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魔物

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「団長!? お兄様っ!」

 声の限りに呼ぶが返事はない。

(まさか……)

 最悪の想像に背筋が凍る。

 周囲の景色は、蟲の襲撃以前のまま、何も変わらない。

 建物を囲う柵と、その向こうに雑木林が見える。

 警戒しつつも駆け足になり、屋敷の角を曲がって、オリヴィエは戦慄した。

 騎士たちは皆、地面に倒れ伏していた。

「皆っ!? どうしたの??」

 慌てて駆け寄るが、どの騎士も外傷がある様子はない。

 しかし、顔色は青白く、皆ぐったりとしている。

「団長! 大丈夫ですか?」

「う……」

 ルーカスを発見し、真っ先に駆け寄った。

 上半身を抱き起こし、軽く揺すると眉間に皺が寄る。

 生きていると判って、ほーっと、息を吐いた。

 再度周囲をよくよく観察すれば、他の騎士たちも胸の上下が確認できる。

 呼吸をしている証拠だ。

「しっかりしてください。何があったのです?」

 ルーカスは顔をしかめたまま、再び動きを止めた。

 オリヴィエは息を吞む。

(炎に蟲が飛び込むまで、皆は動いていたように思うわ。すると)

 蟲の死骸によって煙が上がった。

 皆煙のせいで噎せたと考えていた。

 だが、ただの蟲ではない。上がったのはただの煙だったろうか。

 人体に害のある、瘴気のようなものを取り込んでしまったのだとしたら?

「目を醒まして、団長!」

 呼吸器から取り込んだ毒素はどうすれば速やかに排出させられるのか。

 オリヴィエが知る由もなく、ただ呼び掛けるしかできなかった。

 医者を呼びに走るべきか、迷い始めた頃、幸いにして、ルーカスはすぐに意識を取り戻した。

「……ここは? どうして俺は倒れている?」

 記憶が混濁しているのだろうか。

「蟲の大群を焼き払うため、団長は火計を講じました。しかし、煙を吸ったせいか、皆倒れてしまったのです」

 簡潔に告げると、ルーカスは納得したように頷いた。

 意識が戻ったとみなして、オリヴィエはルーカスから離れて、他の騎士たちにも声をかける。

「お兄様! 私の声が聞こえる? 起きて。しっかり」

「うー……ううん、オリヴィエ?」

「お兄様!」

 クリストファーも、すぐに覚醒する。

 無事に目覚めたのを見て、ルーカスが上半身を起こした。

「原因は探らねばならんが、今は特に自覚できる後遺症もなさそうだ。他の者を一先ず建物に運ぼう」

 オリヴィエたちは、3人で騎士たちを建物の中に運び込む。

 誰も怪我はしていないようだった。

 意識を取り戻した者は自力でベッドまで歩いたが、朦朧としている者は指示して横たえる。

「お兄様も、横になって」

「いいや、私ももう大丈夫だ。下へ降りる」

 ルーカスに言われて、一度は居室へ戻ったクリストファーだったが、素直に横にはならない。

 オリヴィエと共に階下へ戻った。
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