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古着屋に妖怪現る
6話
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「お悠耶が? どうかしたか」
「いいえ、何もございません。失礼します」
幸は顔を伏せ、盆を手繰ると、さっと退室してしまった。
多少、気にはなる。
だが、悠耶が変な目で見られるのはいつもだ。
それより今は悠耶だ。目の前の菓子を食いたいが、惣一郎が許可を出すのを、目を輝かせて待っている。
これで「常識をわきまえ」ようとしているのだから笑わせる。悠耶は変に気取らないところが長所なのに。
「お悠耶の菓子だよ、茶が冷めないうちにどうぞ」
「いいの!? ありがとう」
言うが早いか、悠耶は梅を象った小粒の落雁を、一口で頬張った。うっとり、頬を綻ばせる。
幸せそうな悠耶を前にして、惣一郎は一息ついた。
やっと二人きりになれた。
悠耶といると、時々自分でもどうしたら良いのかわからなくなる時がある。
だから、家人に悠耶といる姿を見られるのは強直する。
初めて見た時は、好みの男子だと思っていた。
だから自分のものにしたくて近付いた。
なのに、実は女子だった。
(俺は……、女は好きじゃねえ……)
頬を緩めて甘味を堪能している悠耶は、とてつもなく可愛らしい。今まで心を寄せたどこの誰よりも。
けれどそれは今だけかもしれない。いずれは女らしく変わってしまうやもしれない。
これからどうしたら良いか。
自分を好いて欲しいとも思うが、気軽な気持ちで手を出してはいけないような気もする。
惣一郎はきらきらした瞳で菓子の一粒一粒の形を確かめている悠耶を眺めた。
黒く粒の大きな眼。生まれたばかりの赤子を思わせる、きめ細やかな肌。
古びた着物の端からすらりと伸びる手足。
ふっくらした頬が軽快に上下に動いている。
「お悠耶は本当に美味そうにものを食うねえ」
「だって、美味いんだもの。惣一郎も食ってごらん。そうか、食いづらいね。食わせてあげるよ」
「えっ、いやあ、いいって、俺は……」
悠耶は返事を待たずに菓子を手に取った。
有無を言わせず布団に座っていた惣一郎に迫る。
気恥ずかしくて僅かに抵抗する。
だが、実は嫌じゃない惣一郎は口に菓子を放り込まれ、押し黙った。
落雁は静かに溶け、仄かな甘みが口の中に広がる。
一昨日は勢いに任せて酷い目にあったが、苦労が報われた気がする。
「ねっ、美味いでしょ。お茶は?」
「茶は冷ましてから飲むよ。ありがとう」
悠耶は湯呑みを持ち上げ、そのまま自分で茶を飲むかと思われた。
が、飲み口にふうふう息を吹き掛け「こんなんじゃ、冷めないかな」と首を傾げている。
惣一郎に飲ませようと茶を冷ましている。
「お悠耶、俺はいいんだって。赤子じゃあるまいし」
「怪我して動けないんなら、赤子と一緒だよ。おいらのせいなんだから、おいらが面倒を見なくっちゃ」
何も考えていなさそうに見えて、悠耶は悠耶なりに事件を受け止めていたようだ。
部屋に残ると言ったのも、単にお茶菓子が目当てだけではなかったのかもしれない。
断りきれず、結局、茶も飲む。
「いいえ、何もございません。失礼します」
幸は顔を伏せ、盆を手繰ると、さっと退室してしまった。
多少、気にはなる。
だが、悠耶が変な目で見られるのはいつもだ。
それより今は悠耶だ。目の前の菓子を食いたいが、惣一郎が許可を出すのを、目を輝かせて待っている。
これで「常識をわきまえ」ようとしているのだから笑わせる。悠耶は変に気取らないところが長所なのに。
「お悠耶の菓子だよ、茶が冷めないうちにどうぞ」
「いいの!? ありがとう」
言うが早いか、悠耶は梅を象った小粒の落雁を、一口で頬張った。うっとり、頬を綻ばせる。
幸せそうな悠耶を前にして、惣一郎は一息ついた。
やっと二人きりになれた。
悠耶といると、時々自分でもどうしたら良いのかわからなくなる時がある。
だから、家人に悠耶といる姿を見られるのは強直する。
初めて見た時は、好みの男子だと思っていた。
だから自分のものにしたくて近付いた。
なのに、実は女子だった。
(俺は……、女は好きじゃねえ……)
頬を緩めて甘味を堪能している悠耶は、とてつもなく可愛らしい。今まで心を寄せたどこの誰よりも。
けれどそれは今だけかもしれない。いずれは女らしく変わってしまうやもしれない。
これからどうしたら良いか。
自分を好いて欲しいとも思うが、気軽な気持ちで手を出してはいけないような気もする。
惣一郎はきらきらした瞳で菓子の一粒一粒の形を確かめている悠耶を眺めた。
黒く粒の大きな眼。生まれたばかりの赤子を思わせる、きめ細やかな肌。
古びた着物の端からすらりと伸びる手足。
ふっくらした頬が軽快に上下に動いている。
「お悠耶は本当に美味そうにものを食うねえ」
「だって、美味いんだもの。惣一郎も食ってごらん。そうか、食いづらいね。食わせてあげるよ」
「えっ、いやあ、いいって、俺は……」
悠耶は返事を待たずに菓子を手に取った。
有無を言わせず布団に座っていた惣一郎に迫る。
気恥ずかしくて僅かに抵抗する。
だが、実は嫌じゃない惣一郎は口に菓子を放り込まれ、押し黙った。
落雁は静かに溶け、仄かな甘みが口の中に広がる。
一昨日は勢いに任せて酷い目にあったが、苦労が報われた気がする。
「ねっ、美味いでしょ。お茶は?」
「茶は冷ましてから飲むよ。ありがとう」
悠耶は湯呑みを持ち上げ、そのまま自分で茶を飲むかと思われた。
が、飲み口にふうふう息を吹き掛け「こんなんじゃ、冷めないかな」と首を傾げている。
惣一郎に飲ませようと茶を冷ましている。
「お悠耶、俺はいいんだって。赤子じゃあるまいし」
「怪我して動けないんなら、赤子と一緒だよ。おいらのせいなんだから、おいらが面倒を見なくっちゃ」
何も考えていなさそうに見えて、悠耶は悠耶なりに事件を受け止めていたようだ。
部屋に残ると言ったのも、単にお茶菓子が目当てだけではなかったのかもしれない。
断りきれず、結局、茶も飲む。
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