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◆章灯の回想5
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砂の上で丸まっているゲンさんの背中を撫でながら、ぽつぽつと歌う。
音楽はかけずに、アカペラで。曲は、じいちゃんが好きな『川の流れのように』。俺も大好きな曲だ。
海を見ながら歌う曲でもないか、と思い、次は『愛燦燦』にした。まだ声変わりしていないから、女性の曲の方が歌いやすい。
「章灯って、歌上手だよね」
2曲歌い終えると、隣に座っていた小番がそう言った。
「音楽のテストでも上手だなーって思ってたけど、あれって適当に歌ってたの? いまの方がずっと良い」
「……皆の前で本気で歌うとか、恥ずかしいじゃん」
「まぁ、そうだよね。わかる」
「でも、ゲンさんには、ちゃんと聞かせたいから」
「そうだね。それが良いよ」
ゲンさんは、時折ふごふごと鼻を鳴らしながら、眠っている。撫でると温かくて、呼吸に合わせて背中が上下している。生きてる。けれどいつか――それはきっともうあと少しで、この温かさも、呼吸も、心臓の音もなくなってしまうのだ。
どうして死ぬんだろう。
どうしてずっと一緒にいられないんだろう。
どうして俺はまだ子どもなんだろう。
ゲンさんと一緒にずっとずっといたいのに。
どうしてゲンさんは俺を置いていってしまうんだろう。
「ゲンさん……」
呼びかけると、ゲンさんはぴくりと身体を震わせ、「何?」とでも言いたげにこちらを見た。
「あぁごめん、起こしちゃった? ごめんごめん。寝てて良いよ。ねぇ、抱っこしても良いかな」
少しでもそのぬくもりを覚えておきたかった。
そのぬくもりはいつかきっと忘れちゃうんだとしても、思い出は消えないから。
一段と軽くなった気がするその身体を抱き上げる。
俺が大きくなったのか、ゲンさんが小さくなってしまったのか。
「ゲンさん、俺はゲンさんが一番好きだよ。世界で一番可愛い。誰が何て言ったって」
「私だって、ゲンさんは可愛いと思うよ。もちろん、デロリスの次に、だけどね」
「そりゃそうだよ。誰だって、自分の家族が一番可愛いんだ」
ゲンさんは俺の膝の上でやっぱり鼻をふごふご鳴らしていた。
こんな時にごめん、なんて前置きして、小番は俺のことが好きだと言った。
まさか「知ってる」なんて言うわけにもいかないと思い、「ありがとう」と返す。
「俺も小番のことは好きだよ。えっと……その……友達として……だけど」
どうにか言葉を選ぶ。傷つけないように、傷つけないように、と。
けれど小番はそんな俺を見てくすくすと笑うのだ。
「大丈夫だよ、わかってる」
「そ……そうなの?」
「うん。別に付き合いたいとか、そういうんじゃないんだ。あのさ、実は私、来年の4月に引っ越すんだ。だから、同じ中学に行けないの」
「えぇ!? 俺、初耳なんだけど! どこに行くの?」
「東京。まだ誰にも言ってなかったんだ」
小番はさらりとそんな風に言って、あははと笑った。
「忘れないでほしくて。ただのクラスメイトだったら忘れちゃうかもだけど、これくらいのインパクトあったら忘れないかなーって、思って、さぁ……」
さっきまで笑っていた小番の声はだんだん小さくなっていった。
「忘れないよ」
そう言うと、小番はぽつりと「ありがとう」と言った。波の音にかき消されそうなくらいに小さな声だった。
砂の上に置いてあった手をとって、ぎゅ、と握る。
「俺は大切な人のこと――絶対に忘れないから。だから、小番も俺のこと、忘れないで」
「……大丈夫、絶対に忘れない」
絶対に忘れない。
小番のことも、ゲンさんのことも。
人気の無い砂浜でそんなことを誓い合い、また明日、と手を振って別れた。
ゲンさんが亡くなったのは、その2週間後だった。
いつものように学校から帰って来た俺をよろよろと出迎え、一緒に日向ぼっこをしていた時、俺に抱かれた状態で弱々しく「わふ」と泣いた。それが最期の声だった。
あまりに安らかで、誰もがうたた寝をしていると思ったほどだ。
最後まで撫でていた俺でさえも、その呼吸が止まったことにしばらく気が付かなかった。満ち足りたような顔で、すやすやと眠るように、ゲンさんは旅立った。
音楽はかけずに、アカペラで。曲は、じいちゃんが好きな『川の流れのように』。俺も大好きな曲だ。
海を見ながら歌う曲でもないか、と思い、次は『愛燦燦』にした。まだ声変わりしていないから、女性の曲の方が歌いやすい。
「章灯って、歌上手だよね」
2曲歌い終えると、隣に座っていた小番がそう言った。
「音楽のテストでも上手だなーって思ってたけど、あれって適当に歌ってたの? いまの方がずっと良い」
「……皆の前で本気で歌うとか、恥ずかしいじゃん」
「まぁ、そうだよね。わかる」
「でも、ゲンさんには、ちゃんと聞かせたいから」
「そうだね。それが良いよ」
ゲンさんは、時折ふごふごと鼻を鳴らしながら、眠っている。撫でると温かくて、呼吸に合わせて背中が上下している。生きてる。けれどいつか――それはきっともうあと少しで、この温かさも、呼吸も、心臓の音もなくなってしまうのだ。
どうして死ぬんだろう。
どうしてずっと一緒にいられないんだろう。
どうして俺はまだ子どもなんだろう。
ゲンさんと一緒にずっとずっといたいのに。
どうしてゲンさんは俺を置いていってしまうんだろう。
「ゲンさん……」
呼びかけると、ゲンさんはぴくりと身体を震わせ、「何?」とでも言いたげにこちらを見た。
「あぁごめん、起こしちゃった? ごめんごめん。寝てて良いよ。ねぇ、抱っこしても良いかな」
少しでもそのぬくもりを覚えておきたかった。
そのぬくもりはいつかきっと忘れちゃうんだとしても、思い出は消えないから。
一段と軽くなった気がするその身体を抱き上げる。
俺が大きくなったのか、ゲンさんが小さくなってしまったのか。
「ゲンさん、俺はゲンさんが一番好きだよ。世界で一番可愛い。誰が何て言ったって」
「私だって、ゲンさんは可愛いと思うよ。もちろん、デロリスの次に、だけどね」
「そりゃそうだよ。誰だって、自分の家族が一番可愛いんだ」
ゲンさんは俺の膝の上でやっぱり鼻をふごふご鳴らしていた。
こんな時にごめん、なんて前置きして、小番は俺のことが好きだと言った。
まさか「知ってる」なんて言うわけにもいかないと思い、「ありがとう」と返す。
「俺も小番のことは好きだよ。えっと……その……友達として……だけど」
どうにか言葉を選ぶ。傷つけないように、傷つけないように、と。
けれど小番はそんな俺を見てくすくすと笑うのだ。
「大丈夫だよ、わかってる」
「そ……そうなの?」
「うん。別に付き合いたいとか、そういうんじゃないんだ。あのさ、実は私、来年の4月に引っ越すんだ。だから、同じ中学に行けないの」
「えぇ!? 俺、初耳なんだけど! どこに行くの?」
「東京。まだ誰にも言ってなかったんだ」
小番はさらりとそんな風に言って、あははと笑った。
「忘れないでほしくて。ただのクラスメイトだったら忘れちゃうかもだけど、これくらいのインパクトあったら忘れないかなーって、思って、さぁ……」
さっきまで笑っていた小番の声はだんだん小さくなっていった。
「忘れないよ」
そう言うと、小番はぽつりと「ありがとう」と言った。波の音にかき消されそうなくらいに小さな声だった。
砂の上に置いてあった手をとって、ぎゅ、と握る。
「俺は大切な人のこと――絶対に忘れないから。だから、小番も俺のこと、忘れないで」
「……大丈夫、絶対に忘れない」
絶対に忘れない。
小番のことも、ゲンさんのことも。
人気の無い砂浜でそんなことを誓い合い、また明日、と手を振って別れた。
ゲンさんが亡くなったのは、その2週間後だった。
いつものように学校から帰って来た俺をよろよろと出迎え、一緒に日向ぼっこをしていた時、俺に抱かれた状態で弱々しく「わふ」と泣いた。それが最期の声だった。
あまりに安らかで、誰もがうたた寝をしていると思ったほどだ。
最後まで撫でていた俺でさえも、その呼吸が止まったことにしばらく気が付かなかった。満ち足りたような顔で、すやすやと眠るように、ゲンさんは旅立った。
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