・装備品は、必要なだけ申告してくれ。出来る限りの支援を約束する。──では、」


その後もテンポよく会議は進み、およそ30分が経過した頃。
保護組、前線組の振り分けが完了し、各員が立ち回りの把握を終えた所で、ギルバートは行動に出た。

重大発表の直前、一拍おいてから、彼は右へ視線を向ける。
すると、壇上の端⋯⋯ゼクス達からは見えないスペースから、数名のギルド職員が現れた。

手に資料を持った彼らは、それを素早くゼクス全員に配る。
そしてまた、素早く同じ場所へ戻って行ったのだった。彼らはギルドマスター専属の部下として訓練された者達で、その手際の良さにゼクス達は関心を寄せる。

この時、資料を配られていた最中に、ヴィルジールはある光景を目にしていた。1人の職員に、ギルバートが耳打ちをしていたのだ。そして、何かしらの質問をしたのか、今度は職員がギルバートへ耳打ちをした。

秒数にして、10秒にも満たない間での会話であったが、ヴィルジールは明確に見ていた。

──銀
  槍
  竜──。

そう動く、ギルバートの口を。
迎撃戦への参加が決まっている為、ギルドマスターたる人物がその名を口にする事は妙では無い。だが、ヴィルジールはある点について、引っ掛かる事があった。   


「⋯⋯全員、資料は行き渡ったな」


しかし、ギルバートの声色が大きく変わった事により、ヴィルジールの思考は一度止まる結果となる。


「正直に言うが、今回の会議は『これ』が本題だ。⋯⋯迎撃作戦より、な」


ギルバートの言葉に、ゼクス達は大いにざわめいた。
この王都に迫る未曾有の脅威より、重要な話題が存在するという事実に。


「諸君、心して聞いて欲しい。我々が直面している事態は、想定よりも遥かに」


──バァァンッッッ!!


続きは、誰にも聞こえなかった。
扉が蹴り開けられた音によって、言葉が掻き消されたからだ。ゼクス達が振り返るより早く、扉の方向に向いていたギルバートは目を見開く。ほんの一瞬、ギルバートは安堵したような表情を浮かべたが、その表情はすぐに変化する事となった。


「⋯⋯よぉ」


不服、不満、不機嫌⋯⋯。
今の台詞だけで、会議室内の全員がそれを察知する。特に、真正面からそれをぶつけられたギルバートは、より濃く感じ取っていた。


「ちょ、ちょっとアンタ、何しに来たのよ?」


現れた相手に対し、ゼクス達は素早く戦闘態勢へ移る。
だが、彼らに先んじてシルビアが話し掛けた事によって、場の緊張感は霧散したのであった。


「⋯⋯あぁ、取り込み中だったか?」

「なんで、そんなに機嫌悪そうなの⋯?」


特別監視個体⋯⋯通称、エスツー個体『銀槍竜』。
なんの違和感も無く人間と会話を行うその魔物は、そう呼ばれていた。

本来、それは有り得ない話であった。
人間との会話が可能なグレイドラゴンという点でもそうだが、更にもう1つある。今まで、ドラゴンの中でも下位種族である『竜』から、エスツー個体など出た事がなかったのだ。

『龍』の類いであれば、珍しい事では無い。
彼らは生まれ持って強大な魔力を有しており、凶暴な者も多いからだ。即ち、ギルドが監視する魔物になる事も多くなるのが必然なのだが⋯⋯


「おいおい、大事な会議中だぞ。迷子にでもなったか?」

「はぁ?アンタが『集会所に集合』って言ったんだろ、ヴィルジール。魔力でこの部屋を探し当てるの、流石に苦労したぜ」

「⋯ン?ゼクスでの会議だがら、お前は来なくていいって言わなかったか?俺⋯」

「⋯⋯初耳だ」


竜種でありながら特別監視個体となり、グレイドラゴンでありながら人間と会話している。ヴィルジール達を除いた他ゼクスにとっては、全てが驚愕させられる要素であった。


「あ~⋯いや、スマン」

「まぁいいさ。どちらにせよ、アンタに聞きたい事があるし」

「聞きたい事?それって⋯」

「あぁ、ギルバートって奴を知らないか?」


ぴたりと、会議室内の音が消え去る。
そして、自身の質問にヴィルジールの視線が動いたのを、銀槍竜は見逃さなかった。動いた視線を辿り、銀槍竜はその先いた老人と視線を交差させる。


「私に⋯⋯何か用かね?」

「あぁ、ありますとも。是非2人きりで話をさせて欲しいぜ」


ゼクス達の群衆を割って進み、銀槍竜はギルバートを睨んだ。
当事者以外、驚愕と困惑で状況が飲み込めぬ中、壇上へ片足を乗せる銀槍竜。

静寂が支配する2人の間には、とある因縁が生まれていたのであった──⋯
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