2 / 22
01
しおりを挟む
私が仕事に逃げ道を見出したのは、何時頃からだったでしょう。
ノックと共に開かれる扉。
投げつけられる冷ややかな声。
「そろそろ出かけないと遅れますよ……セ、レ、ナ、さ、ま」
敵意とも思われる声に、私は無感情のままに返事をする。 日々時間に追われる私は軽食を食べながら書類を眺め、ペンを走らせており……喧嘩腰の声に取り合うつもりはなかった。
「えぇ、そうね」
サンドイッチを飲み込み、ぬるくなったお茶に手を伸ばす。 掠め見た彼女は直接面識はないが、良く目にする女性だった。
「大切な日に遅刻をなさるつもりですか」
「分かっているわ。 ところで……」
私が聞きたかったのは婚約者であるところの青年ユーリの所在。 学園の卒業式と言えば昔から盛大かつ本格的なパーティがお約束、実質の社交界デビューと言っても良い場で、エスコートが無ければソレだけで恥をかく事だろう。
冷ややかに佇み表情の無かった女性は、初めて笑った。
「ユーリ様は、既に出かけられております」
「そう……」
あり得ない……。
今日がどれほど重要なのか分かっていない訳?!
不満そうな顔を浮かべれば、戸口にいる女性は嫌味っぽく笑って見せた。 軽蔑、侮蔑、嘲り、そんな思いが感じ取れる。
嫌な感じ。
「それで、貴方はどうしたのかしら? 今日は休日でしょう。 わざわざ私の部屋にくるなんて珍しいわね」
直接のかかわりはないけれど、それでもオルエン商会を取り仕切る者の一人として、従業員の最低限の情報は理解している。
「ユーリ様からの贈り物を届けるよう承ったので」
やる気なさそうに大きな箱がテーブルに叩きつけられた。
私を見下した態度。
優位性を見せつける嫌味交じりの笑み。
それでも彼女は……何時も憂鬱そうにしている彼女とは違って楽しそうで、私がジッと見つめれば揺れる髪の間から青い痣が垣間見えた。
「貴方……」
頬にかかる赤い髪に手を伸ばそうとすれば、彼女は飛びのくような動作と共に私の手を叩きつけた。
「何よ!! 私を馬鹿にして!! そうやって力を見せつけて!! 本当嫌味な女!!」
動揺。
怯え。
涙ぐむ表情。
震える身体。
それらは……条件反射のように彼女を襲っているように見え、哀れみすら覚え……言葉は穏やかに問いかける。
「いい加減にして頂戴。 嫌がらせに次ぎは弱者の振り? 私の方が聞きたいわ、何をしたい訳よ」
「はぁ?! ふざけているの!!」
アンは、私の婚約者であるユーリの幼馴染で、恋人……のような……そんな関係。 私を良く思わないのは当然のことで、同情は要らない……と言う感情が強いのだろう。 私は小さく溜息をついた。
それでも、わざわざ……こんな日に来なくとも……。
幼馴染で恋人。 アンはそんな自分を何時だって優位な立場だとでも考えているのだろう。 私を見下し馬鹿にしているのかもしれないけれど、実質、商会の経営に携わっているのは彼女ではなく私で、商会に必要とされているのも私、ユーリと結婚するのも私。
彼女の意味のない自尊心に私は何時ものように薄く笑う。
どれほど身体を交わしても、情があったとしても、彼女が報われる日が来ないのだから……そう思う事で、私は……私の心を救う。
机に叩きつけられ大きな箱が歪み凹んでいた。
私は溜息と共に箱を開けた。
不敵な笑みを浮かべるアン。
箱に入っていたのは一着のドレス。
「このドレスは?」
私は箱の中のドレスを一瞥し、感情の籠らない声で問いかけながらアンを冷ややかに睨みつければ、ビクッと彼女は身を震わせ怯えた様子を見せ、それが余りにも過剰とも言える反応で違和感を覚えてしまう。
ぇ?
「ユーリ様がセレナ様のためにご用意されたものです」
怯え視線をそらし、ボソボソと陰気臭い……何時もの彼女に戻っていた。
箱の中から出したドレスは、布地が強張り、伸び、刺繍は引き釣り、シミなども見られる。そのくたびれたドレスは幾人もの人間が袖を通していたのは一目瞭然と言う奴だ。
途方に暮れている私の顔に、アンは小さく歪な笑みを浮かべており、私はそんな彼女を無視する事にした。
「そう……」
私は薄汚れたドレスを乱暴にソファの上に投げ置き私は衣装部屋へと歩きだす。 広い衣装部屋には3着の真新しいドレスが並んでいる。
見栄を好み、権力に意味を見出すオルエン家の者達には、私は厳しく育てられはしたけれど、多くの物が与えられた。 その痕跡がないのは、社交的な場をニガテとする私の変わりに双子の妹が社交の場に出向いていたから。
そう言えば……今日の卒業パーティ、エリスはどうしているのかしら?? 10歳の時にオルエン商会の次期跡取りとの婚約が決まった私とは違い、双子の妹エリスに浮いた話と言うものが聞いた事は無い。
借金こそないが、今も実家は豊かとはいえない。
ここ数日、彼女は商会に来ていないけれど、ドレスに装飾品……どうしたのかしら? そんな事を考えながら私は残された3着のドレスを見比べた。
残されたドレスは派手さこそないけれど、世間に流通されていない布地を使い、多くの手間をかけたものでどのドレスも卒業パーティに相応しいと言えるだろう。
私は3着のうちの1着、濃い紫色のドレスを手に取り着替え始めた。
「せっかくユーリ様が準備してくださったドレスを無視されるのですか?」
私の背後で、アンはニヤニヤとした笑みを浮かべている事は想像に容易く、少しばかりキツイ口調で私は言うのだ。
「何が正しいか会長に伺いに行くべきかしら?」
私は艶やかな笑みを浮かべながら鏡越しに言えば、苦虫をかみつぶしたようなアンは壁を蹴りつけ去って行った。
ノックと共に開かれる扉。
投げつけられる冷ややかな声。
「そろそろ出かけないと遅れますよ……セ、レ、ナ、さ、ま」
敵意とも思われる声に、私は無感情のままに返事をする。 日々時間に追われる私は軽食を食べながら書類を眺め、ペンを走らせており……喧嘩腰の声に取り合うつもりはなかった。
「えぇ、そうね」
サンドイッチを飲み込み、ぬるくなったお茶に手を伸ばす。 掠め見た彼女は直接面識はないが、良く目にする女性だった。
「大切な日に遅刻をなさるつもりですか」
「分かっているわ。 ところで……」
私が聞きたかったのは婚約者であるところの青年ユーリの所在。 学園の卒業式と言えば昔から盛大かつ本格的なパーティがお約束、実質の社交界デビューと言っても良い場で、エスコートが無ければソレだけで恥をかく事だろう。
冷ややかに佇み表情の無かった女性は、初めて笑った。
「ユーリ様は、既に出かけられております」
「そう……」
あり得ない……。
今日がどれほど重要なのか分かっていない訳?!
不満そうな顔を浮かべれば、戸口にいる女性は嫌味っぽく笑って見せた。 軽蔑、侮蔑、嘲り、そんな思いが感じ取れる。
嫌な感じ。
「それで、貴方はどうしたのかしら? 今日は休日でしょう。 わざわざ私の部屋にくるなんて珍しいわね」
直接のかかわりはないけれど、それでもオルエン商会を取り仕切る者の一人として、従業員の最低限の情報は理解している。
「ユーリ様からの贈り物を届けるよう承ったので」
やる気なさそうに大きな箱がテーブルに叩きつけられた。
私を見下した態度。
優位性を見せつける嫌味交じりの笑み。
それでも彼女は……何時も憂鬱そうにしている彼女とは違って楽しそうで、私がジッと見つめれば揺れる髪の間から青い痣が垣間見えた。
「貴方……」
頬にかかる赤い髪に手を伸ばそうとすれば、彼女は飛びのくような動作と共に私の手を叩きつけた。
「何よ!! 私を馬鹿にして!! そうやって力を見せつけて!! 本当嫌味な女!!」
動揺。
怯え。
涙ぐむ表情。
震える身体。
それらは……条件反射のように彼女を襲っているように見え、哀れみすら覚え……言葉は穏やかに問いかける。
「いい加減にして頂戴。 嫌がらせに次ぎは弱者の振り? 私の方が聞きたいわ、何をしたい訳よ」
「はぁ?! ふざけているの!!」
アンは、私の婚約者であるユーリの幼馴染で、恋人……のような……そんな関係。 私を良く思わないのは当然のことで、同情は要らない……と言う感情が強いのだろう。 私は小さく溜息をついた。
それでも、わざわざ……こんな日に来なくとも……。
幼馴染で恋人。 アンはそんな自分を何時だって優位な立場だとでも考えているのだろう。 私を見下し馬鹿にしているのかもしれないけれど、実質、商会の経営に携わっているのは彼女ではなく私で、商会に必要とされているのも私、ユーリと結婚するのも私。
彼女の意味のない自尊心に私は何時ものように薄く笑う。
どれほど身体を交わしても、情があったとしても、彼女が報われる日が来ないのだから……そう思う事で、私は……私の心を救う。
机に叩きつけられ大きな箱が歪み凹んでいた。
私は溜息と共に箱を開けた。
不敵な笑みを浮かべるアン。
箱に入っていたのは一着のドレス。
「このドレスは?」
私は箱の中のドレスを一瞥し、感情の籠らない声で問いかけながらアンを冷ややかに睨みつければ、ビクッと彼女は身を震わせ怯えた様子を見せ、それが余りにも過剰とも言える反応で違和感を覚えてしまう。
ぇ?
「ユーリ様がセレナ様のためにご用意されたものです」
怯え視線をそらし、ボソボソと陰気臭い……何時もの彼女に戻っていた。
箱の中から出したドレスは、布地が強張り、伸び、刺繍は引き釣り、シミなども見られる。そのくたびれたドレスは幾人もの人間が袖を通していたのは一目瞭然と言う奴だ。
途方に暮れている私の顔に、アンは小さく歪な笑みを浮かべており、私はそんな彼女を無視する事にした。
「そう……」
私は薄汚れたドレスを乱暴にソファの上に投げ置き私は衣装部屋へと歩きだす。 広い衣装部屋には3着の真新しいドレスが並んでいる。
見栄を好み、権力に意味を見出すオルエン家の者達には、私は厳しく育てられはしたけれど、多くの物が与えられた。 その痕跡がないのは、社交的な場をニガテとする私の変わりに双子の妹が社交の場に出向いていたから。
そう言えば……今日の卒業パーティ、エリスはどうしているのかしら?? 10歳の時にオルエン商会の次期跡取りとの婚約が決まった私とは違い、双子の妹エリスに浮いた話と言うものが聞いた事は無い。
借金こそないが、今も実家は豊かとはいえない。
ここ数日、彼女は商会に来ていないけれど、ドレスに装飾品……どうしたのかしら? そんな事を考えながら私は残された3着のドレスを見比べた。
残されたドレスは派手さこそないけれど、世間に流通されていない布地を使い、多くの手間をかけたものでどのドレスも卒業パーティに相応しいと言えるだろう。
私は3着のうちの1着、濃い紫色のドレスを手に取り着替え始めた。
「せっかくユーリ様が準備してくださったドレスを無視されるのですか?」
私の背後で、アンはニヤニヤとした笑みを浮かべている事は想像に容易く、少しばかりキツイ口調で私は言うのだ。
「何が正しいか会長に伺いに行くべきかしら?」
私は艶やかな笑みを浮かべながら鏡越しに言えば、苦虫をかみつぶしたようなアンは壁を蹴りつけ去って行った。
60
お気に入りに追加
2,239
あなたにおすすめの小説
君は妾の子だから、次男がちょうどいい
月山 歩
恋愛
侯爵家のマリアは婚約中だが、彼は王都に住み、マリアは片田舎で遠いため、会ったことはなかった。でもある時、マリアは、妾の子であると知られる。そんな娘は大事な子息とは、結婚させられないと、病気療養中の次男との婚約に一方的に変えさせられる。そして次の日には、迎えの馬車がやって来た。
君を愛す気はない?どうぞご自由に!あなたがいない場所へ行きます。
みみぢあん
恋愛
貧乏なタムワース男爵家令嬢のマリエルは、初恋の騎士セイン・ガルフェルト侯爵の部下、ギリス・モリダールと結婚し初夜を迎えようとするが… 夫ギリスの暴言に耐えられず、マリエルは神殿へ逃げこんだ。
マリエルは身分違いで告白をできなくても、セインを愛する自分が、他の男性と結婚するのは間違いだと、自立への道をあゆもうとする。
そんなマリエルをセインは心配し… マリエルは愛するセインの優しさに苦悩する。
※ざまぁ系メインのお話ではありません、ご注意を😓
(完結)その女は誰ですか?ーーあなたの婚約者はこの私ですが・・・・・・
青空一夏
恋愛
私はシーグ侯爵家のイルヤ。ビドは私の婚約者でとても真面目で純粋な人よ。でも、隣国に留学している彼に会いに行った私はそこで思いがけない光景に出くわす。
なんとそこには私を名乗る女がいたの。これってどういうこと?
婚約者の裏切りにざまぁします。コメディ風味。
※この小説は独自の世界観で書いておりますので一切史実には基づきません。
※ゆるふわ設定のご都合主義です。
※元サヤはありません。
婚約破棄された公爵令嬢は本当はその王国にとってなくてはならない存在でしたけど、もう遅いです
神崎 ルナ
恋愛
ロザンナ・ブリオッシュ公爵令嬢は美形揃いの公爵家の中でも比較的地味な部類に入る。茶色の髪にこげ茶の瞳はおとなしめな外見に拍車をかけて見えた。そのせいか、婚約者のこのトレント王国の王太子クルクスル殿下には最初から塩対応されていた。
そんな折り、王太子に近付く女性がいるという。
アリサ・タンザイト子爵令嬢は、貴族令嬢とは思えないほどその親しみやすさで王太子の心を捕らえてしまったようなのだ。
仲がよさげな二人の様子を見たロザンナは少しばかり不安を感じたが。
(まさか、ね)
だが、その不安は的中し、ロザンナは王太子に婚約破棄を告げられてしまう。
――実は、婚約破棄され追放された地味な令嬢はとても重要な役目をになっていたのに。
(※誤字報告ありがとうございます)
婚約破棄宣言は別の場所で改めてお願いします
結城芙由奈@12/27電子書籍配信
恋愛
【どうやら私は婚約者に相当嫌われているらしい】
「おい!もうお前のような女はうんざりだ!今日こそ婚約破棄させて貰うぞ!」
私は今日も婚約者の王子様から婚約破棄宣言をされる。受け入れてもいいですが…どうせなら、然るべき場所で宣言して頂けますか?
※ 他サイトでも掲載しています
許してもらえるだなんて本気で思っているのですか?
風見ゆうみ
恋愛
ネイロス伯爵家の次女であるわたしは、幼い頃から変わった子だと言われ続け、家族だけじゃなく、周りの貴族から馬鹿にされ続けてきた。
そんなわたしを公爵である伯父はとても可愛がってくれていた。
ある日、伯父がお医者様から余命を宣告される。
それを聞いたわたしの家族は、子供のいない伯父の財産が父に入ると考えて豪遊し始める。
わたしの婚約者も伯父の遺産を当てにして、姉に乗り換え、姉は姉で伯父が選んでくれた自分の婚約者をわたしに押し付けてきた。
伯父が亡くなったあと、遺言書が公開され、そこには「遺留分以外の財産全てをリウ・ネイロスに、家督はリウ・ネイロスの婚約者に譲る」と書かれていた。
そのことを知った家族たちはわたしのご機嫌伺いを始める。
え……、許してもらえるだなんて本気で思ってるんですか?
※独特の異世界の世界観であり、設定はゆるゆるで、ご都合主義です。
※誤字脱字など見直して気を付けているつもりですが、やはりございます。申し訳ございません。教えていただけますと有り難いです。
父の大事な家族は、再婚相手と異母妹のみで、私は元より家族ではなかったようです
珠宮さくら
恋愛
フィロマという国で、母の病を治そうとした1人の少女がいた。母のみならず、その病に苦しむ者は、年々増えていたが、治せる薬はなく、進行を遅らせる薬しかなかった。
その病を色んな本を読んで調べあげた彼女の名前は、ヴァリャ・チャンダ。だが、それで病に効く特効薬が出来上がることになったが、母を救うことは叶わなかった。
そんな彼女が、楽しみにしていたのは隣国のラジェスへの留学だったのだが、そのために必死に貯めていた資金も父に取り上げられ、義母と異母妹の散財のために金を稼げとまで言われてしまう。
そこにヴァリャにとって救世主のように現れた令嬢がいたことで、彼女の人生は一変していくのだが、彼女らしさが消えることはなかった。
【完結】真面目だけが取り柄の地味で従順な女はもうやめますね
祈璃
恋愛
「結婚相手としては、ああいうのがいいんだよ。真面目だけが取り柄の、地味で従順な女が」
婚約者のエイデンが自分の陰口を言っているのを偶然聞いてしまったサンドラ。
ショックを受けたサンドラが中庭で泣いていると、そこに公爵令嬢であるマチルダが偶然やってくる。
その後、マチルダの助けと従兄弟のユーリスの後押しを受けたサンドラは、新しい自分へと生まれ変わることを決意した。
「あなたの結婚相手に相応しくなくなってごめんなさいね。申し訳ないから、あなたの望み通り婚約は解消してあげるわ」
*****
全18話。
過剰なざまぁはありません。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる