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事件

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 ウィルマは下がっている衣類を一通り眺めまわしてから、扉を締めた。

「そこはもう見た。……勝手に開けるな。エミリアの私物だ」

「それは、失礼しました。では、フィリップ様、この後は……」
 
 ウィルマは、フィリップにすり寄る。

「この後?」

 この状態をどうにかするまで、今後の動きなど決められない。

 フィリップは頭を悩ませたものの、溜息をつく間もなく第二の珍客が乱入した。

「まあ、話し声。エミリアの様子はもういいの?」

 あっと、気付いた時にはもう遅い。フィリップの視線の先、妻の部屋の入り口には、母である王太后、マルティナが立っていた。

 彼女の隣には夫――つまりフィリップの父、アンゲリクスがいた。

「父上、母上。何故ここに」

 見張りに侍女を一人立たせておいたが、上皇と王太后を退けられるわけがない。

「可愛い娘が病に臥せっているのよ。お見舞いに決まっているでしょ。貴方もせっせと顔を出して、お熱いこと」

「いけません、母上。エミリアは、その……」

「あら、サンフラン嬢もいらっしゃったの。ありがとう。気丈なエミリアが体調を崩すなんて、戴冠式に向けてよほど気を張り詰めていたのね。私、貴女の献身には常々感謝しているの……」

 マルティナは真っすぐベッドに向かう。

 フィリップは何か気を逸らす方法はないか、頭をフル回転させたが、時間が足りない。

「どういうこと? これは!?」

 空っぽのベッドを覗いて、一目でエミリアがいないと露見した。

「どうした。大きな声を出して」

 次いでアンゲリクスも、声にならない声を上げる。

「エミリアは、どこなの?」

 何の妙案も浮かばない内に、最も知られてはいけない相手に知られてしまった。

 万事休す! とフィリップは目を瞑る。

「申し訳ありません……陛下にまで秘密にしていたことを、お詫びします」

 すると、ウィルマが一歩進み出る。

「実は、一昨日の晩……フィリップ様は私を側妃として迎えたい……、とエミリア様に許しを請いに伺ったのです。私がフィリップ様にお頼みしました。でも、エミリア様は頑なに拒まれました」

「ウィルマ、何を言うんだ!?」

 驚きのあまり、ウィルマの口を塞ごうと手を伸ばす。

 しかし、彼女の方が一歩早くて、その腕を躱された。

「エミリア様にはご承服頂けず、怒って出て行ってしまわれました。でも、夜も更けていましたし、すぐ帰ってくると思っていたのですが……」

「フィリップ、それは本当か」

 アンゲリクスの声が、やけに遠くから聞こえる。

「本当です、父上」

 そう答えるしかない。マルティナは険しい顔をして、唇を戦慄かせた。声も出ないらしい。

「それで、捜索は? 手を拱いて待っていたんじゃなかろうな? どこかで気が済むまで、休ませているのだろ」

 アンゲリクスは、確認するように尋ねる。
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