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「ぇ?」

 ナイフを手にしたエリスの勝ち誇った顔が歪んだ……。



 ぽたぽたと赤い液体が手の平、腕を伝って流れ落ちる。



 ぴた~ん、ぴた~ん……。



 聞こえるはずのない音が、エリスの耳に響いて聞こえた。

 身体が震えていた。
 肉を断つ感触は……あっただろうか?

 柔らかな感触。
 生温かな液体。

 温い感触が染み渡る。

 視線を赤い液体、手、そして……ゆっくりと自分に倒れ込んでくる重さへとうつした。

「ぇ、あ……ぁあっああああ、いやぁあああああああああ!! お姉さま、お姉さま!! お姉さまぁあああああ!!」

 力を失くした肉の塊は、エリスに倒れ込み、滑りながら……地面へと落ちていけば、エリスは慌ててセレナの身体を支えた。

「誰か、誰か医者を!! お願い!!」

 何があったのかエリス自身も理解していなかったし、周囲の者達も揉みあう2人の影に隠れていて見えていなかった。 それでもエリスがナイフを持ち、セレナが血にまみれているのが事実だった。

 慌てて医者を呼べと叫ぶ者がいた。
 悲鳴を上げて逃げる者がいた。

 この状況はオルエン商会にとってマイナスになると、動き出す者もいた。

「店に運び、すぐに医者を」

 そう言いながら、その場にいる人間を集めるようにと指示をだしていた。 今、オルエン商会に残っている者の大半が、利益のためには暴力も辞さないと言う者達ばかりで、淡々とその場の人が集められていく。

「セレナ!!」

 追いかけっこをしていたクレイとユーリが走り寄って来た。

「エリス!!」

「わっ、わた、私じゃ、ない……違う……の」

「この状況で何が違うんですか!!」

 叫びと共にクレイがセレナの身体をひったくった。

「やめて!! お姉さまを返して!!」

「セレナを刺した相手に、どうすればセレナを預ける事が出来ると言うのですか……」

 抱き上げて馬車へと急いだ。

「お姉さま!! お姉さまを返して!!」

 叫びながら、今もその手にナイフを持っているのだから……誰も、疑う事も無く……そして、セレナにかけられた汚名がエリスのものだと叫んだセレナの言葉が真実なのだと……証拠もないまま……信じた……。

 逃げないように人を一か所に集めようとするオルエン商会の者達が居る中、ヒッソリと逃げるようにと促す者、そして逃げる者、警備隊の詰め所へと向かう者と阻む者。

 騒動の中、エリスはセレナだけを見ていた。

「お姉さまを返して!! ちゃんと、治療はするから!!」

 そう叫びながらクレイを追う。

 血の滴るナイフを手にしたまま。



 そして、エリス、いやオルエン商会にとって最悪のタイミングで現れる警備兵。 彼等はエリスが髪を切られた時点で、迎え入れられていた。

「な、何もありません!! 家庭内の問題なんです!!」

 愛想笑いをしながらユーリが警備兵に対応すれば、その隙をついてセレナを抱き上げたクレイは馬車に乗りその場を後にする。

 お姉さまと言うエリスの叫びが遠くに遠ざかって行った。





 その一週間後、セレナの死とセレナの実家であるロイド伯爵家で葬儀が行われた事が、新聞に記載された。




「嘘よ……お姉さまが死ぬわけない……私を置いて死ぬなんて、あり得ないわ!!」

 既に主であるはずの男が去って行った会長室で、エリスは新聞を見ていた。
 ヒステリックにデスクの上のものを腕で払いのけ、言葉にならない声で叫ぶ。

「エリス、ツライのは分かるが……事実だ。 私が、葬儀に出て確認してきた」

「嘘よ、だって、私達は生まれる前から一緒だったのよ……約束……していたのに、私達は2人で1人だって……ずっと一緒だって。 だから、だから……私達は完璧だって……約束したのよ!!」

「だが、事実だ。 良かったじゃないか!! これでエリス、君の所業をばらされる事は無い。 セレナの功績はエリスのものとなり……問題はセレナが背負って行ってくれた。 やり直せる……だろう?」

 そう語るユーリにエリスは唇を噛んで見せた。

 ユーリの声は震え、視線は定まらず……愛している……そんな思いが見えない。

「な、によ!! 私は悪くない!! 悪くないわ!! 何が2人で1人よ!! 私は何時だって置き去りだった。 何時だって私以外の人に必要とされ、褒められ、調子に乗って、最初に嘘をついたのはお姉さまなのよ!! 私は、私は……私と同じになって欲しかった。 ただ……それだけなのに……」

 エリスは何処までも嘆いた。



 その嘆きは何処までも身勝手で、自らを振り返ると言う事は無かった。
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