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07 寝言跳寝てから言いやがってくださいませ

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 私が深い溜息をつけば、幼い頃から私付きの侍女として育てられたリリーが苦笑いと共にカーテンに手をかける。

「日差しが、お嬢様の目の毒になっているようですので、カーテンは閉めますね」

 凍り付いた笑みは、私が彼女の一張羅のワンピースを着て木登りをした時と似ていた。

「そうかしら?」

 不思議そうに外を見れば……リリーが隠したかったものが分かる。

 実際は、日差しではなく……赤と黄の愛人が見つめて来る視線が、毒のようだった……。

 思わず苦笑いと共に、哀れみ混ざりに私は言う。

「放っておきなさい。 気の毒な人達なのですから」

「お嬢様が身体に気遣いお声をかけたと言うのに……。 それにですよ!! お嬢様は妻として嫁いできたのですよ!! 公子様がお遊びで招かれた女性達とは違うのですよ!! あの方々はソレを理解し、お嬢様に這いつくばり忠誠を誓うべきなのです」

「そんな事は望んでいません。 それをさせてしまえば……あの男と普通の夫婦にならなければいけなくなるでしょう?」

「公子様も公子様です!! いえ、公爵様も公爵様です!! お嬢様を騙して!! これは契約破棄ものですよ!!」

「お金をもらっていますからねぇ……。 せめて離婚条件ぐらいはつけさせていただきたいところですが。 まぁ、それは後で話をするとして。 ねぇ、リリー良く考えてみて、愛情が芽生えてから愛人を持たれるよりもマシだとは思いませんか? 期待もしませんし、好ましいと思う事もありません。 傷つかずに済むのですから……楽ですよ……きっと」

 私は、軽く笑って見せた。

「お嬢様……。 そのように強がらないで下さい。 私は知っているのですよ。 お嬢様がどれほど結婚に夢見ていたかを……。 何時か素敵な王子様が迎えに来てくれる日を夢見ていたではありませんか!!」

「あれは……あの本が好きだっただけで……そんな子供の頃の話はどうでもいいでしょう」

「どうでもよくはありません。 私は!! ずっと、お嬢様に幸せになって欲しいと……そう願ってお仕えしてきたのですから」

 泣きそうな顔で言われれば、私もやるせない思いが胸をしめてくる。

「辛気臭い顔をするのはやめなさい。 あの方々が喜ぶだけですよ」

 窓の外を見てリリーは慌てて、溢れそうになる涙を拭った。

「見ていたからと言って、何かが変わると言うものでもないでしょうに……」

「そうね。 その通りだと思うわ。 でも、仕方がありませんわ。 愛人となれば確固たる利害関係等ありませんもの。 感情が破綻してしまえばそれで終わり、空しい物だと理解しているのでしょう。 だからと言って……この勝負、勝ちたい訳ではないのですけどね」

 私は笑って見せれば、リリーも笑ってくれた。



 その後、私は公爵様に話しをするための時間を取って欲しいと願い出た。 帰ってきた答えは王宮に出向く用があるため、昼過ぎになると言うもの。

 それならば三色愛人の調査を頼んだケヴィンも帰ってくるだろうと、予定を組んでもらうよう願い出る事にした。



 この公爵家の別邸は、公爵家の敷地内にある。 正直、別邸を立てる必要性はないのでは? と思うのだけど、金持ちのやる事を私が理解する必要はないでしょう。

 カスパー……いえ、名を呼ぶのも……気分が悪いので、公子様と呼ぶ事にしましょう。

 公爵様は、次期公爵としての正式なお披露目と共に、結婚披露も行うつもりだとおっしゃっていました。 ですが、公爵家の人脈を考えるなら、ソレ等はきっと本館を使って行うのでしょう。

 なら……なぜ、この別邸が公子様の邸宅として必要だったのか? 公爵様の仕事を少しずつ引き継がれると言うのなら、屋敷を分ける事自体不便なのですよね……と、考えれば……あの三色愛人が問題なのでしょう。 えぇ、侯爵様はご存じでありながら、私を妻として迎え入れたと言う事なのでしょう。

 それをどう語るか?

 不満? いえ、愛はありませんから。

 むしろ、愛を育むのに邪魔を排除せよなどと公爵様が強硬にでられたらを考えたら……とても嫌だわ。 だから、公爵様に問うのは、私に何を求めているか? を……聞いてはだめ。

 それに、子供を産む事は契約には含まれてはいませんよね? と、言うのもNGですわ。 それを問うてしまえば、愛し合う事も子供を作るのも禁じている訳ではない。 むしろ、正しい妻としての形として正して欲しいと言われる可能性だってあるのですから。

 台無しです……。

 よし……愛人関係はスルーをして、あくまで業務の話だけで進めましょう。 語るのは、私と愛人達の役割分担を決めてから、新しい関係性を提示できるようになってからで十分ですわよね?

 ねっ? 多分、それでいいはず。

 自問自答だけど、不安しかありませんわ……。





 昼食までの間、私は公爵家の領地に関わる資料の一部を読むことにした。 何処の土地でどんな生産を行い、産業を行っているか? 数値化されたものと共に眺める事で、公爵家の規模が分かると言う物だ。

 ノックの音が響く。

「はい」

 私もリリーも、馬の嘶きの後のノックだったため、ケヴィンだと思い込み扉が開かれた。 目の前に広がる季節外れのバラの花と、チョコ菓子。

「……」

「来る場所を間違えていらっしゃるのではありませんか?」

「僕が、妻の元に訪れるのが、例え親に決められた妻とはいえ、良好な関係を築こうとするのが、それほどまで可笑しい事だろうか?」

 何処か……演技がかった様子で語られた。

「人の恋路は、人の数ほどに存在する。 そう考えれば、妻の元に通う夫と言うのは、良くある話ですよね」

「だろう? 僕は僕の花嫁が、それほどまでも初心なカワイイ人だとは思ってはいなかった……僕は君を一目見た瞬間から、恋をしてしまったんですよ」

 そう言って花と菓子が差し出されたが、私もリリーも受け取る事は無く、カスパーを戸惑わせる。

「お気遣いは必要ございませんわ」

「いや……僕は嘘をつかない。 本当なんだ。 厚生機関のトップを務める両親に変わり、幼い頃から政務に関わってきた人だと、父上からはうかがっていた。 だから、もっと、こう、恐ろしい女性だと……勝手に思い込んでしまっていたんだ……。 このように愛らしい方なら、僕が直接出迎えに行ったものを」

 私は苦々しく笑った。

 恋はしたことがない。

 だからもし、彼が、花束と菓子を手に私を優雅な所作で迎えに来たとしたなら……私は、きっと、物語に主人公になったかのように浮かれ、公子様を好きになってしまっていたでしょう。

 幼い子供のように。
 幸福な物語のように。

 でも、貴方が来なく手良かった。 と、言う言葉を私は飲み込んだ。

「公子様」

「カスパーとは呼んでくれないのですか?」

「公子様、ご相談がございます」

「あぁ、何でも言ってくれ!! 君のためなら、どんな事だってしてみせよう」

「この寒空の中、外でお茶会をしているお二人を、屋敷内でのお茶会に切り替えさせてはいただけないでしょうか? 身体に良くはありません」

「彼女達はどうでもいい。 大人として自分の行動に責任を取るべきだ」

「えぇ、その通りです。 公子様も、大人として責任を取られるべきでしょう」

「僕が!! 妥協し!! 昨日のケガも忘れたふりをし、良好な関係を築こうとしていると言うのに、君と言う人は!! 少しは関係性を良くしようと言う気持ちを持つ事は出来ないのか!!」

「出来ません……そして、してはいけません。 どうして、公子様はソレが分からないのでしょうか? 公子様の大切なお三方と話をすれば……分かるはずです……。 あの方々の気持ちを無視すると言う事は、公子様が公爵様の正当な跡取りとなる事に大きな問題となるのですよ?」

「どうしてか? と聞いたね……。 それは、僕が君に一目惚れをしたからだよ。 愛している。 その肌に、髪に触れ、口づけたい」

 花と菓子が無造作にテーブルに置かれ、カスパーは私の前に膝を曲げ……手を差し出し……一つの高価な箱を手渡してきた。

「それは、我が祖父が愛を誓う時に、祖母に送ったものだ。 ただ一人、愛を誓える人ができたなら渡すと言い……そう言われた代物だ。 貰ってくれますよね?」

「そんな大層なものはいただけません」



 そんなやり取りから、どう逃げようか? 私は必死に考えていた。

 救いの女神たちはそこにいた。
 ガラスに張り付いた、悪鬼の形相をした……美女だったもの。

 丁度良かった!!

 そう思ったけれど、公子にその顔を見られては……百年の恋も冷める。 そんな表情だった。

「公子様、目を閉ざして頂けますか?」

 私はなるべく甘い声で囁けば、ウットリとした様子でカスパーは目を閉ざす。 そして、私はガラスの向こうの二人に鏡を見せるのだった。
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