49 / 112
1章【王都編】
第48話・苛立ち
しおりを挟む「揃っているようだな」
低く、厳かな声が会議室に響いた。
一瞬にして会場のざわめきが止まり、各ゼクス達は声がした会議室入口へと振り返る。そこには、一人の年寄がいた。
彼が何者なのか、ゼクスの中に疑問を持つ者はいない。
それは、この場で初めて彼を目にした者でさえ、である。その年寄の特徴、なにより雰囲気で、彼が何者なのかを理解したのだ。
「少々問題が起きてな。遅れて済まない」
そう言うと、年寄は真っ直ぐとゼクス達の群集へ歩を進める。
ある者は敬意を持って。またある者は、彼の鋭い眼光に気圧されて退き、道を作った。
微かなシガーの香りが尾を引く彼に、ゼクス達は注目する。
齢70過ぎという事実を感じさせぬ背筋。シャツの上からでも分かる、健康的な筋肉を維持した肉体。皺を帯びながらも、凛々しく握られた拳⋯⋯。
様々な点に視線が移動する中、特にゼクス達が見入ったのは、老人が着用している黒茶色のベストであった。
存在感溢れるそのベストは、王都随一と謳われた縫製職人に誂えさせた唯一無二の代物だ。素材となったのは、かつて王国を荒廃の危機へと陥れた巨蛇の魔物であり、そしてその魔物を打ち倒した者こそ、この男なのである。
「王都クローネ・冒険者ギルドのマスターを務める、ギルバート・アレクソンだ。本日この場に、諸君らゼクスメンバーの全員が集ってくれた事、心から感謝する」
冒険者ギルド・クローネ支部ギルドマスター、ギルバート。
本名ギルバート・ベイン・アレクソン。会議室奥の壇上に立った彼は、完璧な角度でゼクス達へ腰を曲げる。
「──では。これより、王都防衛における迎撃作戦の実行、及び王都魔術兵器研究所職員の保護。並びに、迎撃対象に関して、新たに入手された情報の開示を旨とした、総合会議を執り行う」
建前を済ませ、顔を上げたギルバートは、流れる様に会議の開始へと移った。ハクアを初め、『挨拶がある』としか伝えられていなかったゼクス達は、一瞬の動揺を見せる。だがしかし、ここで物を言わせぬのが、王都ギルドマスターの鋭い眼力であった。
『挨拶とは、他人へ自分の存在を知らせるのが主な目的。
つまり、それは自分がどのような相手か理解させる役割も持っている。であるならば、たった今始めた会議は正に、このギルバートの挨拶としての役割を果たしているのだ』
そう言われているのだと深読みさせるほど、ギルバートの視線は真っ直ぐとゼスク達へと向けられる。反論はおろか意見すら許さぬその有様に、ゼクス達は真剣な表情へ切り替わった。
「まず初めに。保護対象である研究所職員と、彼らを護衛している3名のツエンだが、健康状態について問題は無いそうだ。
⋯⋯とはいえ、約4ヶ月に及んだ野営生活だ。保護後は全員の身体検査と、回復魔法による施術が必須とされる」
ギルバートは、会議室内のゼクス達を見渡す。
その後、彼が指名したのはシルビアともう1人のゼクスだった。
「君達には、対象者の保護を最優先とした別働隊としての役割を担ってもらう。一定のポイントまで護衛した後、ギルドの職員が対象者の護衛を引き継ぐ。そちらが片付き次第、前線に合流して戦闘に加わってくれ」
「「了解」」
他のメンバーより達成事項が多い事に関して、シルビアは不満を持たなかった。名指しされたという事は、自身の実力が認められている証拠であり、喜ばしい事と認識していたからだ。
「前線組については、ツエンと合同の作戦となる訳だが⋯⋯これに関しては君達の間で話が完結しているだろう」
シルビア達が羨望の視線を浴びる中、ギルバートは手早く会議を進行する。彼には、今回の会議で極めて重大な発表を行う為に、さっさと話を進めたい思惑があるのだ。
はっきり言って、各ゼクスの一喜一憂などに時間を割く余裕など無いというのが、ギルバートの脳内であった。
「作戦における消耗・装備品は、必要なだけ申告してくれ。出来る限りの支援を約束する。──では、」
その後もテンポよく会議は進み、およそ30分が経過した頃。
保護組、前線組の振り分けが完了し、各員が立ち回りの把握を終えた所で、ギルバートは行動に出た。
重大発表の直前、一拍おいてから、彼は右へ視線を向ける。
すると、壇上の端⋯⋯ゼクス達からは見えないスペースから、数名のギルド職員が現れた。
手に資料を持った彼らは、それを素早くゼクス全員に配る。
そしてまた、素早く同じ場所へ戻って行ったのだった。彼らはギルドマスター専属の部下として訓練された者達で、その手際の良さにゼクス達は関心を寄せる。
この時、資料を配られていた最中に、ヴィルジールはある光景を目にしていた。1人の職員に、ギルバートが耳打ちをしていたのだ。そして、何かしらの質問をしたのか、今度は職員がギルバートへ耳打ちをした。
秒数にして、10秒にも満たない間での会話であったが、ヴィルジールは明確に見ていた。
──銀
槍
竜──。
そう動く、ギルバートの口を。
迎撃戦への参加が決まっている為、ギルドマスターたる人物がその名を口にする事は妙では無い。だが、ヴィルジールはある点について、引っ掛かる事があった。
「⋯⋯全員、資料は行き渡ったな」
しかし、ギルバートの声色が大きく変わった事により、ヴィルジールの思考は一度止まる結果となる。
「正直に言うが、今回の会議は『これ』が本題だ。⋯⋯迎撃作戦より、な」
ギルバートの言葉に、ゼクス達は大いにざわめいた。
この王都に迫る未曾有の脅威より、重要な話題が存在するという事実に。
「諸君、心して聞いて欲しい。我々が直面している事態は、想定よりも遥かに」
──バァァンッッッ!!
続きは、誰にも聞こえなかった。
扉が蹴り開けられた音によって、言葉が掻き消されたからだ。ゼクス達が振り返るより早く、扉の方向に向いていたギルバートは目を見開く。ほんの一瞬、ギルバートは安堵したような表情を浮かべたが、その表情はすぐに変化する事となった。
「⋯⋯よぉ」
不服、不満、不機嫌⋯⋯。
今の台詞だけで、会議室内の全員がそれを察知する。特に、真正面からそれをぶつけられたギルバートは、より濃く感じ取っていた。
「ちょ、ちょっとアンタ、何しに来たのよ?」
現れた相手に対し、ゼクス達は素早く戦闘態勢へ移る。
だが、彼らに先んじてシルビアが話し掛けた事によって、場の緊張感は霧散したのであった。
「⋯⋯あぁ、取り込み中だったか?」
「なんで、そんなに機嫌悪そうなの⋯?」
特別監視個体⋯⋯通称、エスツー個体『銀槍竜』。
なんの違和感も無く人間と会話を行うその魔物は、そう呼ばれていた。
本来、それは有り得ない話であった。
人間との会話が可能なグレイドラゴンという点でもそうだが、更にもう1つある。今まで、ドラゴンの中でも下位種族である『竜』から、エスツー個体など出た事がなかったのだ。
『龍』の類いであれば、珍しい事では無い。
彼らは生まれ持って強大な魔力を有しており、凶暴な者も多いからだ。即ち、ギルドが監視する魔物になる事も多くなるのが必然なのだが⋯⋯
「おいおい、大事な会議中だぞ。迷子にでもなったか?」
「はぁ?アンタが『集会所に集合』って言ったんだろ、ヴィルジール。魔力でこの部屋を探し当てるの、流石に苦労したぜ」
「⋯ン?ゼクスでの会議だがら、お前は来なくていいって言わなかったか?俺⋯」
「⋯⋯初耳だ」
竜種でありながら特別監視個体となり、グレイドラゴンでありながら人間と会話している。ヴィルジール達を除いた他ゼクスにとっては、全てが驚愕させられる要素であった。
「あ~⋯いや、スマン」
「まぁいいさ。どちらにせよ、アンタに聞きたい事があるし」
「聞きたい事?それって⋯」
「あぁ、ギルバートって奴を知らないか?」
ぴたりと、会議室内の音が消え去る。
そして、自身の質問にヴィルジールの視線が動いたのを、銀槍竜は見逃さなかった。動いた視線を辿り、銀槍竜はその先いた老人と視線を交差させる。
「私に⋯⋯何か用かね?」
「あぁ、ありますとも。是非2人きりで話をさせて欲しいぜ」
ゼクス達の群衆を割って進み、銀槍竜はギルバートを睨んだ。
当事者以外、驚愕と困惑で状況が飲み込めぬ中、壇上へ片足を乗せる銀槍竜。
静寂が支配する2人の間には、とある因縁が生まれていたのであった──⋯
1
お気に入りに追加
12
あなたにおすすめの小説
フリーター転生。公爵家に転生したけど継承権が低い件。精霊の加護(チート)を得たので、努力と知識と根性で公爵家当主へと成り上がる
SOU 5月17日10作同時連載開始❗❗
ファンタジー
400倍の魔力ってマジ!?魔力が多すぎて範囲攻撃魔法だけとか縛りでしょ
25歳子供部屋在住。彼女なし=年齢のフリーター・バンドマンはある日理不尽にも、バンドリーダでボーカルからクビを宣告され、反論を述べる間もなくガッチャ切りされそんな失意のか、理不尽に言い渡された残業中に急死してしまう。
目が覚めると俺は広大な領地を有するノーフォーク公爵家の長男の息子ユーサー・フォン・ハワードに転生していた。
ユーサーは一度目の人生の漠然とした目標であった『有名になりたい』他人から好かれ、知られる何者かになりたかった。と言う目標を再認識し、二度目の生を悔いの無いように、全力で生きる事を誓うのであった。
しかし、俺が公爵になるためには父の兄弟である次男、三男の息子。つまり従妹達と争う事になってしまい。
ユーサーは富国強兵を掲げ、先ずは小さな事から始めるのであった。
そんな主人公のゆったり成長期!!
転生したら脳筋魔法使い男爵の子供だった。見渡す限り荒野の領地でスローライフを目指します。
克全
ファンタジー
「第3回次世代ファンタジーカップ」参加作。面白いと感じましたらお気に入り登録と感想をくださると作者の励みになります!
辺境も辺境、水一滴手に入れるのも大変なマクネイア男爵家生まれた待望の男子には、誰にも言えない秘密があった。それは前世の記憶がある事だった。姉四人に続いてようやく生まれた嫡男フェルディナンドは、この世界の常識だった『魔法の才能は遺伝しない』を覆す存在だった。だが、五〇年戦争で大活躍したマクネイア男爵インマヌエルは、敵対していた旧教徒から怨敵扱いされ、味方だった新教徒達からも畏れられ、炎竜が砂漠にしてしまったと言う伝説がある地に押し込められたいた。そんな父親達を救うべく、前世の知識と魔法を駆使するのだった。
貴族家三男の成り上がりライフ 生まれてすぐに人外認定された少年は異世界を満喫する
美原風香
ファンタジー
「残念ながらあなたはお亡くなりになりました」
御山聖夜はトラックに轢かれそうになった少女を助け、代わりに死んでしまう。しかし、聖夜の心の内の一言を聴いた女神から気に入られ、多くの能力を貰って異世界へ転生した。
ーけれども、彼は知らなかった。数多の神から愛された彼は生まれた時点で人外の能力を持っていたことを。表では貴族として、裏では神々の使徒として、異世界のヒエラルキーを駆け上っていく!これは生まれてすぐに人外認定された少年の最強に無双していく、そんなお話。
✳︎不定期更新です。
21/12/17 1巻発売!
22/05/25 2巻発売!
コミカライズ決定!
20/11/19 HOTランキング1位
ありがとうございます!
田舎暮らしと思ったら、異世界暮らしだった。
けむし
ファンタジー
突然の異世界転移とともに魔法が使えるようになった青年の、ほぼ手に汗握らない物語。
日本と異世界を行き来する転移魔法、物を複製する魔法。
あらゆる魔法を使えるようになった主人公は異世界で、そして日本でチート能力を発揮・・・するの?
ゆる~くのんびり進む物語です。読者の皆様ものんびりお付き合いください。
感想などお待ちしております。
貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。
黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。
この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。
チートがちと強すぎるが、異世界を満喫できればそれでいい
616號
ファンタジー
不慮の事故に遭い異世界に転移した主人公アキトは、強さや魔法を思い通り設定できるチートを手に入れた。ダンジョンや迷宮などが数多く存在し、それに加えて異世界からの侵略も日常的にある世界でチートすぎる魔法を次々と編み出して、自由にそして気ままに生きていく冒険物語。
元剣聖のスケルトンが追放された最弱美少女テイマーのテイムモンスターになって成り上がる
ゆる弥
ファンタジー
転生した体はなんと骨だった。
モンスターに転生してしまった俺は、たまたま助けたテイマーにテイムされる。
実は前世が剣聖の俺。
剣を持てば最強だ。
最弱テイマーにテイムされた最強のスケルトンとの成り上がり物語。
勇者一行から追放された二刀流使い~仲間から捜索願いを出されるが、もう遅い!~新たな仲間と共に魔王を討伐ス
R666
ファンタジー
アマチュアニートの【二龍隆史】こと36歳のおっさんは、ある日を境に実の両親達の手によって包丁で腹部を何度も刺されて地獄のような痛みを味わい死亡。
そして彼の魂はそのまま天界へ向かう筈であったが女神を自称する危ない女に呼び止められると、ギフトと呼ばれる最強の特典を一つだけ選んで、異世界で勇者達が魔王を討伐できるように手助けをして欲しいと頼み込まれた。
最初こそ余り乗り気ではない隆史ではあったが第二の人生を始めるのも悪くないとして、ギフトを一つ選び女神に言われた通りに勇者一行の手助けをするべく異世界へと乗り込む。
そして異世界にて真面目に勇者達の手助けをしていたらチキン野郎の役立たずという烙印を押されてしまい隆史は勇者一行から追放されてしまう。
※これは勇者一行から追放された最凶の二刀流使いの隆史が新たな仲間を自ら探して、自分達が新たな勇者一行となり魔王を討伐するまでの物語である※
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる