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美坊主の悪あがき
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悠耶が着物を着替え終わる頃、深如が迎えにやって来た。
深如の兄弟子の奥方の、恵妙様が着替えの世話をしてくれた。
「本日は誠にありがとうございました。忘れぬうちに、こちらを。心ばかりですが事件解決の謝礼です。昼食もご用意できましたので、ご案内致します」
「どういたしまして! おいらこそ、仕事をくれてありがとう。早く解決して良かったね」
差し出された封を捧げ持つように額の上へ掲げて、受け取った。初仕事の給金だ。
手応えがずっしり、とはいかないが気持ちはとても誇らしい。
山門から本堂に至るまで、本願寺には沢山の庫裏やら塔頭やらが建っている。
どれが何の用途の建物なのか、一見しただけでは外観の違いが見分けられない。
案内してもらわなければ迷子になりそうだ。
その内の一つの門をくぐり、中に入る。
「こちらです。奥へどうぞ」
「お腹すいたぁ! いい匂いがするなあ~」
玄関を上がり、部屋に通されると、四畳ほどの畳の間の中央に、お膳が二つ用意されていた。
いの一番にお膳に注目してしまったが、気づいてみれば部屋には誰もいない。
「あれ? 惣一郎は、どこへ行ったの?」
「いけない、伝えそびれておりました。惣一郎殿は急用を伝えに来た御使者と、先にお帰りになりましたよ」
「帰っちゃったの? お昼も食べずに?」
「驚くのも無理はありません。けれどどうにもお急ぎだったようで。お悠耶は着替えの最中でしたしね、拙僧が責任を持ってお送りするとお約束致しました」
「ふぅん……。おいら一人で帰れるけど。まあいいや、じゃあこのお膳は深如のなんだね。もう食べてもいい?」
あれだけ惣一郎自身が送ると主張していたのに、悠耶に一言もなく帰るなんてどれほど急ぎの要件だったのだろう。
悠耶は先刻、深如と口論していた惣一郎の剣幕を思い出し、訝しんだ。
だが腹の虫の騒ぎ方が尋常じゃない。
すぐにどうでも良くなって昼飯が頭を占拠した。
「勿論ですとも。どうぞ召し上がれ」
お膳の上には、握り飯と蕪の漬物、味噌汁に、《長谷屋》から頂いてきた豆腐の奴が並んでいる。
悠耶は瞬く間にお膳の前に陣取り、手を合わせた。
「豪華な昼飯だなあ。頂きまーす!」
お腹がぺこぺこで、まずは顔半分もある握り飯に噛り付いた。
塩が効いていて実に美味い! 漬物も、外が暑いからしょっぱいくらいでちょうど良い。
「こんなに美味いもの、いつも深如は食べているの? 惣一郎は食べられなくて可哀想だなあ」
「お悠耶が奮闘して下さったので、いつもより品数が増えましたよ。見事なお手並みでございました。拙僧もご相伴にあずかります」
深如は悠耶の向かいに腰を下ろし、静かに手を合わせる。
箸を取った。悠耶は食事の手は休めず、静かに食べ進める深如をじっと見た。
食べ始めたら、一言も喋らず物音の一つも立てない。食事の所作にも無駄がない。
深如と食事を共にするのは昨日の《山田屋》と併せて、これで二回目だ。
だが当然、毎日二度三度は食事をしているわけで……
ひらりひらりと箸の先で掬われたおかずが、音もなく胃の腑に収まって行く。
柔らかい蕪とはいえ、漬物すら無音で口内を通過させた。
「ぶぶっ、ふはははっ! 深如、大したもんだなあ!」
悠耶が着物を着替え終わる頃、深如が迎えにやって来た。
深如の兄弟子の奥方の、恵妙様が着替えの世話をしてくれた。
「本日は誠にありがとうございました。忘れぬうちに、こちらを。心ばかりですが事件解決の謝礼です。昼食もご用意できましたので、ご案内致します」
「どういたしまして! おいらこそ、仕事をくれてありがとう。早く解決して良かったね」
差し出された封を捧げ持つように額の上へ掲げて、受け取った。初仕事の給金だ。
手応えがずっしり、とはいかないが気持ちはとても誇らしい。
山門から本堂に至るまで、本願寺には沢山の庫裏やら塔頭やらが建っている。
どれが何の用途の建物なのか、一見しただけでは外観の違いが見分けられない。
案内してもらわなければ迷子になりそうだ。
その内の一つの門をくぐり、中に入る。
「こちらです。奥へどうぞ」
「お腹すいたぁ! いい匂いがするなあ~」
玄関を上がり、部屋に通されると、四畳ほどの畳の間の中央に、お膳が二つ用意されていた。
いの一番にお膳に注目してしまったが、気づいてみれば部屋には誰もいない。
「あれ? 惣一郎は、どこへ行ったの?」
「いけない、伝えそびれておりました。惣一郎殿は急用を伝えに来た御使者と、先にお帰りになりましたよ」
「帰っちゃったの? お昼も食べずに?」
「驚くのも無理はありません。けれどどうにもお急ぎだったようで。お悠耶は着替えの最中でしたしね、拙僧が責任を持ってお送りするとお約束致しました」
「ふぅん……。おいら一人で帰れるけど。まあいいや、じゃあこのお膳は深如のなんだね。もう食べてもいい?」
あれだけ惣一郎自身が送ると主張していたのに、悠耶に一言もなく帰るなんてどれほど急ぎの要件だったのだろう。
悠耶は先刻、深如と口論していた惣一郎の剣幕を思い出し、訝しんだ。
だが腹の虫の騒ぎ方が尋常じゃない。
すぐにどうでも良くなって昼飯が頭を占拠した。
「勿論ですとも。どうぞ召し上がれ」
お膳の上には、握り飯と蕪の漬物、味噌汁に、《長谷屋》から頂いてきた豆腐の奴が並んでいる。
悠耶は瞬く間にお膳の前に陣取り、手を合わせた。
「豪華な昼飯だなあ。頂きまーす!」
お腹がぺこぺこで、まずは顔半分もある握り飯に噛り付いた。
塩が効いていて実に美味い! 漬物も、外が暑いからしょっぱいくらいでちょうど良い。
「こんなに美味いもの、いつも深如は食べているの? 惣一郎は食べられなくて可哀想だなあ」
「お悠耶が奮闘して下さったので、いつもより品数が増えましたよ。見事なお手並みでございました。拙僧もご相伴にあずかります」
深如は悠耶の向かいに腰を下ろし、静かに手を合わせる。
箸を取った。悠耶は食事の手は休めず、静かに食べ進める深如をじっと見た。
食べ始めたら、一言も喋らず物音の一つも立てない。食事の所作にも無駄がない。
深如と食事を共にするのは昨日の《山田屋》と併せて、これで二回目だ。
だが当然、毎日二度三度は食事をしているわけで……
ひらりひらりと箸の先で掬われたおかずが、音もなく胃の腑に収まって行く。
柔らかい蕪とはいえ、漬物すら無音で口内を通過させた。
「ぶぶっ、ふはははっ! 深如、大したもんだなあ!」
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