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意地

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「追いなさい!」

 ウィルマが叫んだ。

 三人の中で、一番身軽な人物は侍女だろう。

 侍女を筆頭に、集団の足音が追って来る。

 エミリアはスカートのすそをたくし上げ、木間を縫って大きく迂回した。

 最終的には馬車のあった場所に出るように。

 単に攪乱するためではない。

 踵のあるパンプスは、途中で脱ぎ落した。

「はぁ、はぁ」

 やっとの思いで元の場所へ舞い戻る。

 ウィルマが何事か罵声を浴びせたが、構わず御者席によじ登った。

「何を……!」

 脇目を振らず、真っすぐ、馬に鞭を振るった。

 馬は唐突な指令に嘶き、前脚を上げると、走り出した。

「きゃぁあっ……!」

 客車を引いているので、そこまでのスピードは出ない。

 しかし、制御ができないため、馬は 暴走し、客車をあちこちにぶつけながら走る。

「何てことを……!?」

 ウィルマは頭を抱えて悲鳴を呑み込んだ。

 エミリアは必死に台に齧りつく。

 確かに無謀な手段ではある。

 けれど黙って捕まるくらいなら、怪我をする方が数段ましだ。

 少しでも遠ざかり、少しでも目くらましになればいい。

 馬車が使い物にならなければ、エミリアを攫えない。

 馬は、興奮に任せて2,600フィート(およそ800m)ほども進んだが、間もなく、失速した。

 頸を二、三度振り回し、蹄を掻く仕草を繰り返すとその場で動きを止めた。

 恐る恐る周囲を見回すと、客車の車輪が片方外れて横倒しになっていた。

 もう馬車を動かすこともできないだろう。エミリアは御者台から飛び降りると、そのまま地面にへたり込んだ。

(すぐに追ってくるかしら?)

 いや、来るだろう。

 だが、作戦の変更は余儀なくされている。

 すぐには動けないはずだ。

 がくがくと、恐怖で足が竦んでいる。しばらく、身体を休めたいところだが、そうもしていられない。

 裸足のまま、どの方角へ進むべきか逡巡した。

 もうすぐ、桟橋だ。城門前へ出れば門衛がいる。

 馬車の残骸を見れば、エミリアが周辺にいるだろうと予測がつく。

 城門まで、間に合うだろうか。

 しかし、馬を失い、ドレスでの逃避行は困難を極める。

(どうすればいい? 人目に触れさえすればいい。多勢に無勢だけれど、有利なのは私のほうよ……)

 八方塞がりの心境だったが、敢えて、エミリアは自分に都合の良い解釈で自分を鼓舞した。

 敷地は広大だが、自然の森とは違う。馬車の暴走も、それなりの騒音だ。

 そろそろエミリアの不在も露見するだろう。捜索が始まれば、ウィルマたちも諦めざるを得まい。

 動悸と荒れる呼吸を鎮めてさっと周囲を見回す。

 木立が揺れる音を聞きつけて、はっと振り仰いだ。

 木登りなど、した経験がない。

 だが、倒れた客車を足場にすれば、登れなくもなさそうだ。

 迷っている暇はない。

 客車から幹へ、手をかけて、半ば這うように登っていく。中ほどまで来ると、傾斜が急になった。

 落ちないように、幹にしがみつく。

 生い茂った枝葉で視界が悪い。それでも懸命に目を凝らし、辺りを窺った。
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