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 納得はいかなかったけれど。

「マルセルさんの成功は、貴方の成功であり。 この公爵家の栄誉にもつながるわ。 腹が立つ事もあるかもしれないけれど、我慢なさい」

 元の地味なドレスを見ていた母は、そう言って私を宥めた。

 そう言う考え方も出来るかもしれない。
 そうやって私は新年を、貴族らしく笑顔で過ごした。

 翌日、マルセル様が随分と怒りながら訪れるまで。

「どう、なされたのですか?!」

「どういう事だ!! エリザが苦労して作った襟を台無しにして!! 貞淑なドレスからは程遠い下品なものにしてしまうなんて何を考えているんだ!! 君は僕とエリザの努力や積み重ねを台無しにしたのを分かっているのか?!」

 だからエリザって誰よ……。

 これは聞いても良いものなのだろうか? そう思っていれば、新年早々余りの剣幕で訪れていたマルセルに驚いた母が駆け寄って来た。

「何事ですか!!」

 かくかくしかじか……。

 ドレスの改造が気に入らないと言われた事を伝えれば、

「貴方は!! 私の娘に恥をかかせるつもりですか!! それほどまで自慢のドレスだと言うなら、貴方の家族に着せれば良いでしょう!!」

「公爵家の貴方方が、贅を尽くした格好をしている限り、それが常識となる。 それがこの国の貴族の在り方ではありませんか!! 私はソレを変えたい!!」

「だからと言って、アンナダサい物を娘に着せようと言うのですか!!」

「ダサい?! ダサいですって!! アレこそが男性の理想です。 貞淑な女性の在り方です!!」

「貴方の考え方は間違っているわ。 貴族の妻は、愛する夫を支えながら、別の世界を作り上げている。 ただ、貞淑であれば、隷属すれば良いと言うものではないのですよ」

 流石に母様に反対されたのは不味いそう思ったらしい。

「申し訳ありませんでした。 努力の期間が認められなかったことが悔しくて、悲しくて……そして、僅かに手を加えた彼女が称賛を受けた。 それが……」

 うっくっ……えっぐ……。

 突然に泣きだした。

 唖然とするのは私だけではなく、母も同様だったらしい。

「見苦しい……。 ドレスは私達貴族女性にとっての戦闘服。 公爵の女が流行を作るのではなく、流行を作れるものを着用するのです」

 ボソリと母が言えば、あっさりと嗚咽は止まり、潤んだ瞳で母様を見つめた。

「ど、どうか……未熟な私を許してくださいませ」

 母様の前に膝をつき、そして母様の手を取り額をつけて謝罪した。

「貴族と言うものを、改めて考えるのよ。 貴方は私の娘を妻として娶るのでしょう? このまま仲違いをして気まずいままでいるなら、婚約は無かった事にしてもらわなければいけませんわ。 今日のところは帰りなさい」

 母様の対応には感謝したものの、母様相手であれば態度を一変させる事にも引いた……。

 幼い頃から婚約者として定められていた。 恋心や憧れと言うものはない……自分よりも広い知識を持つ彼を尊敬していた時期もあったのだけど、知識が無いのに思い込みで事業を行おうと言う考え方に嫌気がさしてきた。

 これなら……ガラスを共に研究している青年の方が良い……。 知らない事は積極的に学ぼうとしてくれるのだから……。



 翌日、マルセルが両親と共に謝罪に来た。

「息子は、公爵家のご令嬢であるメラニー様を妻として迎える事を大きなプレッシャーとしていたのです。 よろしければ、息子にチャンスと機会を頂けないでしょうか? 昨日、公爵家は流行を作れるものを着用するとおっしゃっていましたよね。 どうか……息子の理想を取り入れながら……流行を作ってやってはくださいませんか?」

 頭を下げる親子に、父様はチャンスを与えるようにと言う。

「私達の婚約は、お互いの祖父たちによって定められました。 だからと言って、お互いが嫌だと思いながら婚姻生活を続けるのは無理だと言う事を祖父は理解しております。 マルセル様、私達は商売の前にお互いの気持ちを考えるべきではないでしょうか?」

「すまない!! 僕は……本当に小さな男だ。 メラニーが公爵家の娘だからと卑屈になり過ぎていた。 もう一度チャンスが欲しい。 このブランドを成功させるために共に努力をすれば……僕達はお互いを理解し、尊重し、尊敬しあう事が出来るんじゃないかと思っている。 お願いです。 今こそ……お互いを愛しあうためのチャンスをください」

 劣等感を晒しだし、熱のこもった謝罪をマルセルが行えば、両親は彼に感心し許しを与えたようだった。 だけど……私はそんな寛容さ等持てなかった。

「メラニー。 公爵家の者は、その爵位だけで人を従える事が出来ます。 だからこそ、人に寛容さを見せ、許しを与えなければいけません」

 私は狭量で、これから彼を好きになれそうにないと思った。

 それでも父にとってみれば、祖父の遺言とも言える願いを無下にできず、私は何時ものように貴族らしく感情を押し殺して彼のブランドに協力を行った。

 マルセルの言う貞淑を尊重しつつ、お茶会では貞淑、知的、これらをキーワードにオールドタイプのメイド服を落ち着きのある色合いを利用し、同系色の華やかさウエスト、裾、背、何処でも良いワンポイント入れ、マルセル様が進めるレースの襟と袖、そして小鳥のトレードマークをブランドとして取り入れ、二年後には知的な女性がブームを迎えていた。

 そして私は十八歳を迎えていた。

 ブランドとして確立してしまえば、マルセルは私を気に掛ける事は無かった。 気に書けてもいないのに、彼は頻繁に私をデートに誘った。

 食事、観劇、お茶会、夜会。

「メラニー様、そのイヤリング素敵ですわね」
「ありがとうございます」
「本当素敵だわ。 その小鳥のデザイン」
「流行りで、なかなか手に入らないのよ」
「そうそう若い子に流行りなの」

 誰かが言ったその一言に私は硬直した。

 実際、貞淑、知的のアピールを強めるほどに、小鳥のデザインは不似合いで、ちぐはぐなものになっていた。

 マルセルがお茶を口にしながら周囲を見回していた。 社交界の噂を知り、私がどう噂をコントロールするかを見張っているかのような居心地の悪さを私は感じながら私は黙り込んでしまっていた。



 いつの間にか、私はマルセルに息苦しさを感じていた。

 まるで……首を絞められたかのような……そんな辛さがあった。
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