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4.(最終話)お姉様はお隠れになります
しおりを挟む「……お願い、レオニール。何も聞かないで。事情を知れば貴方も巻き込まれる」
「そんな事かまわないよ。フロレンス、僕はずっと君の事を……」
「いいえ、これはわたくし一人の独断なの。貴方まで共犯になればドルイユ侯爵家は絶えてしまうかもしれない!」
語気を強めたわたくしにレオニールが少したじろいだのを見て、わたくしは一息に話し続けます。
「今頃、あの御方は早馬で送った親書を読んで下さっていると思うわ。わたくしたちの結婚を王家は認めて下さる筈よ。お願い、今から教会に向かって結婚の手続きをして」
「そんなに急がなくても……」
「時間がないの。もうお父様は駄目だわ。この国は貴族は直系の血脈が一番に大事だと言いながら、実際は女では侯爵を名乗れないし王位も継げない。だからわたくしの結婚相手が侯爵になるしかお父様を陰遁させる方法はないの!」
「フロレンス、わかった。わかったから……教会に行こう」
わたくしはかぶりを振ります。
「……行けないわ。レオニール、貴方一人でも手続きは出来る筈よ。わたくしが殿下との婚約を破棄されたショックで臥せっていて、外聞が良くないからすぐに結婚したいとでも言えばいいでしょう」
「何故行けない……君はこれから何をするつもりなんだ」
「わたくしは……しばらく隠れるわ」
わたくしはレオニールの手を振り払い、隠し部屋の入り口の前に立ちます。
「ここはハリーさえも知らない秘密の場所よ。貴方にだけ教えるわ」
羽目板を押し、入り口を開けて見せます。
「もしわたくしが本当に隠れてしまった時は、誰にも見つからないようにわたくしの身体を外に出して欲しいの」
「嫌だ! フロレンス! そんな事を言わないでくれ」
「お願いよ。信じて貰えないかもしれないけど、こうなった今、わたくしが一番に案じているのは貴方の身とこの侯爵家の事よ」
「……でも一番大事なのは僕じゃないんだね」
わたくしは微笑みます。
「貴方のそういう真っ直ぐなところ、好ましいと思っていたわ。でもこんな狂った女は貴方にふさわしくないのよ」
「そんな事! 君は狂ってなんかいない! みんなユベールと君の家族が悪いんじゃないか!!」
「いいえ……悪いのは……わたくしが復讐をしたいのは別の人よ」
「……え?」
「もう本当に時間がないの。わたくしの事をまだ少しでも想っていてくださるなら、どうかわたくしの言う通りにして」
「フロレンス……わかった。言う通りにする。今から教会に行くよ。だから戻ってきたら必ず僕を笑顔で迎えてくれ。約束だ」
「……約束するわ」
わたくしはレオニールを送り出しました。
書き物机の引き出しの鍵を開け、遺書を取り出します。
『殿下に裏切られ、絶望しました。レオニールはわたくしを救おうと求婚してくれ、わたくしは誠実な伴侶を得る事ができました。けれどやはり生きては行けません。腕を切って命を絶ちます』という内容ですが、勿論理由は全くの出鱈目です。
わたくしは遺書を机の上に残して隠し部屋に入りました。
蝋燭に火をつけると部屋の中に柔らかい光が満たされ、祭壇の上にある二つの呪いの陣が照らされました。
ひとつは婚約指輪にかけた呪い、もうひとつはアマンディーヌのフリをしてユベール殿下に贈った指輪の呪いの陣です。
わたくしは胸元のペンダントを開きました。
蝋燭の揺らめく灯りのもとで朧気に見える人物画。それはわたくしの亡き母と良く似た、愛しいあの御方―――――国王陛下のお姿。
わたくしはその画に口づけました。
◇◆◇◆◇◆
わたくしが、初めて正式に王家にご挨拶にあがったのは5歳の頃でした。
わたくしの再従兄弟にあたる国王陛下には、それまでもお会いするチャンスがありましたが、母が病弱で夜会やパーティーを欠席する事が多く、小さな私を父一人で連れていくには無理があると判断されていました。
初めてお会いした時から、大好きな母に良く似た端正な造りでありながら、かつ男性らしい陛下のお顔立ちにわたくしは心を奪われたのです。
8歳になったばかりの頃、最愛の母を亡くしたわたくしはますます陛下への想いを募らせる毎日でした。
わたくしが母に似てさえいれば鏡を見て母の面影を見つけ、母を喪った心を慰めることもできたかもしれませんが、それができずに陛下に代わりを求めていたのです。
陛下に会いたい、お顔を見たい。声をかけて頂きたい。そんな事ばかり考え、叶わぬ恋の苦しみに泣いてばかりいました。
周りはそんな歪んだわたくしの心など知らず、母を恋しがって泣いているのだろうと思っていたようです。
10歳の時に国王陛下の長男、ユベール王太子殿下の婚約者の選定が始まりました。
わたくしは父に、婚約者候補に名乗り出ることを求めました。父は渋面を作りましたが、将来侯爵夫人として領地を治める際の勉強になると説得しました。
父も子供の気まぐれや好奇心だと思ったのか許してくれました。
わたくしが陛下に出会った頃から、既に陛下には王妃様と側妃様がいらっしゃいました。
ドルイユ侯爵家の惣領娘の私が正妃ならともかく側妃になるなど許されませんし、わたくしが再従兄弟という事や年齢差もあり陛下のお傍にあがるのは無理な話だというのはずっと前からわかっていました。
でも、王太子妃なら話は別だと考えたのです。
一所懸命に学び国の役に立つ妃になれば、愛しい陛下に認めて貰える。今までよりも距離が近くなる。
それにもしもユベール殿下との間に子を成せば、それはあの御方の血を受け継いだ子供を産むという事です。
それはわたくしの夢となり、執念となりました。
わたくしは王太子妃教育に必死で取り組みました。
そのかいあって、正式に殿下の婚約者に選ばれた時には天にも昇る心地でした。
ある日、王宮の図書室でわたくしは一部の壁に違和感があることに気づきました。
もしやと思い、自室の隠し部屋と同じように羽目板を押し込んでみると通路が現れたのです。
そこは王家の秘密を記した文献が幾つか収められた隠し書庫でした。
そこでわたくしは"王家の呪い"の秘密を知ったのです。
表の王宮図書室に書かれていた王家の呪いについては、わたくしが父に説明した通りです。王家の指輪をふさわしくない者が身に付けると、その者の指は腐り落ちる。
隠し書庫にあったそれは、具体的な方法まで書かれていました。
そもそもこれは非常に嫉妬深かった何代も前の王が、妃が産んだ子供が本当に自分の子なのかを疑い、希代の呪術師に命じて編み出した呪いだったのです。
王家の血を皿に溜め、呪いの陣の上で指輪を丸一日そこに浸して術をかけます。子供に指輪をはめさせ、再度陣の上で血文字を書き、子供の血が繋がっていなければその指は腐るというものです。
ただ、呪術には「呪い返し」があります。
もしも子供の血が繋がっていれば呪いの行き場がなくなり、呪った本人の命を奪うのです。それはあまりの苦痛に醜く歪んだ顔で絶命するのだそうです。
また、呪術そのものにも大量の血が必要です。相手の指一本に対して自分の命を賭けるというあまりにも危険な行為と言えます。
その為、この呪いは王家代々の秘密にされてきました。
そのうちに髪の色や目の色で子供の遺伝を見る方法が徐々に確立され、この呪術は不要なものとして隠し書庫に残されるだけの存在になったのでした。
わたくしはそれを読んで、表の図書室に戻りました。
子供の遺伝を見る方法を記した本は図書室にもあります。
陛下は母と同じ黄金の髪に若草色の瞳。
王妃様は血のような赤い髪に金色の瞳。
ユベール殿下は王妃様と同じです。
「――――――――まさか」
確実ではありません。先祖返りなど少ない確率でユベール殿下のようなケースはあります。
ただ、金髪と赤毛の両親の間には高確率で金髪か、オレンジ色の髪の色を持つ子供が生まれるという事がその本にはありました。
それに顔立ちもユベール殿下は陛下の面影が全くありません。年を重ねるごとにそれが顕著になり、また中身も陛下の知性を受け継いでいるとは思えない言動が目立ってきました。
側妃様が産んだ第二王子殿下は、陛下によく似て可愛らしく賢い王子です。
「――――――――気のせいよ」
わたくしは、この事を忘れようと思いました。
わたくしがずっと想い続けている国王陛下を王妃様が裏切っているなんて考えただけで気が狂いそうでした。
……いいえ、母を亡くした頃からもうわたくしは狂っていたのかもしれません。
この事を忘れようと思えば思うほど、それはわたくしの心に深く刻み付けられました。
その間も厳しい王太子妃教育は続き、わたくしは努力を続けました。
相変わらず義妹と殿下はわたくしの努力には目を向けず、成果のみに目を向けて「ずるいずるい」と言い続けます。
そんな殿下を見るたびに、わたくしが王太子妃になって殿下の子を――――いいえ、陛下の血を受け継ぐ子を成すという夢は叶わないのではないかと思うようになりました。
わたくしは心底疲れてしまったのです。
そしてあの日。
ユベール殿下が「フロレンスとの婚約を解消して代わりにアマンディーヌをその座につけたい」と言い出した日。
殿下を溺愛する王妃様が反対していると知った時に、わたくしは悟りました。
祖母も、母も、子供はひとりしか産めなかった上に母は病弱でした。幾らわたくしが妃として有能であっても子を成す力に疑いがあり、それを差し引きすればイーブンです。
それなのに頑なに殿下とわたくしとの婚約破棄を認めないのは、殿下にはわたくしという王家の血筋が必要なのだと王妃様は考えたのでしょう。
その時、悪魔がわたくしに囁いたのです。
(本当にずるくなっても良いんじゃないか)……と。
◇◆◇◆◇◆
わたくしは父と義母に説得される前にレオニールに会い、かつて父が彼とアマンディーヌを結婚させようとした時に義妹が書いた手紙を見せて貰いました。
ずるくて卑怯なわたくしは、レオニールの心を知りながら、それを利用したのです。
それは安っぽい甘い言葉を散らした見るに耐えない手紙でした。
次に適当な指輪を手に入れて屋敷に戻り、父と義母の説得に応じず自室に閉じ籠り、二つの指輪をわたくしの血に浸しました。
そして今朝、父達が出掛けると知って指輪を入れた秘密の手紙をアマンディーヌのフリをしてユベール殿下に贈ったのです。
アマンディーヌにかくれんぼを仕掛け、呪いの婚約指輪をわざと奪わせて練習台にしたことで、我が子でなくとも王家と血が繋がっていなければ呪いの効果がある事がわかりました。
あとはユベール殿下を呪うだけです。
―――――これは、王妃への復讐。
わたくしは左腕の傷口にナイフを突き立てます。
左腕から流れる鮮血は、先程よりも勢いを失っているようです。もうわたくしの血は残り少ないのかもしれません。
でも最後までやりとげなければ。
わたくしは震える指を使い、文字通り命賭けで血文字を陣に描きます。
殿下の指一本が腐り落ちればわたくしの命などどうでもいいのです。
長く続く平和なこの時代、戦争のない時代に、たった指の一本でも失えば殿下の王太子としての立場は大きく下がります。
ましてや、直前の婚約者交代騒動に、普段からの言動。
更にアマンディーヌも同じように指が腐り落ちたと知れば、王家の呪いと気づくものもいるでしょう。アマンディーヌ本人がそうと触れ回ってくれるかもしれません。
そうなれば王家にふさわしくないと判断されたユベール殿下は確実に王太子の座を第二王子に奪われるに違いありません。
愛する我が子が指も王位継承権も失えば、王妃はどれほど心を乱されるでしょうか。
王家の呪いと知れば、自分が犯した罪の大きさに耐えられず狂ってしまうかもしれません。
わたくしの復讐は、それで充分なのです。
殿下と義妹はわたくしのせいだと言うかもしれません。
しかしわたくし以外、ハリーやレオニールすらも誰も詳しい事情を知らないのです。
わたくしがここで隠れれば……命を失えば、全て真相は闇の中。
何より、王家の呪いが王の血を引かない者にだけ作用すると知っている者はごく僅か……国王陛下だけかもしれません。
そうなれば陛下は全てを静かに闇に葬ってくださるでしょう。
わたくしの愛した陛下ならきっとそうする筈です。
血文字を書き終えたわたくしは満足して微笑み、蝋燭を吹き消しました。そのまま祭壇にすがりつき、倒れこみます。
意識が徐々に薄れていく中で、安らかな笑顔になるようにだけ努めました。
レオニールには嘘をつきたくはないからです。
彼が戻ってきてわたくしを見つけてくれた時に、笑顔で迎えたかったから。
―――――もういいでしょう?
ほとんど見えなくなった真っ暗な視界に、一筋の光が差すのがわかりました。
羽目板が外され、そこから光が差し込んでいるのかもしれません。
「―――――見つけた。」
レオニールの声が聴こえたような気がしました。
==================
※あとがき
【隠れる、隠れた】の意味
普段よく使う意味の他に、
・世間に名前や力が知られないでいる。
・世をのがれて、ひそむ。隠遁する。
・高貴な人が死ぬ。(お隠れになる)
等があります。
==================
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