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捨てられ王妃
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夜風に、梢がそよいだ音を聞き違えたのだろうか?
しかし、変わった所は見当たらない。
瞳が潤んで良く見えないので、ぎゅっと強く目を瞬いた。
溜まった涙がぽろぽろっと珠のように落ちる。
「あぁ、やっと会えた」
今度ははっきりと声がした。
エミリアは咄嵯に、手摺に身を寄せて、下を覗き込んだ。
「誰かいるの……っ」
「こんばんは」
そこに居たのは、暗闇に溶けるような、漆黒の髪の持ち主だった。
欄干に白い手袋が掛かったかと思うと、その人物は実にしなやかに舞い上がった。
夜闇の王宮の敷地には、何人たりとも入り込むことなどできない。
皇族の寝室には言わずもがなだ。
エミリアも本来ならば警戒しなければならないのに、今は只茫然と傍観していた。
――いや、目が離せなかった。
まるで羽でも生えているかのような軽やかさで、黒衣の人物はふわりとエミリアの隣に降り立つ。
「ご機嫌麗しゅうございます、エミリア妃」
流れるように膝を折り、礼をする姿は洗練されていた。所作には気品すら感じられる。
夜と同じ色のコートを羽織っているが、銀糸で施された緻密な刺繍が月明かりに煌めいている。
「ご機嫌麗しゅう……」
ほとんど反射的に挨拶を返しながら、今日の招待客の内の一人なのかしら……と、エミリアは推察した。
生地にも光沢があり、上等さが漂う。表地は恐らく絹製だ。
しかし、その客人がこのような場所にいる説明にはならない。
応答が遅れたが、エミリアは一歩退いた。
「いえ、貴方はどなた? このような時間に、何故ここに」
「私はヴァルデリア王国から祝辞に参りました、エドワードと申します」
(ヴァルデリア、エドワード……? 真実ならば、王族の一人ということになるけれど)
「そうですか……それで、どうして此処へ?」
エミリアは探るような目を向ける。
警戒しなければならない。しかし、不思議にも、ふとした瞬間に気を許しそうになる自分がいた。
「エミリア様、お一人で泣いてらっしゃいましたので」
エミリアはハッと頬を押さえた。
涙の後がうっすらと残っている。
拭いたかったが、今はハンカチすら持っていない。
その上、エドワードがいつの間にか距離を詰めていた。
エミリアの手の甲にそっと、自らの手を載せる。
「急に、何をなさるのです」
「貴女の涙を拭う栄誉を……私にください」
「……!」
エミリアは慌てて手を引っ込めようとしたが、相手の方が早かった。
あっという間に、指先で涙の跡に触れられる。
「止めてください。私は許可をしていませんのに」
しかし、変わった所は見当たらない。
瞳が潤んで良く見えないので、ぎゅっと強く目を瞬いた。
溜まった涙がぽろぽろっと珠のように落ちる。
「あぁ、やっと会えた」
今度ははっきりと声がした。
エミリアは咄嵯に、手摺に身を寄せて、下を覗き込んだ。
「誰かいるの……っ」
「こんばんは」
そこに居たのは、暗闇に溶けるような、漆黒の髪の持ち主だった。
欄干に白い手袋が掛かったかと思うと、その人物は実にしなやかに舞い上がった。
夜闇の王宮の敷地には、何人たりとも入り込むことなどできない。
皇族の寝室には言わずもがなだ。
エミリアも本来ならば警戒しなければならないのに、今は只茫然と傍観していた。
――いや、目が離せなかった。
まるで羽でも生えているかのような軽やかさで、黒衣の人物はふわりとエミリアの隣に降り立つ。
「ご機嫌麗しゅうございます、エミリア妃」
流れるように膝を折り、礼をする姿は洗練されていた。所作には気品すら感じられる。
夜と同じ色のコートを羽織っているが、銀糸で施された緻密な刺繍が月明かりに煌めいている。
「ご機嫌麗しゅう……」
ほとんど反射的に挨拶を返しながら、今日の招待客の内の一人なのかしら……と、エミリアは推察した。
生地にも光沢があり、上等さが漂う。表地は恐らく絹製だ。
しかし、その客人がこのような場所にいる説明にはならない。
応答が遅れたが、エミリアは一歩退いた。
「いえ、貴方はどなた? このような時間に、何故ここに」
「私はヴァルデリア王国から祝辞に参りました、エドワードと申します」
(ヴァルデリア、エドワード……? 真実ならば、王族の一人ということになるけれど)
「そうですか……それで、どうして此処へ?」
エミリアは探るような目を向ける。
警戒しなければならない。しかし、不思議にも、ふとした瞬間に気を許しそうになる自分がいた。
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エミリアの手の甲にそっと、自らの手を載せる。
「急に、何をなさるのです」
「貴女の涙を拭う栄誉を……私にください」
「……!」
エミリアは慌てて手を引っ込めようとしたが、相手の方が早かった。
あっという間に、指先で涙の跡に触れられる。
「止めてください。私は許可をしていませんのに」
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