131 / 131
サプライズ
10
しおりを挟む
そこでようやく腕から降ろされ、エスコートがネンゲルに引き継がれる。
ヴァイスは先に礼拝堂へと入り、金で装飾された重厚な扉が閉じられた。
「扉が開いたら、入場するよ。祭壇まで歩いて行って、誓いの言葉を交わす。司祭様の指示に従えば大丈夫だ」
「はい……」
複数人の前での儀式。わかっていたはずなのに、急に現実味を帯びて、ピリッと背筋が伸びる。
抱っこされて連れられている場合ではなかった……。
「司祭はマグヌス猊下が引き受けてくださった」
(えっ、マグヌス猊下って、あの)
「猊下は我がヴォルクス教の最高指導者だ。猊下が祝福を授けることに、大きな意味がある。心配いらないよ、シオンに負い目を感じているようだった。引き受けることで、少しでも借りを返したいのではないかな」
不安な心がそのまま顔に出ていたようだ。
ネンゲルはシオンを安心させようと軽口を叩いて見せた。
「心配だなんて。身に余る光栄です」
声にして口に出すと、緊張と強張りがふっと解ける。
今日は有り難く、全面的に善意として受け止めさせていただこう。
ネンゲルは気をよくしたように微笑むと、サッとヴェールを下ろし手を腕にかけさせる。
流石というか、王太子ともなるとエスコートも随分と手慣れている。
蝶番の擦れる音がして、扉が開かれた。
「さあ、行こうか」
厳かに促されて、シオンは礼拝堂へと足を踏み出した。
扉から祭壇まで、一本の道となる絨毯の上を一歩ずつ慎重に進む。
礼拝堂はとても広く、天井が高く作られていて、長椅子が左右に整然と並んでいる。
結婚の誓いの儀に集ってくれたのは、教会や王室の関係者のようだ。
左方の一番奥に国王・皇后両陛下が、手前に高位の文官が並び座している。
右側にはリラを抱いたセシルを始め、先日のサロンで知り合った夫人たちが着席していた。
シャルロットもいる。
隣にいる壮年の男女は両親だろうか。するとそちら側が母方の縁者かもしれない。
シャルロットは嫉妬とも羨望とも取れる複雑な表情で一点をじっと見つめている。
目線の先にいるのはヴァイスだ。
祭壇の真上の天井には、立派なステンドグラスが嵌められ、陽光を煌めかせている。
その光の下でヴァイスが待っていた。
金糸の刺繍が施された白い衣装に身を包んで、いかにも王子然とした佇まいで。
光景の美しさに、またじんわりと涙が浮かんできた。
(ダメよ、今はまだ、泣いちゃ……)
シオンは眉間にギュッと力を込めて、涙を堪えた。
泣いたら景色が朧になる。
そんなのは嫌だ。
この光景を、しっかりと目に焼き付けておきたい。
何十年経っても、色鮮やかに思い出せるように。
だから、シオンも精一杯の微笑みを浮かべる。
ヴァイスの記憶にも、笑顔のシオンを残したい。
この日この時が、これから始まる輝かしい日の門出だから。
fin
ヴァイスは先に礼拝堂へと入り、金で装飾された重厚な扉が閉じられた。
「扉が開いたら、入場するよ。祭壇まで歩いて行って、誓いの言葉を交わす。司祭様の指示に従えば大丈夫だ」
「はい……」
複数人の前での儀式。わかっていたはずなのに、急に現実味を帯びて、ピリッと背筋が伸びる。
抱っこされて連れられている場合ではなかった……。
「司祭はマグヌス猊下が引き受けてくださった」
(えっ、マグヌス猊下って、あの)
「猊下は我がヴォルクス教の最高指導者だ。猊下が祝福を授けることに、大きな意味がある。心配いらないよ、シオンに負い目を感じているようだった。引き受けることで、少しでも借りを返したいのではないかな」
不安な心がそのまま顔に出ていたようだ。
ネンゲルはシオンを安心させようと軽口を叩いて見せた。
「心配だなんて。身に余る光栄です」
声にして口に出すと、緊張と強張りがふっと解ける。
今日は有り難く、全面的に善意として受け止めさせていただこう。
ネンゲルは気をよくしたように微笑むと、サッとヴェールを下ろし手を腕にかけさせる。
流石というか、王太子ともなるとエスコートも随分と手慣れている。
蝶番の擦れる音がして、扉が開かれた。
「さあ、行こうか」
厳かに促されて、シオンは礼拝堂へと足を踏み出した。
扉から祭壇まで、一本の道となる絨毯の上を一歩ずつ慎重に進む。
礼拝堂はとても広く、天井が高く作られていて、長椅子が左右に整然と並んでいる。
結婚の誓いの儀に集ってくれたのは、教会や王室の関係者のようだ。
左方の一番奥に国王・皇后両陛下が、手前に高位の文官が並び座している。
右側にはリラを抱いたセシルを始め、先日のサロンで知り合った夫人たちが着席していた。
シャルロットもいる。
隣にいる壮年の男女は両親だろうか。するとそちら側が母方の縁者かもしれない。
シャルロットは嫉妬とも羨望とも取れる複雑な表情で一点をじっと見つめている。
目線の先にいるのはヴァイスだ。
祭壇の真上の天井には、立派なステンドグラスが嵌められ、陽光を煌めかせている。
その光の下でヴァイスが待っていた。
金糸の刺繍が施された白い衣装に身を包んで、いかにも王子然とした佇まいで。
光景の美しさに、またじんわりと涙が浮かんできた。
(ダメよ、今はまだ、泣いちゃ……)
シオンは眉間にギュッと力を込めて、涙を堪えた。
泣いたら景色が朧になる。
そんなのは嫌だ。
この光景を、しっかりと目に焼き付けておきたい。
何十年経っても、色鮮やかに思い出せるように。
だから、シオンも精一杯の微笑みを浮かべる。
ヴァイスの記憶にも、笑顔のシオンを残したい。
この日この時が、これから始まる輝かしい日の門出だから。
fin
113
お気に入りに追加
343
この作品の感想を投稿する
あなたにおすすめの小説
【完結】白い結婚成立まであと1カ月……なのに、急に家に帰ってきた旦那様の溺愛が止まりません!?
氷雨そら
恋愛
3年間放置された妻、カティリアは白い結婚を宣言し、この結婚を無効にしようと決意していた。
しかし白い結婚が認められる3年を目前にして戦地から帰ってきた夫は彼女を溺愛しはじめて……。
夫は妻が大好き。勘違いすれ違いからの溺愛物語。
小説家なろうにも投稿中
ひとりぼっち令嬢は正しく生きたい~婚約者様、その罪悪感は不要です~
参谷しのぶ
恋愛
十七歳の伯爵令嬢アイシアと、公爵令息で王女の護衛官でもある十九歳のランダルが婚約したのは三年前。月に一度のお茶会は婚約時に交わされた約束事だが、ランダルはエイドリアナ王女の護衛という仕事が忙しいらしく、ドタキャンや遅刻や途中退席は数知れず。先代国王の娘であるエイドリアナ王女は、現国王夫妻から虐げられているらしい。
二人が久しぶりにまともに顔を合わせたお茶会で、ランダルの口から出た言葉は「誰よりも大切なエイドリアナ王女の、十七歳のデビュタントのために君の宝石を貸してほしい」で──。
アイシアはじっとランダル様を見つめる。
「忘れていらっしゃるようなので申し上げますけれど」
「何だ?」
「私も、エイドリアナ王女殿下と同じ十七歳なんです」
「は?」
「ですから、私もデビュタントなんです。フォレット伯爵家のジュエリーセットをお貸しすることは構わないにしても、大舞踏会でランダル様がエスコートしてくださらないと私、ひとりぼっちなんですけど」
婚約者にデビュタントのエスコートをしてもらえないという辛すぎる現実。
傷ついたアイシアは『ランダルと婚約した理由』を思い出した。三年前に両親と弟がいっぺんに亡くなり唯一の相続人となった自分が、国中の『ろくでなし』からロックオンされたことを。領民のことを思えばランダルが一番マシだったことを。
「婚約者として正しく扱ってほしいなんて、欲張りになっていた自分が恥ずかしい!」
初心に返ったアイシアは、立派にひとりぼっちのデビュタントを乗り切ろうと心に誓う。それどころか、エイドリアナ王女のデビュタントを成功させるため、全力でランダルを支援し始めて──。
(あれ? ランダル様が罪悪感に駆られているように見えるのは、私の気のせいよね?)
★小説家になろう様にも投稿しました★
旦那様は大変忙しいお方なのです
あねもね
恋愛
レオナルド・サルヴェール侯爵と政略結婚することになった私、リゼット・クレージュ。
しかし、その当人が結婚式に現れません。
侍従長が言うことには「旦那様は大変忙しいお方なのです」
呆気にとられたものの、こらえつつ、いざ侯爵家で生活することになっても、お目にかかれない。
相変わらず侍従長のお言葉は「旦那様は大変忙しいお方なのです」のみ。
我慢の限界が――来ました。
そちらがその気ならこちらにも考えがあります。
さあ。腕が鳴りますよ!
※視点がころころ変わります。
※※2021年10月1日、HOTランキング1位となりました。お読みいただいている皆様方、誠にありがとうございます。
初耳なのですが…、本当ですか?
あおくん
恋愛
侯爵令嬢の次女として、父親の仕事を手伝ったり、邸の管理をしたりと忙しくしているアニーに公爵家から婚約の申し込みが来た!
でも実際に公爵家に訪れると、異世界から来たという少女が婚約者の隣に立っていて…。
最初から勘違いだった~愛人管理か離縁のはずが、なぜか公爵に溺愛されまして~
猪本夜
恋愛
前世で兄のストーカーに殺されてしまったアリス。
現世でも兄のいいように扱われ、兄の指示で愛人がいるという公爵に嫁ぐことに。
現世で死にかけたことで、前世の記憶を思い出したアリスは、
嫁ぎ先の公爵家で、美味しいものを食し、モフモフを愛で、
足技を磨きながら、意外と幸せな日々を楽しむ。
愛人のいる公爵とは、いずれは愛人管理、もしくは離縁が待っている。
できれば離縁は免れたいために、公爵とは友達夫婦を目指していたのだが、
ある日から愛人がいるはずの公爵がなぜか甘くなっていき――。
この公爵の溺愛は止まりません。
最初から勘違いばかりだった、こじれた夫婦が、本当の夫婦になるまで。
【完結】家族にサヨナラ。皆様ゴキゲンヨウ。
くま
恋愛
「すまない、アデライトを愛してしまった」
「ソフィア、私の事許してくれるわよね?」
いきなり婚約破棄をする婚約者と、それが当たり前だと言い張る姉。そしてその事を家族は姉達を責めない。
「病弱なアデライトに譲ってあげなさい」と……
私は昔から家族からは二番目扱いをされていた。いや、二番目どころでもなかった。私だって、兄や姉、妹達のように愛されたかった……だけど、いつも優先されるのは他のキョウダイばかり……我慢ばかりの毎日。
「マカロン家の長男であり次期当主のジェイコブをきちんと、敬い立てなさい」
「はい、お父様、お母様」
「長女のアデライトは体が弱いのですよ。ソフィア、貴女がきちんと長女の代わりに動くのですよ」
「……はい」
「妹のアメリーはまだ幼い。お前は我慢しなさい。下の子を面倒見るのは当然なのだから」
「はい、わかりました」
パーティー、私の誕生日、どれも私だけのなんてなかった。親はいつも私以外のキョウダイばかり、
兄も姉や妹ばかり構ってばかり。姉は病弱だからと言い私に八つ当たりするばかり。妹は我儘放題。
誰も私の言葉を聞いてくれない。
誰も私を見てくれない。
そして婚約者だったオスカー様もその一人だ。病弱な姉を守ってあげたいと婚約破棄してすぐに姉と婚約をした。家族は姉を祝福していた。私に一言も…慰めもせず。
ある日、熱にうなされ誰もお見舞いにきてくれなかった時、前世を思い出す。前世の私は家族と仲良くもしており、色々と明るい性格の持ち主さん。
「……なんか、馬鹿みたいだわ!」
もう、我慢もやめよう!家族の前で良い子になるのはもうやめる!
ふるゆわ設定です。
※家族という呪縛から解き放たれ自分自身を見つめ、好きな事を見つけだすソフィアを応援して下さい!
※ざまあ話とか読むのは好きだけど書くとなると難しいので…読者様が望むような結末に納得いかないかもしれません。🙇♀️でも頑張るます。それでもよければ、どうぞ!
追加文
番外編も現在進行中です。こちらはまた別な主人公です。
夫が寵姫に夢中ですので、私は離宮で気ままに暮らします
希猫 ゆうみ
恋愛
王妃フランチェスカは見切りをつけた。
国王である夫ゴドウィンは踊り子上がりの寵姫マルベルに夢中で、先に男児を産ませて寵姫の子を王太子にするとまで嘯いている。
隣国王女であったフランチェスカの莫大な持参金と、結婚による同盟が国を支えてるというのに、恩知らずも甚だしい。
「勝手にやってください。私は離宮で気ままに暮らしますので」
探さないでください。旦那様は私がお嫌いでしょう?
雪塚 ゆず
恋愛
結婚してから早一年。
最強の魔術師と呼ばれる旦那様と結婚しましたが、まったく私を愛してくれません。
ある日、女性とのやりとりであろう手紙まで見つけてしまいました。
もう限界です。
探さないでください、と書いて、私は家を飛び出しました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる