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魔物

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「いいや、関係あるさ。誰もが立場や責務を放棄して構わないなら、お前たちは手を取り合って逃げているだろう? それをしないのは、責務を果たそうとしているからだ」

「それは、私情よ。騎士団の任務に私情を持ち込むのは間違ってる。その話はまた、別の機会に」

「別の機会などと、悠長な台詞を言っていられる場合ではない。私は見ていられないんだよ、オリヴィエ」

 オリヴィエの気持ちを、クリストファーは今ここで明かす気ではあるまいか。

 焦燥感に駆られ、オリヴィエは言葉を探す。

 その間にも、クリストファーは興奮した様子で、更に言い募った。

「あの娘を王都へ帰してやるなんて、そんな我儘が通るなら、私は今すぐに殿下とお前を逃がしてしまいたいんだよ」

「もう、やめて。その話は」

 やっぱり、クリストファーは暴露するつもりだ。

 ルーカスはオリヴィエを部下として認めてくれるようにはなった。

 食事に誘うくらい、少しは心を許してくれているだろう。

 だが、それ以上でも以下でもない。

 ましてや、公示前とはいえ、リリアと婚約間際の身だ。

 オリヴィエの恋心など、決して表に出してよいものではない。

 秘めておこうと、心に誓ったのに。

 オリヴィエは黙らせようとクリストファーの眼前に迫る。

 クリストファーをルーカスの視界から遮るべく立ち塞がった。

「やめない。だってもう、お前には時間がないじゃないか!」

「お兄様、止めて! それ以上言わないで!」

 叩いてでも、黙らせる。

 その思いで手を振り上げたのに、オリヴィエはクリストファーを打つことができなかった。

 クリストファーは悲痛なほど表情を歪ませている。

「……お兄様、任務を遂行しましょう。私たちは、世に名だたる聖騎士団です。個人の感情で諍いを起こしている暇はありません」

 兄の気持ちが、痛いほど伝わる。

 だから、オリヴィエもこれ以上強くは言えない。

 どうか理解して欲しいと願いを込めて、真っすぐにクリストファーを見つめる。

「……その通りだ。今は個人の感情ではなく、騎士団の一員として動いてもらう。できない人間は聖騎士団には不要だ」

「アイ・サー」

 ルーカスが低く呟くと、クリストファーは低頭して、数秒の沈黙ののちに頷いた。

 納めきれぬ感情はあるが、ルーカスには従う姿勢だ。

 団長への礼は尽くす。

「だが、リリアへの対処は俺が間違っていたようだ。やはり、王都へは早馬だけを飛ばすこととする。手配を頼めるか、クリストファー」

 クリストファーは顔を上げると、一変して表情を輝かせた。

「はいっ、行って参ります」

 シャキ、と背を伸ばし……残念そうな目をオリヴィエに向けたものの、すぐに退室した。

 ルーカスは、王家の威光だけで騎士団長を襲名していない。

 若輩でも、指揮官の手腕を兼ね備え、部下に対しての指導も、柔と豪の使い分けを心得ている。

 自分に落ち度があれば引く姿勢は、模範となる振る舞いだ。

 オリヴィエはそんなルーカスの潔さを、やはり好きだと、改めて思う。

 部下という形ではあるが、ルーカスの傍に仕えられる幸せを、今のうちにもっと噛みしめておこう。

 クリストファーの指摘は事実だし、忘れてはいけない。

 その上で、騎士団員として恥ずかしくない行いをしよう。

 ルーカスの記憶に、無様な姿のオリヴィエを残さないように。
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