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新しい世界

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 翌朝の新聞には、サンフラン公爵令嬢ウィルマ、公爵家に仕えるカール・モラン、及びその侍女マリアの、エミリア暗殺未遂事件が大々的に報じられた。

 記事にはサンフラン嬢とヴォルティア王フィリップとの密通も記載されており、ウィルマが、フィリップへの不義密通のためにエミリアに嫉妬し、陥れようとした事実も記されていた。

 サンフラン公爵家は娘ウィルマの犯行を認め、謝罪を表明した。

 国家への忠誠は変わらないとして、今後二度と同様の事態が起こらないよう万全を期すと述べるに留めた。

 本来ならば公開前に握りつぶされるべき醜聞が、こうもあっさり世に出回ったのは、事件発生直後にヴァルデリア王国が、間諜や内通者の一斉摘発を要請し、サンフラン公爵家への家宅捜索を断行したためだ。

 しかしヴォルティア王家が最も事実を伏せたかったエミリアへの冒涜・軟禁を、ヴァルデリアの要求を呑む代わりに不問に帰すこととした。

 それはエミリアの、大いなる温情による――。

「いっ、たぁあ……っ」

 エミリアは、とうとう堪え切れずに悲鳴を上げた。

「我慢するんだ」

 ガーゼで消毒を施しながら、エドワードが叱咤した。

「でも……っ、痛いものは痛いんです」

 エミリアの座る椅子の前にはテーブルがある。

 その天板の上には湯を張った大きな桶が置かれていた。

 傍らには手桶も添えられている。

 消毒の後、エミリアの右手には包帯が巻かれた。

(まるで拷問のよう……)

 ウィルマと御者によって怪我を負わされた日――結局、その晩には出血多量による貧血を起こし、ライネル湖畔で応急の処置を受けた。

 翌日には医師による診察も受けた。

 大事に至らなかったため、落ち着かないながらにも安静にして、痛み止めを飲んで過ごした。

 受け入れてくれる準備はあると聞いたが、ヴァルデリアには、万全な体制で向かいたかった。

 よって、未だライネル湖畔に留まっている。宿屋の一室を根城に、療養させてもらっていた。

 軽症と言えど、怪我が治った訳ではない。

 消毒の度に、針を刺されるように痛む。

「そんなに痛いのが嫌なら、どうして無茶をしたんだ」

「無茶はしてません。考え無しに動いた訳でもありません」

 エミリアは、口を尖らせた。エドワードは溜息を吐くと、エミリアの向かいに腰を下ろした。

 口元に、薬湯の入ったカップを運んでくれた。

 独特の苦みを含んだ香りが、鼻をつく。

 エミリアは顔を顰めた。

 口に含むと、さらに苦い薬湯をカップ一杯分飲み干した。あまりの苦さに、目を潤ませる。
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