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【本編】

12話/ 王子はヘタレでないと皆に証明する

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 その出来事は数瞬の間に起きました。

「今から君の罪を暴こうか…………アキンドー公爵令

 エドワード王子はヘリオスに向かって言った直後、その腰に下げた剣を抜こうとしましたが、抜けません。
 つい先程までは何もなかった剣の柄と剣帯に、ひもが結ばれていたのです。

(やっぱり!)

 ディアナがそれを把握した時には既にセオドアが飛び出し、剣を抜いてヘリオスに斬りかかろうとしていました。
 それとほぼ同時に王子の左横から一人の影が飛び出します。

「ぐうっ!!」

 鈍い打撃音と女性のくぐもった嗚咽が響き、フェリアの細身の身体が床にくずおれます。
 セオドアがヘリオスに振り下ろした剣の前にフェリアが庇う形で割り込み、その身に斬撃をまともに受けて倒れたのでした。

(ハニトラ男爵令嬢が……何故お兄様を庇ったの?!)

 思わぬ刃傷沙汰にあちこちから悲鳴があがり場が混乱しかけましたが、セオドアは手に持った剣を皆に見せ言います。

「ご安心ください。学園の倉庫から拝借してきた模造剣です。しかし強めに打ち込んだので、暫くは気絶したままかもしれません」

 そう言って倒れたフェリアを抱き起し、腕を拘束します。 

「このフェリア嬢……尤も、本物のフェリア・ハニトラ男爵令嬢かも怪しいが……彼女は君の手先だろう? ヘリオス・アキンドー公爵令息」

(え!?)

 その言葉に呆然とするディアナ。今まで大騒ぎだった皆も、王子の言葉に驚いて言葉を飲みます。

「ヘリオス。今回フェリア嬢が僕に接近してきたのは、ディアナとの婚約を潰そうと君が仕掛けた罠だとわかっていた。これは王家への反逆と取って良いが、君がここまでやるからには申し開きの準備までしているだろうと予想している」

 エドワード王子の問いかけに、ヘリオスはいつもの余裕たっぷりの態度で返そうとしますが、そのブルーグレーの瞳だけはギラギラと光り、黄みを帯びてあおくなっています。

「流石は殿下。そこまで見抜いていらっしゃるとは」

 彼は上着の内側から一枚の書面を取り出します。

「勅書……と言っては大袈裟ですが。国王陛下と直接交わしたです」

「……ああ、やはり父上陛下もグルだったんだな。僕がフェリア嬢にほだされるかどうか、君が公爵家を通じて陛下に賭けでも持ち掛けたんだろう?」

「まぁ、賭けと言えばそうですね。他にも条件はありますが……」

 表面上はクールな笑みを崩さないままのヘリオスの言葉に、ディアナは目を見開きました。

(……どうりで公爵家うちのシノビが何も探ってこれない訳だわ。最初からカレン以外のシノビ達は調べるフリだけするように裏でお兄様が手を回していたのね……)

「ああ、だいたい予想はついているが、その条件を知ってから行動してはフェアじゃないね。その前に僕もやるべき事はやらせてもらうよ」

 そこまで言うと王子は学園長に向き直ります。

「学園長、この場をかき乱して申し訳ないが、僕のわがままでもう少し付き合ってもらいたい。……皆も聞いてくれ!」

 声を張り、周囲に知らしめるように話すエドワード王子に、その場の全員が次に何を言われるのか興味津々で集中します。が、王子の次の言葉は元婚約者にかけられたものでした。

「ディアナ、こちらへ」

「!……はい」

 王子に呼ばれ、前に進み出るディアナ。
 婚約を破棄され、更にフェリアが兄の配下……おそらくはシノビであった……と知った今、これから何を言われるのか不安に押し潰されそうになります。
 しかし指先が震えそうになるのを手袋に酷くシワが寄るほどきつく握りしめ押さえ込んでいると、その手をエドワード王子はそっと取って優しい眼差しでディアナを見つめながら話を続けます。

「今話した通り、僕達は最初から陛下とヘリオス達の掌の上だったわけだ。君を巻き込んですまない」

「……そんな……殿下こそ私の兄のせいで巻き込まれて……」

 ディアナの大きな真紅の瞳が揺れ、その表に感情が浮き上がったのでしょうか。彼女の心を読んだかのように王子は頷きます。

「だからにと言ったんだ。そんなものではなく、ただの一人の男として一人の女性に求婚したい」

 エドワード王子はディアナの手を取ったまま、片膝をつきます。
 手袋越しに彼女の手の甲に優しく唇を押しあててから、その新緑の瞳を真っ直ぐにディアナだけに向けて、美しい笑みで言いました。

「ディアナ、将来僕の妻になってくれないか?」

「……!!」

 ディアナは自分の胸があたたかい物で満たされるのを感じました。
 それは胸から溢れると彼女の赤い瞳までせりあがり、みるみる内に膨れ上がって、彼女の完璧な外面と一緒にポロポロとこぼれ落ちたのです。

「……うっ……ううっ……。ふえぇ……」

「ディアナ!?」

 学園ではいつも無表情か氷の微笑しか見せない赤い薔薇姫。その彼女が顔を真っ赤にして泣く様子に、周りで様子を見ていた者達も皆驚きを隠せませんでした。
 王子も眉根を僅かに寄せ、ディアナの手を握ったまま立ち上がり心配そうに彼女の顔をのぞきこみます。

「ディアナどうした?……まさか嫌だったか?」

 エドワード王子の問いに、涙をこぼしつづけながら首を横に振ったディアナは、震える声で返します。

「わたっ……私でええの?」

「……ディアナ。君がいいんだ!」

 感極まったようにディアナを抱き寄せるエドワード王子。

「でっ……殿下!?!?」

「ああ、やっと本音を言ってくれたね! 嬉しい!」

 混乱しながらも抵抗するディアナですが、王子に固く抱きしめられて身動きがとれません。

「殿下、エドワード殿下……やっ、おやめ……離して……」

「ふふっ、外面標準語じゃなくて本音カンサイ弁で言ってくれたら、離すよ」

「!」

 耳許で王子に小さく囁かれてディアナは未知の感覚にビクリとしました。その耳がどくどくと脈打っています。頬を真っ赤に染めたディアナはその吊り上がった目尻をへにゃりと下げ、涙を溜めて震えながら王子を見上げます。

「…………は、はよ離して……こんなん、心臓がもたへん……」

「………………あー。…………やっぱり無理だ!」

 再度きつくディアナを抱きしめるエドワード王子。

「ちょ……! 殿下の嘘つき!」

「ははは、敵を探るためとはいえ、今までフェリア嬢に惚れたフリや婚約破棄のフリを散々してきた嘘つきだからね。それに比べれば些細な事だろう?……なあ、ヘリオス」

 まるで見せつけるように、片手でがっちりとディアナの腰をホールドし、反対の手で銀の髪を愛おしそうに撫で、編み込まれた黒いリボンを弄びながらヘリオスに話しかけるエドワード王子。

「ちゃんと僕は誰を妻にしたいかを皆の前で示したし、ディアナからも求婚の了承は貰ったぞ。賭けは僕の勝ちだろう?……君達の家では『契約の破棄は生き死にと同じ』らしいからな。ここまできて反故にはすまい?」

 ヘリオスの余裕だった笑みにほんの少しだけ寂しそうな影がかかりました。

「そうですね。もうひとつの目的もちゃんと果たせましたし、私の敗けであると認めざるをえません」

「もうひとつとは、アレか?」

 王子が先程外様の令嬢達を退出させた出口の方に目線を送ると、ヘリオスが頷きます。

「はい。今頃公爵家のシノビうちの者が詳しく調べあげているでしょう」

 この会話の間も、抵抗するディアナの頭を撫で続ける王子。その指が偶然か意図的にか、耳にかかります。

「きゃっ!! 離っ……、もう~~~っ!! 殿下のアホ!」

(……アホ?!?!)

 じたばたするディアナが遂に耐えきれず罵倒の言葉を口にすると、今まで固唾を飲んで見守っていたその場の殆どの貴族子女が膝をかくりと落とし、ズッコケそうになりました。

 そしてその場の張りつめた空気が一気に柔らかくなります。クスクス笑いをする者。拍手をする者。王子の求婚が成功したのを乾杯で祝う者。そして―――――

「御姉様ったら普段は寡黙なクールビューティなのに、実はカンサイ弁の恥ずかしがり屋さんとか可愛すぎませんこと?!」

「クーデレ? ツンデレ? 属性過多にもほどがありますわ! ギャップ萌えですわね!!」

「ひえええっ、あのお二人のビジュアルが最高に尊すぎて辛いです! シャロン様、さっきのプロポーズのシーンをぜひ小説に!!」

「言われなくても書きまくりますわ!! 今脳内に真っ赤になった御姉様のご尊顔を焼き付けてます!!……可愛い! 綺麗! 鼻血ものですわ!!」

「あ、あの、ファンクラブに私も入れてくださいませんか?」

「ぼ、僕も……男ではダメでしょうか……?」

「皆様、この方々の入会は如何致しますか?」

 口々に萌えポイントを語る『赤薔薇姫の会』=ディアナ御姉様ファンクラブの面々のもとに、新たな入会希望者隠れファンが続々と集まり、カレンは早くもその対応をシャロン達に相談し、仕切り始めているのでした。
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