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美坊主の悪あがき
7話
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「そういう次第か。面目ねえ、蕨乃。本当に助かったぜ」
惣一郎はふらつく頭を、手で支えながら下げた。
惣一郎は蕨乃と共に、本願寺の山門を出てすぐにある、
永見寺の境内まで這々の体でやって来た。
できる限り速やかに浅草を去りたかった。
だが、いかんせん惣一郎自身の体の加減が思わしくない。
何とか本願寺を抜け出したが、一時避難に境内の石段を借りることにした。
まだ、怪しげな薬の効果が、体から抜け切らない。
こちらは本願寺とは比べものにならぬほど、さっぱりした門構えだ。
その分、人気はほとんどなく、腰を下ろすのに適していた。
悠耶は橋の向こうに見える、団子屋に、おやつを買いにお使いに行ってもらった。
体に異変を感じてからの記憶と、目が覚めた後の体調とやり取りで、大まかな経緯を察していた。
だが、できれば悠耶のいないところで詳細を聞きたかった。
蕨乃が話してくれた事の仔細は、想像通りだ。
惣一郎は敵の術中に嵌り、まんまと眠りこけていた。
肝心な時に役に立たなかった自分が情けない。
蕨乃は付かず離れずの間合いで悠耶と惣一郎の動向を見守っていてくれたらしい。
だが、悠耶が妖怪と親しい特殊な女子でなかったらと考えると、ゾッとする。
蕨乃が気づいてくれなかったら、取り返しのつかない事態になっていた。
全て解決した悠耶に起こされた自分の不甲斐なさと言ったら……。合わせる顔がない。
なのに、起こされているから、しっかり顔を合わせている。
「惣一郎はんが気にするんは無理もあらへんけど、やむを得んやろう。まさか、惣一郎はんと二人で来てるのに、別々にしてまで悪さをするなんて。誰も思いもしまへんえ」
頭を抱えた惣一郎を蕨乃が慰めた。
「それに、何と言うても悪いのんは、あの糞坊主やで。ほんまに好いとったら、あないな非道な真似できるはずあらへんわ。嫁に欲しい言うといて、クズや、クズ!」
蕨乃の発大胆な物言いには多分な棘が感じられる。
小さな姿との差異に昏惑を隠せない。
ともかく深如は蕨乃の逆鱗に触れたらしい。
「お待たせ! 団子を買って来たよ。惣一郎が昼飯を食ってないって話をしたら、おまけしてくれた」
団子の包みを抱え、悠耶が戻って来た。
話に聞いた恐ろしい目に、つい今しがた遭わされたとは思えない。
実に、のほほんとした笑顔だ。
悠耶の様子に注意が向くようになった点は、薬が切れて来た兆しか。
衣服は整っている。
だが、よく見ると髪がいつもより乱れている。
悠耶の態度は一貫して朝と変わらない。
だが、心の中はどうなのだろう。表に出さないだけで、傷ついているのではなかろうか。
「済まなかったな、お悠耶。怖かったろう」
「ええ? お団子屋は、すぐそこだよ? 何も怖いことなんて、ないよ」
「そうじゃねえよ。……だが、思い出させるのも酷か。痛むところはねえか?」
悠耶は首を捻った。
「普通にしてりゃ痛くないよ。けど、左の手首を押すと、ちょっと痛いかな。でも、平気さ。さあ、団子が温かいうちに食いなよ」
悠耶は葉蘭を開いて団子を差し出したが、惣一郎の目は団子より悠耶の手首に留まる。
油断ならない男だと警戒していたのに、どうして俺は悠耶から離れてしまったのか。
痛みを微塵も感じさせない悠耶の明るさが健気すぎて、目頭が熱くなる。
または自分の甘さが恨めしかったのかもしれない。
「俺は、さっき変な茶ぁ飲んだせいか、あまり腹は減ってないんだ。ちょいと休憩の間の暇つぶしに、食ってくれよ」
「いいの!? 嬉しいけど、五本もあるよ。おいら、喜んで食うけど、惣一郎も食べようよ。蕨乃は?」
蕨乃は頭を振る。白い四角頭が、ふるふると揺れた。
団子は甘辛の飴色の餡が掛かった御手洗だ。
焼きたてらしく仄かに香ばしい香りが漂う。
五本あるうちの五本とも御手洗味で、悠耶の好みが伺える。
食欲をそそる香りなのに、今は食べる気がしない。
けれど悠耶から串を手渡されたので、とりあえず一本だけ受け取った。
一口、囓ってみるものの、やはりそれ以上は食が進まない。
「ここの団子はさあ、ここらで一番粒が大きいんだよ」
悠耶は本当に何事もなかったかのように天真に団子を頬張る。
もしくは……考え難いが悠耶にとっては、これしきの事件は大事の内に入らないのかもしれない。
でも惣一郎にとっては一大事だ。胸がとても痛い。自分で思っていたより、もっと、ずっと。
「そういう次第か。面目ねえ、蕨乃。本当に助かったぜ」
惣一郎はふらつく頭を、手で支えながら下げた。
惣一郎は蕨乃と共に、本願寺の山門を出てすぐにある、
永見寺の境内まで這々の体でやって来た。
できる限り速やかに浅草を去りたかった。
だが、いかんせん惣一郎自身の体の加減が思わしくない。
何とか本願寺を抜け出したが、一時避難に境内の石段を借りることにした。
まだ、怪しげな薬の効果が、体から抜け切らない。
こちらは本願寺とは比べものにならぬほど、さっぱりした門構えだ。
その分、人気はほとんどなく、腰を下ろすのに適していた。
悠耶は橋の向こうに見える、団子屋に、おやつを買いにお使いに行ってもらった。
体に異変を感じてからの記憶と、目が覚めた後の体調とやり取りで、大まかな経緯を察していた。
だが、できれば悠耶のいないところで詳細を聞きたかった。
蕨乃が話してくれた事の仔細は、想像通りだ。
惣一郎は敵の術中に嵌り、まんまと眠りこけていた。
肝心な時に役に立たなかった自分が情けない。
蕨乃は付かず離れずの間合いで悠耶と惣一郎の動向を見守っていてくれたらしい。
だが、悠耶が妖怪と親しい特殊な女子でなかったらと考えると、ゾッとする。
蕨乃が気づいてくれなかったら、取り返しのつかない事態になっていた。
全て解決した悠耶に起こされた自分の不甲斐なさと言ったら……。合わせる顔がない。
なのに、起こされているから、しっかり顔を合わせている。
「惣一郎はんが気にするんは無理もあらへんけど、やむを得んやろう。まさか、惣一郎はんと二人で来てるのに、別々にしてまで悪さをするなんて。誰も思いもしまへんえ」
頭を抱えた惣一郎を蕨乃が慰めた。
「それに、何と言うても悪いのんは、あの糞坊主やで。ほんまに好いとったら、あないな非道な真似できるはずあらへんわ。嫁に欲しい言うといて、クズや、クズ!」
蕨乃の発大胆な物言いには多分な棘が感じられる。
小さな姿との差異に昏惑を隠せない。
ともかく深如は蕨乃の逆鱗に触れたらしい。
「お待たせ! 団子を買って来たよ。惣一郎が昼飯を食ってないって話をしたら、おまけしてくれた」
団子の包みを抱え、悠耶が戻って来た。
話に聞いた恐ろしい目に、つい今しがた遭わされたとは思えない。
実に、のほほんとした笑顔だ。
悠耶の様子に注意が向くようになった点は、薬が切れて来た兆しか。
衣服は整っている。
だが、よく見ると髪がいつもより乱れている。
悠耶の態度は一貫して朝と変わらない。
だが、心の中はどうなのだろう。表に出さないだけで、傷ついているのではなかろうか。
「済まなかったな、お悠耶。怖かったろう」
「ええ? お団子屋は、すぐそこだよ? 何も怖いことなんて、ないよ」
「そうじゃねえよ。……だが、思い出させるのも酷か。痛むところはねえか?」
悠耶は首を捻った。
「普通にしてりゃ痛くないよ。けど、左の手首を押すと、ちょっと痛いかな。でも、平気さ。さあ、団子が温かいうちに食いなよ」
悠耶は葉蘭を開いて団子を差し出したが、惣一郎の目は団子より悠耶の手首に留まる。
油断ならない男だと警戒していたのに、どうして俺は悠耶から離れてしまったのか。
痛みを微塵も感じさせない悠耶の明るさが健気すぎて、目頭が熱くなる。
または自分の甘さが恨めしかったのかもしれない。
「俺は、さっき変な茶ぁ飲んだせいか、あまり腹は減ってないんだ。ちょいと休憩の間の暇つぶしに、食ってくれよ」
「いいの!? 嬉しいけど、五本もあるよ。おいら、喜んで食うけど、惣一郎も食べようよ。蕨乃は?」
蕨乃は頭を振る。白い四角頭が、ふるふると揺れた。
団子は甘辛の飴色の餡が掛かった御手洗だ。
焼きたてらしく仄かに香ばしい香りが漂う。
五本あるうちの五本とも御手洗味で、悠耶の好みが伺える。
食欲をそそる香りなのに、今は食べる気がしない。
けれど悠耶から串を手渡されたので、とりあえず一本だけ受け取った。
一口、囓ってみるものの、やはりそれ以上は食が進まない。
「ここの団子はさあ、ここらで一番粒が大きいんだよ」
悠耶は本当に何事もなかったかのように天真に団子を頬張る。
もしくは……考え難いが悠耶にとっては、これしきの事件は大事の内に入らないのかもしれない。
でも惣一郎にとっては一大事だ。胸がとても痛い。自分で思っていたより、もっと、ずっと。
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