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復讐

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 同時刻、フィリップは自室でウィルマの介抱を受けていた。

 いや、介抱というよりは一方的な来訪だった。

 父アンゲリクスと母マルティナの目を掻い潜って、こんな夜更けにウィルマはフィリップの部屋に尋ねて来た。

 両親はエミリアが帰城したばかりのタイミングに、ウィルマと距離を置かせたいようだった。

「エミリア様はお部屋から出られないのですから、心配いりませんよ」

 だが、当のウィルマはこの通り、言いつけを守りもしない。

 しかし、理由ももっともだ。

「それより陛下、ヴァルデリアの王子に殴られたのですって? 凄いじゃありませんか」

 ウィルマは何のつもりか、失神して担ぎ込まれたフィリップを褒め称えた。

「何がすごいんだ。私は殴られた側だぞ」

「だって、今までは一方的にフィリップ様のお立場が悪目立ちしていたのに、あちらが手を出したならお相子ドローではありませんか。むしろ、強気に出る材料にできますわ」

 ウィルマは嬉々として続けた。

 そう言われると、痛い思いをしただけでなく、大きな成果を得られたようで、悪い気はしない。

「そうかな?」

「そうですよ! それで、エミリア様は何と?」

「私を殴ったのは自分だ。別れたい。と言ったそうだ。取りあえず、父上たちはうやむやにしようと動いてくれている」

「まあ! フィリップ様の事を殴っただなんて、エミリア様も随分と思い切ったことをなさいますわね。そうして上皇、両陛下がどう反応なさるか見ていたのね……」

 ウィルマは、感心して、頷いていた。

「陛下はヴァルデリアの王子様に『エミリア様を貸してやる』、と仰ったのよね?」

 明け透けな物言いに、フィリップはぎょっとした。

「貸してやる、とは言ってない。『預けてもいい』と言ったんだ」

 フィリップは言い方を改めたが、ウィルマは気にも留めない。

「それなのに陛下たちは離婚をお認めにならないのね。困ったわぁ」

「何が困るんだ?」

 フィリップは、寝台のシーツに身体を横たえたまま首を傾げた。

 ウィルマは目を細めて笑う。妖艶な笑みだ。まるでエミリアのように――いや、それ以上か?

(……何だ?)

 何かが引っ掛かる。しかし、はっきりとした確証を得られないまま、その違和感はするりと消えてしまった。

「それで、エミリア様は今後どうするつもりですの?」

「さあな。わからない」

「……そう」

 ウィルマは、深く追求しなかった。シーツの上に寝そべって、フィリップの胸に頬を寄せた。

「陛下は……私を愛してくださる? 今までのように……」

 うっとりと目を閉じる。以前と同じ、慣れた仕草だ。

(――ん?)

 再び違和感を覚えるが、その引っ掛かりの正体を掴めない。

「ウィルマ、まだ何か用があるのか? 今日は、流石に無理だ」

 ウィルマは顔を上げて、フィリップを真っ直ぐに見つめた。

 その瞳に見つめられると、心の奥がざわつくような、落ち着かない気持ちになる。

「私は陛下の愛妾ですもの、陛下の命に従いますわ」

 とウィルマは微笑んだ。

「でも、まだ朝までは時間がありますわ。だから、陛下ともっと触れ合っていたいの」

「……ウィルマ、今は無理だと言っただろう」

 フィリップは顔を背けた。だが――拒みきれない。身体がいうことをきかない。

 これはきっと沈痛用の薬のせいだ。そうに違いないと思うけれど……。

「陛下、エミリア様のことはお忘れになって。だって……」

 ウィルマは、フィリップの頬に両手を添えた。正面から見つめられる。深い紫色の瞳に吸い込まれそうになる。

「エミリア様は形だけの妻で、本当に愛しているのは私なのでしょう?」

(何だ?)

 先程も感じた違和感。その引っ掛かりが、何か。掴めそうで掴めない。

「ああ。愛してるさ」

 フィリップは、いつもと同じように答えた。

 何を感じているのか、自分でもよくわからないまま、フィリップはウィルマの華奢な身体を抱きしめていた。
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