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三章 カーストに敬意と弾丸を

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 周りにいたのは警官。


 自分の手首からぶら下がる手錠。


 パイプ椅子に座る自分。


 どうしてこうなったのか、対処法はなかったのか、様々な言葉が浮かんでは消える。それでも行いは戻らず、時は戻らず。私はこんな状態になる前の出来事を思い出す。






「お兄さん! かいもの行こ!」

 今日も今日とて、御剣さんは元気だ。最近、いつも一緒にいるせいか、そんな言葉が浮かんだ。
 ちなみに今日も今日とて、私の家に御剣さんはいる。Tシャツにミニパン、ニーソでうちにいる。
 何気なく、部屋を見渡すと彼女の私物が散見され、このアパートはもはや私の家なのかそれとも御剣さんの家なのかの区別が曖昧になっていた。


 外では相変わらず蝉がその短い命を燃やし尽くさんと、命の雄たけびを上げていた。
 既に8月、大学も夏季休暇に入っている。


「いえ、今はあまり外に出たくは」
「はい、ガッシャんこ!」

 そんな掛け声とともに、私の手首のあたり、そして御剣さんの手首から本当にそれに近しい音が鳴り響く。何故か手首にひんやりと冷たい感触と、ごつごつとした違和感が一緒になって襲ってくる。嫌な予感がした。例えるなら、罠にかかった鳥のような。


「お兄さん、お揃いだね!」

 そう言われて、戦々恐々、自分の手首と彼女の手首を見る。手錠があった、いや、手錠がかかってた。


「ん!?」

 思わず変な声がでる。それは変な声もでる。手錠をかけられれば。何よりたちが悪いことに、明らかにプラスチックの感触ではなく、鉄の感触。あれ、これ本物では。


「じゃあお兄さん! かいものいこー!」
「いやいや不味いですよ!! この恰好で出れば私
「いくよ?」
「ハイ」

 歯向かうことは出来ず、私はこの後の未来を少しばかり予測する。多分、また警察のお世話になるんだろうなぁと。出来れば、前科がつかなければいいなぁと思いながら、しくしくと泣いた。


 で冒頭に戻る。全く予想通りのおちだった。


「信じてください! これは運命がどうとか言って、更には前世がどうとか言って、毎日部屋に侵入してくる小学生が、小学生がやったことなんです! 私が小学生に手錠をつけてたんじゃないんです!」
「ウソ言うな! あの子をどこで攫ってきた!!」
「ウソじゃないです!! 今回ばかりは前科が尽きそうなので全力で否定します!!」

 そんな押し問答が何度か続いたのち、こちらに近づいてくる警官がいた。その警官は私と押し問答をしていた警官に一言だけ告げる。変化は劇的だった。


「調書、異状なし。こちらの間違いでした。ご協力感謝します、帰りは気を付けてお帰りください」

またか、と思った。まるで最初から何事もなかったかのように平静を装う警官たちを他所に、私はパイプ椅子から立ち上がり、軽くお辞儀をした。彼らの額には玉のような汗が浮かんでいた。


「その、お疲れ様です・・・」






「ごめんね、お兄さん・・・」

 あの後、御剣さんと合流し、買い物を続行することになった。もちろん、手錠は外してある。横には少し反省した様子でしゅんとなっている御剣さんがいた。あれほどの被害を被った私だったが、それでもこの子を怒る気にはさらさらなれなかった。


「いいんです。その、私を元気づけようとしてくれたんですよね。それはここ最近、ずっと感じていましたから」

 夏季休暇に入る前、様々なことを悩んだ私は、酷く落ち込んでいた。それは夏季休暇に入ってからも続き、ずっと外出を控え、部屋に籠っていた。それを彼女は見かねたのだろう。あの手錠は、今日は無理やりにでも外に連れ出すという意思の表れだったのかもしれない。そう感じてしまうと、どうも怒る気にはなれなかった。


「・・・お兄さんは優しいね」
「いえ、貴方のほうがよっぽど優しいと思います」

 こんな自分なんかよりもずっと。


 だからこそ、こんな少女に気をつかわせたことが心苦しい。そして、私は一つ決心する。


「御剣さん、しばらくお別れです」
「! なんで!? やっぱり私のこと嫌いになっちゃった!?」
「違いますよ、実家に帰ろうかと」

 このままでは、この大学に何故いるのか。その答えが良く分からなくなりそうだった。一旦地元に帰って、離れてこの大学を見てみたくなったのだ。


「そ、そうなんだぁ、嫌われたかと思っちゃった」

 そういって横ではにかむ少女を見て、私は酷い勘違いをしていたことに気づく。この少女は普通の女の子だった。怖いはずなどなかった、他人を気遣える、私より人間ができた人だった。


「じゃあ! その間いっぱいお部屋改造しておくね! あと、毎日必ず起きたら電話! ご飯食べたら電話! お風呂入ったら電話! 寝る前電話! これが出来なかったらモテないんだから! メッセージもいっぱいおくるから必ず3秒以内に返信ね! あと女とは会っちゃ駄目だよ、これ破ったらひどいよ」
「ア、ハイ」


 何故だろう、手錠がなくなったことを確かめたくなったのか、私は掌を返した。

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