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18話 シルクロード
しおりを挟む冒険者と兵士を挑戦者として、いよいよ裏ダンジョンが始まった。
ベルママが広場の中央に立つ――
「皆様お集まり頂き誠にありがとう御座います。それではご紹介致しましょう。挑戦者3名の入場です」
アナウンスと共に広場の中央に3人が並んだ。私の隣りには中年男が、その隣りに若い兵士が立つ。
「では端から、謎の青年"Z"、その隣りが元冒険者の"Y"、最後は現役兵士である"X"です。それでは予想して下さい。それぞれお持ちの番号と金額、挑戦者のアルファベットを紙に記入して係りの者に渡して下さい」
やはり中年男は冒険者だった。それとこの若者、何となく声と風貌で気になっていたが、おそらく商店街にいた警備兵ではないだろうか。袖が斬られたように破れている。でも傷痕がないとは不思議だ。
戦えるならそれはそれで私の知ったこっちゃないんだけど……大丈夫なのか?
「は~い、締め切りとさせて頂きます。ではさっそく始めましょう。ひとりに付き害獣が1体、3対3のデスマッチ。さあゲートにご注目。バトル、開始!」
ゲートが開かれた。横にいるふたりは同じ剣を携え身構える。私は壁際に立ち腕組みをして待機。
現れたのは――
「「「……ゲッ!!!」」」
地球の皆さん、異世界から緊急速報です。なんということでしょう。人類が滅亡しても生き残ると言われている、あの黒い物体がこの異世界では巨大化しております。そうです、ゴキブリと名を呼ぶことさえ躊躇われる通称Gであります。
あの害虫を退治できるのは、殺虫剤という化学兵器か、物理的に有効な粘着ゴキブリコイコイではないでしょうか。ねえ、絶対無理なんだけど……。
私は1秒たりとも同じ空気を吸いたくないので、
「ほ、ほら、こ、ここは、君たちの、出番よ……」
と、声を震わせながら言うと――
「ぼ、ぼぼぼ、ぼくにはム、ムリです……」
と、私以上にビビりまくるヘナちょこ兵士。
「俺も……ちょっと……あれは、なあ……」
と、冷や汗を流すへっぽこジジイ。お前もか。
何のためにキンタマぶら下げてんだよ男ども!
「ああもうマジか……ふざけんなよ! クソッ!」
と、悪態を吐きなが嫌々駆け出し、持っていた槍で横から串刺しにして、思いっきりゲートに投げ返してやった。
「ハァ、ハァ……! 舐めんなゴキブリ野郎!」
鳥肌と悪寒と感触が消えぬまま、モブ作戦は秒で終了してしまった。
横で呆気に取られ立ち尽くす男達――
「……お、お前、凄いなあ」
「ど、同感です……」
こいつら……使えねぇ。
そこへ、ベルママのアナウンスが流れる――
「……ええっと、ちょっと予想外の展開ですが、これはこれでお楽しみ頂けたのではないでしょうか!」
ベルママのアナウンスに、観客席から怒濤の歓声が湧き上がった。
「オオッ! これは凄いぞー!」
「クソッ! あいつに賭けておれば!」
「実に面白い! 早く次に行けー!」
貴族達の歓声に、ベルママは不気味にほくそ笑んでは、自分の体を抱きしめ満足気だ。気色悪っ!
高揚冷めやらぬベルママが次へ進む。
「では歓声にお応えして、ゲートオープン!」
次にゲートから現れたのは巨大なネズミだ。すると横で中年男がカタカタと剣を震わし、煮湯を飲まされたかのように顔を歪める。
「クソッ……またアイツと戦うのかよ!」
元冒険者なら討伐経験くらいはあるだろう。
「あの巨大ネズミと戦ったことがあるのか?」
「ああ、アイツはロックマウスと言って、岩の尾で攻撃してくるんだ。当たったら一溜りもない」
見たまんまのネーミングに些か拍子抜けするも、その尻尾さえ切り離してしまえばいいだけのこと。たがしかし、ネズミと言えば強靭な前歯も凶器のはずだ。
彼らと馴れ合う気はないので、さっさと済ませてしまおう。
「じゃあ、お先に失礼」
私は襲い来るマウスの前歯を拳で殴り、粉々に折る。そして怯んだ隙に素早く背後へ回り、尻尾を引きちぎり、その岩の尾を武器に背骨を狙い叩きつけると、マウスは昏倒し息耐えた。その様子を観ていた観客から響めきが起こる。
「お、おい、あの男、尋常じゃない強さだぞ」
「ああ、只者ではないなぁ。いったい何処から来たんだ?」
否応なく耳に入るその声に、ふたりは唇を噛み、ただ防御に徹していた。
小柄な兵士はその体格が功を奏し、正面に立つことで尻尾からの攻撃を免れている。だが剣はマウスの前歯に捕らえられ、身動きが取れない。ジリジリと詰め寄るマウスが頭を大きく左右に振ると、兵士の手は剣から離れ、体は宙を舞い壁に激突した。
おそらく、兵士はもう限界に近いだろう。
「も、もう無理だ……ギ、ギブアップしま……す」
その声に、ベルママは係り員に合図を送り、壁の内側から兵士を運び出した。なるほど、救出は容易ということか。だが、まだマウスは息を荒く私達を狙っている。私は兵士の持っていた剣を拾い、マウスの頭上目掛けて突き刺す。マウスは剣の柄と地面の間で息絶えた。
残るはあと1匹。中年男は尚も鬼の形相で持ち堪えていた。すると男はマウスから離れ、私が引きちぎった尾を必死に持ち上げ、壁に背を着けて飛び掛かるマウスの口へ突き刺した。尾は背中から飛び出しマウスは絶命した。
男は力尽きてその場にしゃがみ込む。すると観客席からは歓声が上がった。
男は疲れ果てた顔で天を仰ぐと、
「お、俺もギブアップだ。だが、やったぜ……」
そう言って男は気を失った。
「皆様、ご覧の通り、"X"と"Y"は脱落致しました。今回の勝者は"Z"に決定です! では、本日のデスゲームはこれにて終了と致します。またのご来場を心よりお待ち申し上げております。賭け金のお支払いをお忘れなく。それでは」
貴族達は要が済むと、特に談話をすることもなく、足速に会場から去って行った。
貴族の戯れと豪遊、そして挑戦者有きの裏遊戯。金は天下の周り物とはよく言ったもんだ。
ベルママがいそいそと私のところへやって来た。
「さあ、事務所でお話ししましょ。お兄さんのお望みの物も聞かなくてはね。付いてらっしゃい」
言われるがまま、ベルママの後へ付いて行った。
地下の別ルートの通路を歩いて、事務所と書かれた部屋へ入った。小ぢんまりとした部屋に、机を挟んでソファがふたつ並んでいる。
私とベルママは対面で座った。
「じゃあさっそく聞いちゃうわよ。お兄さんの欲しい物はなに? もちろん下着よね。それも女性用のランジェリー。それは何故かしらね?」
ど直球で投げられた質問に私は戸惑う。何故かと聞かれたら、女性だから女性用のパンツが是が非とも欲しいと思うのは当然の権利であって、わがままでも無茶振りでもないのである。
しかしも、正体を偽っている以上、本音を明かす訳にはいかないので、ここは誤魔化し戦法で。
「あのう、ベルママだから打ち明けるんですけど、お恥ずかしい話、私にはそういった趣味がございまして、何といいますか、特に女性用の綿パンツがめっちゃ好きなのであります……はい」
そう言うと、ベルママは頬に手を置き、高揚した面持ちで眉をへの字にし、色めく瞳で私を見詰める。怖い……。
「ウフ、ウフフフッ! ああ~やっぱりそうなのね~。そうよね、そうだわよね。私ね、お兄さんを見てピンッときたのよ。同類じゃないかって。私も心は女性だからね、パンツくらいレディースを穿きたいじゃな~い。綿パンは私も大好きよ!」
そうではない。例え心は同じであっても、私が言いたいのは変態的趣味でパンツが欲しいという意味であって、絶対的に体の構造は別物なので、男装している私としては一緒にして欲しくないところ。しかしも、綿パン愛好者は歓迎です。
「ですよねー。私も公衆の面前でありながら、つい我を忘てしまって。で、パンツ、頂けます?」
「もちろんよ。はい、レディアンダーパンツ3点セット。男性用は返さなくてもいいわよ」
「ありがとうございます! 男性用はもちろん使わせて頂きます。ああ、幸せ~!」
「分かるわ~。私こう見えて、綿パン愛好会の会長を務めてるのよ。そうだ、お兄さんも愛好会に入らない? 綿パンの最新情報も入手可能よ」
「最新情報かあ……」
これはもしかしたら、シルクロード、もしくは新種が辿れるかも知れない。
見ておれ腐れ王子よ……ああ、お腹空いたなあ。
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