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美坊主の悪あがき

3話

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 本来なら行儀作法に則った素晴らしい食事風景なのに、静けさが奇妙すぎて悠耶は吹き出した。

 握り飯の一口分がまだ残っていたのに、我慢しきれなかった。

「何です、突然、どうなさったのです!?」
  
 笑い出す要素に何一つ覚えがなく、深如は慌てて辺りを見回した。
  
 前回は惣一郎がいたからそこまで気にならなかったが、完全無音での食事は逆に不自然で珍妙だ。

「だって、深如ってば飯を食うのに全然、音がしないんだもの!  ずっと見ていたら可笑しくなっちゃって」

「はっ?  ……はぁ、左様なことが可笑しいと。かような姿が面白ければ、いつでも、毎日でもお見せできますよ」
  
 深如は悠耶の理解し難い感性に一度は昏惑しながら、しかし、すぐにぐっと身を乗り出した。

「別に、毎日はいいよ。そのうち飽きちゃうから」

 深如は「おお」と嘆いて箸を置いた。この時も音は極小量だ。

「願望させておいて何といういけずを仰るのか。拙僧は遠回しに、祝言を挙げて一緒に暮らそうと申し上げているのです。拙僧の気持ちを、どうしてわかってくださらぬのか!」

「なんだ、またその話だったの。遠回しに言われちゃ、余計にわからないよ。説明させて悪いけど、おいらは祝言する気はないの」
  
 きっぱり断って、握り飯の最後の一口を放り込む。
  
 深如は膝で悠耶の横までにじり寄って来た。

「そのお話は、承服しかねます」
  
 真面目ぶった表情で、何を承服しかねるのか。

 深如が真剣そうなので、悠耶には珍しく順を追って考えてみる。
  
 祝言を挙げようと言われたのを断って、飯を食って……。
  
 考えながら、口の中の残り飯を咀嚼する。
  
 深如は悠耶の目を見つめて、動かない。

「何を、承服しないの?」

 残りの米を飲み込んでも、結局、何も思いつかないので素直に尋ねた。

 深如は一息置いてゆっくり、だが強い口調で告げる。

「祝言を挙げぬのを、承服しないのです。どうか拙僧と夫婦になると仰って下さい。そうでないと困ります。もう猶予がありません」

「困るったって、おいらは初めから断っているだろ。猶予がないなら他を当たってよ」

「いいえ、困るのはお悠耶のほうです。拙僧は前々から申し上げておりました。お悠耶の類い希なる能力と、愛らしい姿を恋い慕っていると。手に入れるためならば何でも致します。鬼にもなろうと……拙僧は覚悟を決めたのです」

「鬼だなんて大仰な。深如が鬼になったって、おいらは嬉しくもなんともないや」
  
 悠耶は人の意見に耳を貸さない深如から、ぷいと顔を逸らした。

 毎度、口説き文句は熱心だった。

 だが、深如の言葉と仕草にはいつも清々しさと余裕があった。

 ところが今日はいささか熱気が強い。おまけに早口だ。玲瓏さは微塵も感じられない。

 正直なところ、少し鬱陶しいくらいだ。

「これでもお分かりにならないのなら、はっきりと申し上げます。うん、と言わぬなら、今ここで手籠めに致します」

 逸らした顔を両手で挟まれ、正面を向かされる。

 深如の顔が、正に目と鼻の先まで近づいていた。

 ここまでされると鬱陶しいを通り越して、迷惑だ。

 暑苦しいし、悠耶は上体を反らし、後ろに下がる。

 致します。と宣言されても悠耶はその言葉が何を意味するのか、得心できなかった。

 該当する単語の意味が、記憶の中に存在しない。

「でもね、おいらは―――」

 馬鹿の一つ覚えで、断り文句を発した口を掌で塞がれる。

 あっと思う間もなく、覆い被さられ、背中を畳に押し付けられた。

 深如は真面目な顔を絶賛継続中で、食事の途中で急に遊び始めた様子ではない。

(えっと……?  何、これ。どういうこった?  この情態)
  
 尋ねたくとも声を出させてもらえない。

 不断は物腰穏やかで、女性のように柔和な風情の深如だ。

 だが、密着した体は見た目以上に重くて固い。

 力も強くて、悠耶が体を捻ってもびくともしない。

 深如はまだ食事の最中なのに、人を押し倒していったい何をするのか。

〝うん〟と言わねばテゴメに致すと言ったのだから、テゴメにしようとしているのか。
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