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魔物

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 黒い羽が、バタバタと空気を搔く。風はないくせに、その羽音ばかりを耳に入れるのは苦痛だった。

 ルーカスはいち早く察知して、焼き払う目的で火器を求めた。

 有効な攻撃ではあるが、蟲が大人しく駆除されるのを待つはずがない。

 散り散りになれば厄介極まりない――

 そう、オリヴィエが危惧したのも束の間、戸外でルーカスが命じる。

「着火しろ!」

 はっと、顔を窓にくっつけ強く押し当てる。

 角度の問題で確かではないが、視界の端で火柱が上がる。

「あっ」とオリヴィエが感心する前に、蟲たちは炎へ向けて緩やかに下降を始めた。

(蟲の習性を……!)

 普通の昆虫と分類できるのかはさて置いて、蟲は確かに炎に反応を示した。

 しかし、時刻は正午を回ったばかりで、まだ充分な明るさがある。

 この作戦でどの程度の数が駆除できるだろう。

 しかし、オリヴィエの心配は杞憂に終わった。

 蟲たちは炎に吸い寄せられて、自ら飛び込んでいく。

 一体の蟲が燃え尽きるのに勢いは衰えない。その死骸を目掛けて後続の蟲たちも炎へ飛び込んでいった。

「え!? 何よ……」

 リリアは慄き、イレーネは気味悪そうに身を縮めた。

 オリヴィエも同様の感想を抱くが、現状を把握するためにも目は逸らさない。

 蟲は燃え尽きると、黒煙となって空に溶ける。

 たちまち周囲は、煙に覆われて何も見えなくなった。

 同時にあちこちで咳き込む声が上がる。煙を吸い込んでしまったようだ。

(窓を閉めておいて、良かった。この子たちは大丈夫……)

 騎士たちは無事だろうか? ルーカスは? クリストファーは?

 蟲は全て燃えたのか?

 駐屯地は街外れにあるが、街の様子は?オリヴィエは次々に疑問を抱く。

 やがて黒煙は風に乗って流されて、視界に色が戻ってくる。

 景色が明瞭になるにつれて、妙な静けさが訪れた。

 物音はせず、窓の端で揺らめく炎と、薪の爆ぜる音だけが残る。

「静かになったわね」

 イレーネがほっと一息、安堵の声を出す。

 オリヴィエは同意して頷いたが、安堵はできなかった。

「これで、終わったの……?」

 他に物音がないのが、不審だった。

 ルーカスの次なる指示も聞こえてこない。

「わからない……でも、物音一つしないのはおかしいわ。見て来るから、2人はここにいて。私が出たら、しっかり
と施錠を。気になっても、追って来ては駄目よ」

 オリヴィエはそれだけを言って、2人を残したまま扉を開いた。

 外へ出て、戦闘をしていた騎士たちを探す。

 火柱は未だにオリヴィエの背丈ほどの高さまで上がり続けている。

 蟲が焦げた悪臭の残り香が漂う。

 噎せそうになり、口元を覆った。
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