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捨てられ王妃

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「離さない。離したら、……貴女は姿を隠してしまう」

「あまり強引な振る舞いをなさると、衛兵を呼びますよ」

「私がここで引き下がったら、貴女はひっそりと姿を消すおつもりだ」

 エドワードがただ、無体に〝手を離したら逃げる〟と引き留めているわけではないと察して、エミリアは抵抗を弱めた。

「貴方、今、何と」

「明日、訪ねたとしても、きっと貴女はもうここにはいない。そうでしょう? 私は二度と貴女に会えない。貴女はそれくらい、思い詰めた表情をしている。このような夜更けに、何事か、あったのでしょう」

 そんな顔を、しているだろうか。

 初対面の人間に見抜かれてしまうほど、感情を晒しているのか。

「では、エドワード様は私を慰めにいらしてくださったのね。お優しい方。……どちらにしても心配はご無用。考え過ごしですわ」

 動揺している間に、エドワードは更に身を乗り出していた。

 右手を捉えているのとは反対の腕が、エミリアの腰に近付く。

 エミリアは左手を精一杯伸ばし、エドワードの胸を押しのける。

 心配されている、弱い心を見抜かれている。

 優しい言葉に耳を傾けたら、我慢ができなくなる。

 心が破裂したら、誰がどう責任を取れるのか。

「慰めではない。私は、貴女を愛していると」

「愛など! 無責任な言葉で女性を惑わすのはお止しなさい!」

 エミリアは思わず声を荒げていた。エドワードを追い払いたい一心で。

 感情が昂り過ぎたせいで、刹那、身体がふっと軽くなる。

 ――いけない。

 虚血による、眩暈だと思われた。

 だが、違った。

「外見に似合わず、強情なお方だ……! 真実だと誓っているのに」

「えっ……え!?」

「では懇願するのは止めにします。強引に奪って行くとしましょう」

 よろめきかけた体を、エドワードが掬い上げていた。

 


 あっと息を呑んだ時には、軽々と欄干を飛び越えていた。

 


 星月夜の空中に、二人は投げ出された。

 侵入者に拉致される危機的状況にもかかわらず、エミリアは未知の感覚に言葉を失っていた。

 ユーグリア山脈から完全に姿を現わした新月の控え目な光と星々の瞬き。

 それらに包まれて空中を遊泳しているようだった。

「やはり、気丈な方だ。普通の女性ならあっという間に気を失ってくれるのに。けれどその分危険もある。私にしっかり捕まって」

 エミリアを攫うなら、エドワードは罪人だ。

 しかし、宙に放り出されて、エミリアは抵抗の意志をすっかり手放していた。

 エドワードの行為は至極乱暴なのに、仕草の全てが優しい。

 何処かに目掛けて体勢を整える今も、エミリアに極力負担が掛からないよう、包むように抱き直した。
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