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「目の病気…そうか……。それでこの日記も終わったんだな」

どうやらこの人物は咲良さんという女性のようだ。「私たちの山荷葉」という文字…やはりこの人が装束の元の持ち主で、この温泉旅館を造った人なんだ。精霊様は寿命を迎えたと言ってたから、きっとお子さん夫婦のもとで一生を終えたのだろう。明るく書いてあるが…孫の顔が見れないのは残念だったろうに。

そして、その記述の更に下へ目を向ける。それまで日本語だった文章が、そこだけこちらの世界の言葉で書かれていて、一層目を引いた。



ここに残す二部式 (ニブシキ)は、めぐり湯温泉・山荷葉の源泉にして7つ目の湯「図書館の湯」への道を示す物である。

正しく着こなした者、それを支配人たる証とします。

あと、源泉の管理もよろしく。いつもキレイに使いましょう!



「こ、これだ…」

日本語の手記の最後にひっそりと書かれた「装束」の正体に、俺は思わず高揚する。

この二部式ってのが、装束の事で間違いないだろう。この世界で和服を正しく着こなす人なんて、咲良さんくらいしかいなかったはず。
しかし参った…二部式って何?俺も着物の着付けなんてちんぷんかんぷんだ。きちんと着ないと、装束の主人にはなれないって事だよな。

それに、あれが源泉のありかを示しているというのは、どういう事だろう。着物の柄が地図にでもなっているんだろうか。
どこかに詳細が書かれているかもしれない。気が引けつつも、人様の日記を読み進めていくのだった。

段々と彼女の詳細がわかっていく。

彼女ーー緑根咲良さんは当時大学生で、趣味の登山中に遭難してしまい、気づけばあの変な真っ白い世界に辿り着いてしまったらしい。俺が事故にあった直後、異世界転移の説明を受けたあの場所だ。
俺の車のようなイレギュラーもなく通常(?)の転移を果たした彼女は、「何かスキルや加護のご要望はありますか」と尋ねられ「折角だから、魔法に関するスキルが欲しい。でも危ないのは嫌なので戦う系は無しで」と答えた。その結果得たのが「エンチャント効果付与」のスキルだった。あと「アイテムボックス」と「鑑定」のスキルもおまけで付いてきたと。
それおまけなの!?俺にもくれて良かったんじゃないかな!?あのおっさんと新人ちゃんめ…!

授かったスキルに合わせ魔法陣の研究に着手した彼女は、やがて自ら魔道具を作り出すようになり、開発した魔道具(異世界版の通信機や電子レンジといった生活用品らしい)で巨万の富を得た。

山間の温泉の記述が現れるのは、それから少し経った頃だ。


ーーー


8年目・秋

冒険者さんからとんでもない話を聞いた。なんとここからそう遠くない場所に、温泉の湧く山があるらしい。
ちょうど街に寄っていたミダンたちに頼んで、教わった場所まで護衛をしてもらう。秘境の温泉、という感じの場所だった。冒険者さんは熱々の源泉に水魔法を混ぜて、湯加減を調節していたみたい。

ここを日本の露天風呂みたいにしたら、すごく面白そう。…というか、私が快適に入りたい。
今こそ、有り余る財を解き放つ時…!温泉小屋つくったろ。
まずはあの山奥へ至るまでの道を整備しないと。

~~~

9年目・夏

私の憩いの温泉が、思いのほかバズってしまった。連日人が長蛇の列を作って、狭いほったて小屋に押しかけている。
これでは静かな秘境の温泉が台無しだ。何よりせっかく来てくれたのに、順番待ちで誰もが忙しなく来ては帰っていく。こんなの、私の思っていたお風呂じゃない…

源泉の排出量的に、山小屋を増設しても問題ないだろう。でもどうせなら、もっと大きな温泉宿みたいなものを建ててしまおうか。
湯船ももっと作って…休憩所や、ご飯が食べられる所なんかもあったらいいよね。
やはり旅館風が良いだろうか…いやいや、スパ銭も悪くない…

それに、冬だ。雪深くなる為に冬は山小屋を閉めるしかなかったけど、寒い時期こそ温泉に浸かってほっこりしたい。その辺もなんとかならないものか。

~~~

11年目・秋

旅館の建物がだいぶ出来上がってきている。
私の拙い記憶を頼りにした絵だけで、ここまで見事な和風建築を再現してくれるだなんて、職人さんはほんとに凄い。何十枚と描かされた甲斐があった…

街の仕立て屋さんに頼み、二部式着物も作ってもらった。夏休みに旅館でバイトをした時に着て以来だからうろ覚えも良いところだったが、これも何とか形にしてもらえた。ここでもやはり、プロの職人さんは凄い。
従業員さんの制服にしようと考えていたが、ミダンに反対された。見栄えは悪くないけど、こちらの人には馴染みがなくて動きにくいと。
二部式姿のミダンはパッツパツで、かなり面白かった。

あと残念だが、冬季の営業はやはり厳しいだろうということで断念した。まぁ、旅館が休業になっても温泉が止まるわけでないから、身内だけでのんびり入れると思えばいいか。

~~~

11年目・冬

源泉は今や、旅館の心臓部だ。これからセキュリティーをどうしていこうかと相談した結果、元の山小屋を含めた源泉一帯へ強力な認識阻害の魔法をかける事になった。
これを施せば、たとえ源泉のありかを知っている人でもそこへ辿り着けなくなる。日本じゃ考えられないような防犯方法。魔法って便利ね。
これにはテオドラさんやリィナさんが協力してくれるという。このお二方の魔力なら、とんでもなく強力な魔法陣が張れる…こう言っては語弊があるけど、もはや呪いのレベルだ。

ただそうなると、私たちまで源泉を見失ってしまう。そこで登場するのが、あの使い道のなくなった二部式着物。
あれに認識阻害の魔法を解く「無効化」の性質を付与し、更に正しく着ないと無効化が発動しないように術式を組む。こうすれば、第三者から源泉を守りつつ、私たちは自由な行き来が可能となる。

せっかく作って貰ったのにと残念だったので、使い道を得られて嬉しい。
思いついてくれたミダンに感謝だが、なぜわざわざこの二部式を?と聞けば「こんなややこしい服、普通じゃ着れないから下手な暗号より使えそうだろ」だって。あんたらがつけてる冒険者装備のがよっぽどだろっての…。
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