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事件

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 観劇前にハイティーを摂ったので、水分補給は軽くに留めた。
 
 窓の外では、日が落ちて夜風が冷たくなり始めていた。

 空はもう夜の色だ。

「今日はとても楽しかったわ。エドワード様」

 彼女が沈黙を破ると、周りの空気が明るくなる気がする。エドワードは、その声の響きに耳を澄ました。

「そうか。それは良かった」

「エドワード様のおかげよ。ありがとう」

 素直に感謝されて、胸がじんわりと温かくなった。

 まるで幸福な夢の中にいるような気分だ。

「貴女が楽しかったなら、私も嬉しい。またこうして誘っても良い?」

 エドワードは正直に自分の気持ちを吐露した。

(貴女とこうして過ごす時間を、私がどれほど望んでいたか)

 エミリアの笑顔があれば、他には何もいらない。

 女性と一緒にいて、こんな気持ちになるのは初めてだ。

 エミリアの美しさに、エドワードは一目惚れをした。

 だが、今はそれら、外見だけではない。

 エミリアの優しい心根や、ユーモアに感性、すべてに惹かれている。

 もっと一緒にいたい。

 彼女は愛らしい女性でもあり、気易い友のようでもあった。

 会話をしていて自然に楽しい気持ちになる。

 社交には興味のないエドワードが、会話を楽しむなんて今までは考えられない。

 きっとエミリアは、神が巡り合わせてくれた、エドワードの運命の女性に違いない。

「エドワード様。もうすぐ宮殿ですわ。帰り道って、行きより早く感じませんか」

 帰りを惜しむエミリアの声に、エドワードは我に返る。

「ああ……そう、だね」

 名残惜しく思いながらも、一定のリズムを刻む馬の蹄の音に耳を傾けた。

 もう城に着く。

 二人の時間を終わらせなければならない。

 想いに沈み、次の言葉がなかなか見つからなかった。

「エミリア。ここから少し……歩かないか? その、まだ」

 ”離れ難い”

 エミリアは城に留まるのだし、会おうと思えば明日も会える。

 けれどもまだ、離れ難かった。

 あまりに幼い感傷に、口に出せないでいると、エミリアがそっと囁いた。

「ええ。歩きましょう」

 エドワードはエミリアの返答に安堵した。

「ここで降ろしてくれ。宮殿まで、歩いて行く」

 馬車の窓を開け、御者に合図をした。

 御者は一瞬驚きを見せたが、余計な疑問は投げかけずに了承してくれた。

「行こうか」

 二人を下ろし、馬蹄の音が遠ざかる。

 暗い林道は二人を残し、シンと静まり返った。

 道を、二人は肩を並べて歩き始めた。エドワードは、傍らを歩くエミリアに視線を向ける。

 見上げてくる彼女は、穏やかな微笑みを浮かべていた。

「こんなに楽しい一日を過ごしたのは初めてです。改めて、ありがとうございます」

「どういたしまして。……って、やり取りはさっきもしたな。でもそんなに気に入ってもらえたのなら、嬉しい」

 エドワードはふと、エミリアの手を取って繋いだ。

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