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番外編

和貴の苦悩~番外編~

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「みゆき……」

(和貴くん……?)




 いよいよ寒さも本格的になろうとする12月初旬。

 気温も低く、間もなく太陽も沈もうとしているのに和貴の頬は赤く色づいていた。

 夕日のせいだけではない。

 眼差しは熱を帯び、何かを胸に秘めているようだ。

(いいなあ)

 相も変わらず非の打ち所のない横顔に、慣れてきたとはいえ深雪は劣等感を抱かずにはいられない。

 この美貌の半分でも自分にあれば、一緒に歩いていてももう少し釣り合いが取れるだろうに。

 和貴が足を止めた傍らに立ち、深雪はそんなことを考えていた。

「あのさ、今度の……」

 和貴は普段から口数の多い方ではないが、今日は一段と口の動きが鈍かった。










「今度の、にっ……」

 ――――あれ?

 今朝からずっと言いたかったことなのに、声が急に詰まり、和貴は自らの咽喉を押さえた。

 喉仏が鉛か何かにすり替わってしまったかのように重苦しい。

(どうして声が出ないんだ??)

 驚くべき肉体の変化に、和貴は激しく動揺した。

 思い切って切り出して、目的を達成しようと思っていたのに。



”今度の日曜日、空いてる?”



「今度の?」

 喉元を押さえ困惑していると、深雪が首をかしげながらこちらの顔を覗き込んでくる。

 上目がちに向けられた二つの澄んだ瞳。

(うわ、かわいい!)

 って!

 いやいや今はそんな場合じゃないだろ。確かに可愛いけど今は。

「今度の日曜……」

 そんな時じゃない。愛らしさに目的を見失ってはいけない。

 と、気を取り直して和貴は再度、目的と向き合った。

 こういうことは、躊躇ったら負けだ。一気に言ってしまわないとダメなんだ。

 なんとか言葉をつなげながら、無意識にポケットの中身を握り締めた。

 そうだ、目的はこれだ。

 ここへ深雪を誘って連れ出す。それこそが本日最大の目的であり、課せられた使命だ。

 そのために何度、頭の中でシュミレーションを重ねただろう。

 他人ひとから譲ってもらったチケットとはいえ、不自然さはないか。

 下心が透けないように細心最大の注意を払わなければいけない、などと。慎重を期して誘い文句を練り上げた。

(――いや、ほんとは下心くらい知れたっていいんだ。だって、本心だし、深雪だって、俺がで見てるくらい、分ってる。……はず)

 可能なら、彼女の前では格好良くありたい。

 けれど、そんなちっぽけな矜持はこの際どうでもいいのだ。この、大いなる目的の前には。

 深雪が「うん」とさえ言ってくれれば、何でもいい。

 それに「うん」と言わせる準備はある。

 準備周到な画策をして、卑怯だとは思わないのか? と良心がささやかないでもない。

 だが、そんなことでひるむ俺ではない!

 誘ったことが罪になるというのなら、甘んじて罰を受けよう。

 今まで散々考え抜いた台詞を、和貴はようやく喉の奥から引き上げた。





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