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奥様は・・・な魔術師

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 寂しいなどと、勘違いされては困る。慌てて否定する。

「でもすぐ、ひょっこり帰っていらっしゃいますよ」

 こちらの動揺など気にかけた様子もなく、サラはいつも通りの柔和な笑顔を浮かべた。

 シオンよりもヴァイスと付き合いが長いサラにとっては日常茶飯事なのだろう。

 しかし、噂をすれば影がさすとはよく言ったもので、こちらの世界にも当てはまるようだ。

 見覚えのある青い光が、シオンの視界に入った。

 目をやれば入り口の扉の真ん中あたりが丸みを帯びて輝き、光の中央に影が浮かんだ。

 影は朧に人の形を取る。

 前回とは異なり、青白い光の中に、うっすらと描かれた円陣が見てとれた。

(これが、ヴァイスの構築した、転移の陣……!)

 僅かながら魔術をかじったお陰で、陣の概要は理解できた。

 魔術を用いて転移できる人間を他に知らない。

 初級とはかけ離れた緻密な光の紋様に、シオンは魅入った。

「ただいま、シオン」

 今回は確かな足取りで、光の中からヴァイスが歩み出た。

 一歩、右足をついたかと思うや否や、あっという間にシオンに接近する。

 躊躇のなさに、シオンはうっかり逃げ遅れた。

 気づいた時には抱き締められていて、急な温もりに思わず息を止める。

「言われた通り、早く帰った。歓迎してくれないのか」

「お帰りなさい。早く帰って来てくれたのは嬉しいわ。でも、急にこういうことするのやめて」

 やんわりと胸を押し退けながら、ヴァイスの様子を観察した。

 特段、悪いところはなさそうで、そこだけは安心する。

「こういうこと、とは? 魔術での転移か? 先触れなく帰宅したことか?」

 普通じゃない選択肢が簡単に挙がって、シオンは呆れて笑いそうになる。

「全部、急すぎてびっくりしちゃうの。この前は緊急事態だったから仕方ないとして、心の準備がない時に突然何かされるのって心臓に悪いわ」

「そうか、それはすまない。なら事前に言えば良いのか?」

「うん。帰宅の時はせめて玄関からお願い。……ううん、門から帰ってくてくれれば、皆んなで貴方をお迎えできるから、門がいいわね」

 ヴァイスは生まれも育ちも”普通じゃない”から、普通の感覚がない。

 済んでしまった過去はもう変えられないが、それなら少しずつでも”普通”を理解してもらいたい。

 こちらの都合を押し付けて、多少心苦しいが、歩み寄ってもらえれば、普通の側からも好意を伝えやすいのではないか。

 お出迎え一つ取っても、魔術で勝手に帰ってこられては、帰宅を歓迎する隙もない。

 普通、お城に住んでいるような偉い人は、馬車で帰宅し、門番から家令から執事からメイドまで、大勢の使用人が出迎えてくれる者だろう。

 シオンが昔読んだ漫画だと、貴族にはそんなイメージがある。

 シオンは我ながら良い例えだと頷いた。

 せっかく帰ってきた主に対して、つれない態度を取るのも気が引ける。

 普通に門から帰って来てくれれば伝令も行き届いて、城の皆が主人をあるべき姿で迎え入れられるだろう。

 勿論、シオンも。

 そうされればヴァイスだって嬉しいはずだ。

「門から帰れば、シオンが出迎えて抱き締めてくれるのか?」

「んん?」

 だが、ヴァイスには正しい意味で伝わらなかった。

「そうか。ではやり直そう」

 えっ、と声が出た時には、もうヴァイスは再び転移の陣を展開していた。

 その場は光の収束とともに、物音一つしなくなる。

 シオンはサラと目を見合わせた。

「やり直すって、まさか」

「恐らく大公様は門まで移動されたのでしょう。……奥様に出迎えられたくて」

 神妙な顔で呟いた後、サラはふふっと笑みを零した。

「城の皆で大公様をお迎えできるなんて、初めてですよ。奥様、流石でございます。セシル、リラ様をお連れできるかしら?」

「お任せください。さ、奥様、参りましょう」

「あんなに嬉々とした大公様のお顔は初めて見ました。では私は皆に声を掛けて参りますね」

(え……、えぇえーーーそうなるの???)

 多分サラの言う通り、ヴァイスは門まで文字通り飛んで帰って、帰宅をやり直すつもりだろう。

 シオンが出迎えて、抱きしめるのを期待して。

 皆の前で公開ハグするのかよ、と思い至って、目の前が白くなる。

 軽い目眩を覚えて、シオンは瞑目した。

 喜び勇んで部屋を出たサラを追うセシルが、扉のところでシオンを振り返る。

「奥様? 参りましょう。間に合わなかったら、楽しみにしてらっしゃる大公様が、がっかりされてしまいますわ」

 自らが蒔いた種を、こんなにも早く刈り取らねばならないのか。

 こんなことなら余計な口出しをせず、甘んじて抱擁を受け入れていれば良かったと、後悔せずにはいられないシオンだった。
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