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告白

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 ◇◆◇◆◇◆

【9/18 PM4:00】

「あっ、秋里あきさと先輩……呼び出してすみません……」

 公立中高一貫校の高等部と中等部の校舎が作る、L字のちょうど角となる部分。それは人気ひとけの少ない校舎ウラの花壇前である。
 そこへ放課後に可愛らしい手紙で呼び出された高等部1年の秋里 総司そうじは、内心の溜息を器用に隠して「いや、大丈夫。何の用?」と微笑んだ。

 待っていたのは地味女子を絵に描いたような女の子。黒髪を短めの二つ結びにして、顔の真ん中にはダサめの黒ぶちメガネ。多分スッピン。俯き、真っ赤になってもじもじとしている。
 総司はこの子を覚えていなかった。

 手紙の差出人は『中等部2年3組 布尾 纏ぬのお まとい』とあった。去年までは中等部3年だった総司と1年だった彼女に何かしらの接点はあったのかもしれないが、名前にも見覚えがない。
 しかし、日々外面を保つことに執心している総司が手紙を無視できるわけもない。渋々ではあるが呼び出された場所に素直に向かったのだ。

 まぁ……実を言うとこういうことは初めてではない。だから恨みを買わず、かといって勘違いもさせず、如何にさっくりと話を終わらせようかと総司は考えていた。

「あ……あの、あの、あの……」
「ごめん、俺急いでるんだよね。手短にして貰っていいかな?」

 一向に話が進まない事に総司は焦れ、あくまでも爽やかに、愛想よく、そして他人行儀な感じを全面に押し出した。その雰囲気が上手く伝わったのか、ビクッとした纏は涙目でスカートをぎゅっと握る。
 あ、これは話が長くなるかなぁと総司が後悔した瞬間、意外にも彼女は大声で切り出した。

「あああ、あのっ! 私ッ! 秋里先輩のことがッ! 好きなのですッ!!」
「……あ、そうなんだ。ありがとう」
「だから……あの、その……」

 またもじもじと言葉尻が小さくなる。このままではいつまでたっても結論には到達しなさそうだ。

「えーと、ごめん。俺、今彼女を作るとかは考えてなくてさ……」
「えっ」
「俺さ……実は両親が亡くなっててじいちゃんの所にいるんだ。だから小学生の妹の世話とかバイトで忙しいし、できれば学費免除で大学も行きたいから勉強にも集中したいんだよね」

 これは本当のことだ。総司が内心ではそこそこ腹黒いのに、誰彼構わず愛想良く親切にしているのも全て家族と自分の将来の為だったりする。
 そのお愛想が女の子に勘違いをさせる原因でもあり、たまに告白されたりするわけだけれども。
 しかし告白をお断りするのにこれ以上最適な理由があるだろうか。体裁と説得力とを併せ持ち、自分が悪者になる事が無い。 

「あっ、このことは皆にはナイショにしてくれる? なんかマジに頑張ってるのがバレると恥ずかしいっていうか……」

 更に口止めをお願いしておけば黙っていてくれるだけでなく『私だけが知っている好きな人の秘密』に特別な優越感を抱くだろう……とまで考え、総司は明るく言いながら両手を顔の前で合わせた。
 これで総司の世界の平和は守られる筈だ。

「えっ、勿論です! あのっ、でも……違うんです」

 纏は首を縦にぶんぶんと振った後、今度は横に何度も振る。

「違う?」
「そんな彼女とか大それたものじゃなくて! あの、私を応援して欲しいんですッ!!」
「……応、援……?」

 総司は話が理解できずに目を丸くする。「付き合って欲しい」とか「告白してスッキリしたかっただけ」とかではなく「応援してくれ」とはどういうことだろうか。
 纏は再びスカートを握る。総司は今先ほどの疑問よりも目の前のスカートがシワにならないかの方が気になった。

(一回強く付いたシワをとるのって大変なんだぞ。俺が妹の給食用白衣にキレイにアイロンをかけるのに、どれだけ神経を使っていることか……)

「実は、私……魔法少女なんです」
「……は?」

 普段の総司ならもうちょっと気の利いた返しをしていただろうが、シワに気を取られていた所に予想もしない言葉が飛びだした為にそれしか言えなかった。

(なに、こいつ、今何を言った?…………魔法少女だって!?)

 そこで初めて彼は相手の顔をメガネの奥までまじまじと観察した。改めて見ても地味だ。
 メガネを外してメイクでもすれば実は可愛いのかと思ったが顔もスタイルも華が無い。魔法少女のキラキラさとは無縁そうだ。

「あの、魔法少女って……うちの妹も見てるアニメみたいな……やつ?」
「そう! そうなの!! 魔法の力で魔物を倒し……」

 そこまで言ってから纏は総司と目を合わせ、ハッと息を飲んで悲しそうに俯く。
 総司も即座にしまったと思う。疑惑の心がありありと顔に出てしまったのだろう。バイトではいつも完璧な表情を作っているが、学校の雰囲気に少々気が抜けていたのかもしれない。

「ごめんなさい……こんなこと突然言って……変、ですよね。頭おかしいと思われますよね」
「あ、ああ……うん……」
「でも……秋里先輩だけには信じてほしいんです。……魔法少女には愛の力が必要だから」
「……へっ?」

(愛の力!? 何だそれ。初耳だぞ)

「魔法少女は、好きな人の応援を貰えると凄くパワーアップできるんです。私の仲間……二人とも好きな人と両想いになれて応援のお陰で強くなれてるんです。だけど私だけが弱いままで……」
「へぇ……」

 総司は表情を作りつつマズい事になってきたなと感じた。纏は話しながら徐々に目に涙を溜めていく。これ以上疑ったり否定すると泣くかもしれない。
 泣かせてややこしくなるのはごめんだが、安易に同調して「私は魔法少女」という妄想癖持ちメンヘラに付きまとわれたりでもしたら、もっとややこしい。どう動くのが正解かわからなかった。

「ごめんなさい、こんなの信じられませんよね……」
「あ、うん、突然だからなんか……。信じたいとは思うんだけど……」

 そう言うと彼女は潤んだ目をパッと総司に向けた。

「え? 信じたい……って」
「証拠! 証拠とかある? 魔法を今見せて貰えるとか?」

 明るさを取り戻していた地味女子の顔が再び暗くなる。

「……それは無理なんです。私達の魔法は、この世界を支配しようと襲ってくる魔物達と戦うためにある物だから、私的な利用は出来なくて……」
「あっ、ソウナンデスカ……」

 総司の顔に一瞬「うわぁ」という色が浮かんだがこれは纏に見られる前に消すことができた。
 今の話では、ますます妄想癖なのか本当なのか判断できない。
 総司は一か八か、信じてはいるが協力は難しいかもしれない、というスタンスで話してみる事にした。

「えーと、応援って何をすれば良いのかな。俺、他の人の前で君を応援とかは厳しいと思うんだけど……」
「あっ、あっ、それは! むしろコッソリしてほしいんです! 戦いの場は危ないから近づかれても困るし!」
「コッソリ……デスカ」

 纏の返答に総司は、これは表情筋の筋トレだ! と自身に言い聞かせた。その中で一所懸命に説明する纏の話を聞く。
 どうやら、だいたい週に一度、夜に魔物が現れるらしい。その時に夜空に向かって「シュシュ、がんばれ!」と応援の言葉を小さく呟いてくれるだけで良いそうだ。
 魔物が現れるタイミングにSNSのDMダイレクトメッセージで連絡するからアカウントの相互フォローをしてほしいと言われた。

「ああ、相互フォローだけなら……」
「本当ですか?! あっ、ありがとうございます! 秋里先輩、本当にありがとうございますッ!!」
「あっ、でも俺、夜はバイトがあるから、応援は無理かも……」
「できる範囲で良いです! お願いしますッ! ありがとうございます!!」
「え……あ、うん……」

 纏は涙ぐみながらも明るい笑顔で何度も礼を言ってから去っていった。
 総司は溜め息を軽くつき、自身も帰ろうとする。変な話で釣って上手く相互フォローをさせられたような気もするが、もしそうならミュートかブロックをすれば良いだけだ。
 それに彼女の説明には真実ではないかと思える部分が幾つかあった。

(でもなぁ、あの子の話が本当だとしても、応援は……無理な気がする。週に一度だろ? 来週は俺、絶対にバイトで忙しいんだよなぁ……)

 もうひとつ、溜め息がこぼれた。
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