ずっと忘れないから

宇部 松清

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◆章灯の回想4

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 学校が終わって大急ぎで家に帰ると、なぜかウチの縁側にデロリスがいた。
 いや、厳密にはゲンさんと向かい合って楽しそうにしている雌のシェルティだ。ここらでシェルティを飼っているのは小番こつがいのトコくらいだと思うし、さらに、ゲンさんと仲が良いといえば恐らくデロリスだろう。

 たまたま首輪の無いシェルティが庭にやって来るなんてこんな偶然そうそう無いことだけど、もし万が一違ったら大変だ。小番をぬか喜びさせるわけにはいかない。

 だけど、俺が思わず「デロリス?」と呼び掛けた時に返事をしたから、やっぱりあれは小番のデロリスで間違いない。

 散歩コースの公園で待ち合わせて一緒に探す約束してて良かった。いますぐ連れていかないと。
 
 いざ! という段で気が付いた。
 デロリスは首輪をしていないのだ。もちろんウチに彼女サイズの首輪もない。だから、リードに繋げない。とすると、自転車のカゴに乗せるしかないわけだけど――、

 2匹入るだろうか?

 デロリスは割と小柄な方ではあるけれども、それでもゲンさんより大きいのだ。

 最近はゲンさんの足が一段と弱って来ていて、どうやら心臓も弱ってきてるらしい。だから本当はゲンさんをカゴに乗せたかったけど仕方がない。首輪がない方を優先させた方が良いだろう。

 だったら家で留守番させれば良いなんて、なぜかその時の俺は思い至らなかったのだ。
 
 公園は近いし、ちょっとだけなら大丈夫かな?

 そう思って歩き始めたんだけど、やっぱりゲンさんしんどそうだ。

 これはまずい、と抱き上げる。その時やっと、家で留守番してもらえば良かったのだということに気が付いて、遅ればせながら後悔した。

 公園に着くと、小番は先に来ていた。
 彼女はベンチに座り、顔を覆って俯いていた。けれど、名前を呼ぶとパッと顔をあげてこっちを見た。泣いていたのだろうか、眉毛は八の字に下がっていた。

 そして、俺を――じゃないな、デロリスを見つけた瞬間、ぐわっと目を見開いたかと思うと、また眉毛を八の字に下げて駆け寄ってきたのだった。

 
 デロリスを無事小番に渡すと、ホッと一安心だ。予想外に早く終わってしまったから、改めてゲンさんと散歩に行こう。

「ゲンさん、行こっか」

 今日はもう歩かせない方が良いな。河川敷をぐるりと自転車で回ろうか、それとも――、

「ねぇ、海に行かない?」

 そう小番が言った。

「海?」
「これからゲンさんとお散歩なんでしょ? もしコースが決まってなかったら、だけど」
「まぁ……良いけど。今日はゲンさん歩かせないつもりだし」

 海か。
 それならじいちゃんのラジカセはどうしようか。
 海ならきっとあった方が良いだろうな。ゲンさん、海では俺が歌うもんだと思ってるだろうし。

 でも……小番もいるんだよなぁ。

「ゲンさん、海、行く?」

 そう問い掛けてみる。
 犬が人間の言葉を100%理解してるなんて思わない。だからゲンさんはきっと、とりあえず「わふ」と返事をしているだけなのかもしれない。
 だけど一度でも犬を飼ったことのある人ならば、それは違うと声を大にして反論すると思う。

 ゲンさんはちゃんと俺の言葉を理解してる。
 俺が悲しい時には傍で慰めてくれるし、俺がテストで100点取ったって言ったら尻尾をぶんぶん振って喜んでくれるんだ。
 俺の歌だって、「どっちが聞きたい?」って聞けばちゃんとリクエストするんだぞ。静かな歌が良い時は、お座りをして口を閉じる。明るい歌が良い時は、すっくと立って、舌を出すんだ。そして、静かな歌を歌えば伏せをして目を閉じ、曲に合わせて尻尾をぱたんぱたんと振る。明るい歌を歌えばお座りの姿勢で、リズムに乗ってるみたいに身体を揺する。

 ここ最近は静かな歌ばかりをリクエストするのが少し寂しいけど。

「わふ」

 やっぱりゲンさんは俺の問いにきちんと返事をしてくれた。
 舌を出して、今日はちょっと楽しそうに身体を揺らして。

「そうか、わかった。海行こう、ゲンさん」

 小番の前で歌うのはちょっと恥ずかしいけど、もしゲンさんが聞きたいって言うんなら、仕方ない。

 たぶん……ゲンさんは、もう、あと何回も俺の歌を聞けないと思うから。
 
 
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